第72話 双爪の軌跡
三頭が別々の角度からNanareeへ迫った。
正面から雄。
右の草地を割って雌。
二頭の間を抜けるように幼獣が少し遅れて走ってくる。
俺とロヴェルはNanareeに言われた通り細い道へ入り、入口から数歩上がったところで足を止めた。
Nanareeが戻れるように道の中央を空ける。
ロヴェルが振り返り、ショートボウを構えた。
「ナナさんもすぐに戻れ!」
「分かってる。あと二人もう来るから!」
Nanareeは三頭を待ち構えず、自分から雄へ走り込んだ。
両手には黒鋼色の拳甲から短剣ほどの刃が一本ずつ伸びる《双爪》を装備している。
「《スピードツイン》」
Nanareeの足元から細い光が弾け、両腕と脚へ走った。
正面から迫る雄が前脚を振り上げるより早く、その下を滑り抜けて細い道から離れる方向へ駆ける。
右の草地から飛び出した雌の爪を左へ跳躍して躱した。
二頭を背後へ置いたNanareeは大きく弧を描いて細い道へ戻ろうとする。
その進路へ幼獣が飛び込んできたため、短刃を向けかけたNanareeは攻撃せずに横へ跳び、その脇を抜けて細い道へ向き直った。
ただ、そこにはすでに雌が回り込んでいた。
「ナナさん!」
ロヴェルの声が飛んだ。
雌の前脚が振り下ろされる。
Nanareeは両腕を交差させ、拳甲から伸びる二本の短刃で受け止めた。
小柄な体が赤い土の上を滑り、一瞬片膝をつく。
それでもすぐに地面を蹴り直し、続けて迫った雄の爪を紙一重で避けた。
ロヴェルと俺は弓を構えたが、Nanareeと三頭の距離が近すぎて撃てない。
「大丈夫! まだ来ないで!」
Nanareeは細い道の手前まで下がった。
両腕と脚を走っていた光はすでに消えている。
「今まで戦った《紅狼ヴァルグ》と全然違うね」
そのとき、俺たちの後方の細い道の奥から足音が近づいてきた。
振り返ると、大盾を背負った大柄な熊型ビーストフォークの男性と白いローブ姿の狐型ビーストフォークの女性が駆け下りてくるところだった。
疲れ切っている狐耳の女性はその大きな耳を力なく伏せ、荒い息を繰り返していた。
「ナナリーのHPが急に減ってたから、やっぱり戦闘が始まってんのか! ひより、回復頼む!」
熊型ビーストフォークの男性がNanareeの前へ大盾を差し込む。
「ナナリー、速すぎです……」
ひよりが息を切らしたまま短杖を向ける。
淡い光がNanareeの体を包み、減っていたHPが戻り始めた。
「来たときにはもう二人が追われてたからね」
「だからって一人で突っ込むな」
「熊坊さん、前から来ます……」
熊坊がひよりを背後へ入れ、大盾を構え直す。
雄はすぐには飛び込まず、Nanareeの前へ入った二人を警戒するように足を止めた。
雌も幼獣の傍へ戻り、三頭が再び低く身構える。
ロヴェルが斜面を数歩下りた。
俺もその後へ続き、三人のいる細い道の入口まで戻る。
「三人とも来てくれたのは助かる。でも、今のナナさんの動きを見てわかった」
ロヴェルが三頭を順に見た。
「やはり私が下へ出て引きつける。その間に四人は一度上へ――」
「待て」
熊坊がロヴェルの言葉を止めた。
「いつも持ってる《即時帰還石》は?」
「使う前に弾かれたんだ。雄の向こうの茂みにあるはず」
ロヴェルが谷側の岩陰を指した。
「なら、俺が三頭を引きつける。その間に石を拾え。戻ったところで使えば、全員で帰れるだろ」
「熊さん、あの三頭をまとめて止められるのかい?」
「数秒ならやれるだろ」
「この三頭、普通と動きが違うよ」
Nanareeが幼獣へ視線を向けた。
「小さいのが仕掛けると二頭もそれに合わせて動く。片方が前を塞いで、もう片方が横へ回り込んでくる」
「なるほど。三頭まとめて見てないと危ないってことか」
「分かった。それなら俺の仕事だ。まとめて俺が引きつける。行くぞ」
「待ってくれ。石を使うなら五人が同じパーティーに入っている必要がある」
ロヴェルが三人を見る。
「一度そちらを解散してこちらへ入ってくれ」
「OK、分かった」
Nanareeたちは一度パーティーを解散し、ロヴェルが三人へ申請を送った。
―――――
Nanareeがパーティーに参加しました。
熊坊がパーティーに参加しました。
ひよりがパーティーに参加しました。
―――――
Nanaree Lv63
《ツインスティンガー》
熊坊 Lv63
《スタウトウォール》
ひより Lv59
《トライブプリースト》
―――――
パーティー欄へHPとレベル、職名が並ぶ。
三人とも二次職だが、俺はまだ他職の二次職についてよくわかっていない。
Nanareeが俺へ視線を向ける。
ほんの一瞬、その視線が俺の頭上に表示された名前で止まった。
「こんなところまでクラメンでもない一次職を連れてきて……どうせ獣関係で意気投合でもしたんでしょ」
「まあ、気が合ったんだ。仕方ないよ」
「意気投合まではしてません」
俺はすぐに否定したが、Nanareeはもう三頭へ目を戻していた。
ロヴェルも俺の否定を拾わず、三頭と《即時帰還石》の落ちた茂みを見比べる。
「熊さんが三頭を引きつける。ひよさんは熊さんの回復を続けてくれ」
「はい。熊坊さん、あまり遠くへ行かないでくださいね」
「分かってる」
「ナナさんは熊さんの横を抜けようとした個体だけを止めてほしい」
「了解」
ロヴェルが俺を見る。
「ザン君は幼獣を見ていてくれ。熊さんから外れそうなら進路へ矢を置いて戻してほしい」
「ザン……さん、小さいのには当てなくていいよ。動く先へ置けば勝手に避けるから」
「分かりました」
「私はあの茂みへ向かう。石を拾ったら細い道の入口まで戻るから、合図したら全員そこまで下がってきてくれ」
「おう!」
熊坊が大盾を前へ向け、細い道の入口から赤い土の上へ踏み出した。
Nanareeがその右後方につき、ひよりも少し距離を空けて熊坊の背後に続き、短杖を構える。
「じゃあ行くぜ! 三頭まとめてこっち来い! 《ワイドアトラクト》!」
熊坊を中心に淡い波紋が広がった。
三頭の視線が一斉に熊坊へ向く。
「《ラストディフェンス》!」
大盾と熊坊の体を強い光が包んだ。
雄が正面から地面を蹴り、雌は右側から回り込む。
幼獣も低く体を沈め、二頭の間から飛び出した。
熊坊が斜めに構えた大盾で雄の肩を受け止める。
金属が軋み、足元の赤い土が大きく削れた。
雄を盾で受けたまま体をひねり、右から迫る雌と盾の脇へ潜り込もうとする幼獣の進路を大盾と体で塞ぐ。
三頭が熊坊の正面へ詰まった。
「さすがに重いな!」
その隙に、ロヴェルは細い道の入口から走り出した。
「熊坊さん、回復します」
ひよりの短杖から淡い光が伸びる。
三頭の攻撃を受けて減った熊坊のHPが戻り始めた。
雌が熊坊の右側を抜けようとする。
Nanareeがその進路へ飛び込んだ。
「《ツインスティング》!」
右手の短刃が雌の前脚の付け根を突き、続けて左手の短刃が同じ側の肩口へ入った。
二つの刺突を同じ側へ受けた雌は踏み出した前脚を崩し、熊坊の横を抜けようとしていた動きを止める。
雄は大盾へ攻撃を続け、幼獣もその下へ潜り込もうとしていた。
でも、茂みへ向かうロヴェルの足音を聞くと幼獣の耳が動き、熊坊から視線を外して体をロヴェルの方へ向けた。
俺は幼獣とロヴェルの間へ矢を放った。
赤い地面へ突き刺さった矢を見た幼獣は踏み出しかけていた足を止め、矢を避けるように熊坊の方へ向き直る。
熊坊は大盾越しに一度だけこちらを見ると、すぐに視線を戻して雄の爪を盾で受け止めた。
Nanareeも一瞬だけ俺へ顔を向けたが、何も言わずに大盾の右側へ回る。
再び外へ出ようとした雌の前へ短刃を向けて牽制した。
その間に、ロヴェルは茂みへたどり着き、草の中へ手を伸ばして白い《即時帰還石》を拾い上げる。
「拾った! 全員、細い道へ戻ってくれ!」
「下がるぞ!」
熊坊が三頭へ大盾を向けたまま後退し、ひよりとNanareeもその動きに合わせる。
幼獣が石を持つロヴェルへ顔を向けたため、俺はその進路へ矢を放った。
赤い土へ刺さった矢を避け、幼獣が熊坊の方へ向き直る。
「今だ! 入れ!」
熊坊たちが細い道へ下がり、ロヴェルも茂みから駆け戻って俺の隣へ滑り込んだ。
五人が集まると、ロヴェルは《即時帰還石》を足元へ叩きつける。
砕けた石から広がった白い光が、飛びかかる三頭より先に俺たちを包み込んだ。
【とある攻略サイトより】
■種族:ビーストフォーク
【初期職】
│
├─【前衛見習い】
│ ├─〈ビースト・アタッカー〉
│ │ ├─《クローマスター》
│ │ └─《ワイルドストライカー》
│ │
│ ├─〈ビースト・ディフェンダー〉
│ │ ├─《ビーストナイト》
│ │ └─《スタウトウォール》◀ 熊坊
│ │
│ └─〈ビースト・ブレイカー〉
│ ├─《ファングブレイカー》
│ └─《ボーンクラッシャー》
│
├─【中衛見習い】
│ ├─〈ビースト・ローグ〉
│ │ ├─《プラウルアサシン》
│ │ └─《ツインスティンガー》◀ Nanaree
│ │
│ ├─〈ビースト・アーチャー〉
│ │ ├─《スウィフトアーチャー》
│ │ └─《ハウルシューター》
│ │
│ └─〈ビースト・スカウト〉
│ ├─《ハントファインダー》
│ └─《トレイルシーカー》
│
└─【後衛見習い】
├─〈ビースト・ヒーラー〉
│ ├─《トライブプリースト》◀ ひより
│ └─《ハウルキーパー》
│
├─〈ビースト・ウィザード〉
│ ├─《トーテムウィザード》
│ └─《ムーンシャーマン》
│
└─〈ビースト・バッファー〉
├─《ライズエンチャンター》
└─《ワイルドブースター》
―――――
■《スタウトウォール》
大盾と高い防御性能を生かし、敵の攻撃を受け止めることに特化した防御職。
前線に立って敵の進行を遮りながら、後方にいる仲間へ攻撃を届かせないように戦う。
素早く動き回ることよりも、敵の正面に立って攻撃を引き受け、味方が安全に行動できる場所を維持することに優れている。
継続して攻撃を受けることには強い一方、複数方向から敵に回り込まれたり、守る範囲を大きく広げられたりすると対応が難しくなる。
■《ツインスティンガー》
左右の爪装備や短剣を使った連続攻撃に特化した高速近接職。
敵に張りつき、刺突や裂傷を短時間で何度も重ねていく。
単発火力や防御力で押すのではなく、手数、追従性能、回避後の攻撃復帰などの速さで最大火力を出すタイプ。
相手へ攻撃の隙を与えず、一気に押し切る戦いを得意とする一方、操作量が多く、敵から離されると火力を維持しにくい。
■《トライブプリースト》
自分を含めた仲間たちの回復と生存維持に優れたヒーラー職。
単体への回復だけでなく、近くにいる複数の味方を支え、パーティー全体が戦い続けられる状態を保つことを得意としている。
回復や補助を行いながら、自身への攻撃にも備える自己バフも豊富にある。
一人を瞬間的に大きく回復することよりも、仲間同士がまとまって戦う状況で、複数人を安定して支えることが得意。
―――――
お気づきかもしれませんが、ビーストフォークの二次職はヒュームの二次職と対になるように作成しています。
例えば今回の熊さんは《スタウトウォール》ですが、ヒュームのここに該当するのはミナトの《ガードウォール》になります。
じゃあ何が違うのというところはまた出てきたときや設定集にまとめていきます。
まだあまり出していませんが、エルフとダークエルフもこんな感じの対になっています。
この職リストと各職の設定や違い、スキル設定などを作るのに本編より時間かかってるんじゃないかという……。




