第67話 砂門都市カルダ
《砂門都市カルダ》は赤褐色の厚い石壁に囲まれた前線都市だった。
大型の荷馬車がすれ違えるよう、通りは広く造られている。平たい屋根の建物には濃い色の布が張られ、その下に装備の修理店や消耗品を扱う露店が並んでいた。
正式サービス開始時、このカルダと周辺地域はまだ解放されていなかった。
ロヴェルから聞いた話では一年前のレベルキャップ解放を伴う大型アップデートで《赤砂峡谷の大荒原》とともに追加され、今ではレベル50台以降のプレイヤーがより上位帯へ向かうための中継地点になっているらしい。
行き交うプレイヤーには俺が見慣れない装備を身につけた者が多かった。
おそらく二次職装備であろう重厚な盾を背負ったビーストフォークや装飾品がたくさんついた杖を持ったエルフが露店でアイテムを見ている。
「ザン君はこの町、初めてだね? 少しだけ寄り道しようか」
ロヴェルが通り沿いの露店へ向かった。
店先には赤や黄色の果実が並び、その隣で店員のNPCが素焼きの器に飲み物を注いでいる。
ロヴェルは二つ買うと、その片方を俺に渡した。
「ありがとうございます」
器の中には薄い赤色の飲み物が入っている。
表面には細かく砕かれた氷と乾燥させた葉が浮いていた。
「何の飲み物ですか?」
「この辺りで採れる果実を搾ったものだよ。暑い地域だから少し塩も入っている」
一口飲む。
最初に酸味がきて、その後に弱い甘さが残った。
氷の冷たさが乾いた喉に心地いい。
「この暑さだと、塩気がちょうどいいですね」
「味だけで買う人も多いみたいだよ」
冷たい飲み物を手に通りを進む。
町の奥には、周囲の建物よりも高い見張り台が立っていた。
その上を大きな影が横切る。
見上げると、四本の脚を腹の下へ畳んだ飛行獣が、幅の広い翼をゆっくりと羽ばたかせていた。
丸みのある頭から短いくちばしが伸び、首から背中にかけて生えた羽毛が風になびいている。
四足で立てる獣に大きな鳥の翼をつけたような姿だった。背には細長い鞍があり、何人かが前後に並んで座っている。
乗っている者には全員、獣の耳と尻尾が見えた。
「え、あれにも乗れるんですか?」
「今乗っているのは全員ビーストフォークのNPCなんだよ。この町と大荒原内の拠点を結ぶ空の便らしい」
飛行獣は見張り台の上を一度旋回し、隣にある高い発着場へ降りていった。
畳んでいた脚が石床に触れ、広げていた翼が左右から身体を包むように折り畳まれる。
「プレイヤーはまだ利用できないんですか?」
「少なくとも公開されている範囲では一人も確認されていないね。発着場まではプレイヤーも入れるし、受付で利用方法を尋ねることもできる。だが、条件を満たしていないと言われるだけなんだ」
見張り台の下には飛行獣を見上げているプレイヤーが何人かいた。
発着場へ続く階段を上っていく者もいる。
「その条件が分かってないんですね」
「ああ。受付のNPCとの友好度が必要だという説もあるし、この町から始まる連続クエストがあるという説もある。大荒原の探索実績や飛行獣そのものから認められる必要があるんじゃないかという話まで出ているよ」
「飛行獣から認められるってどうやるんでしょうね」
「そこが誰にも分かっていないんだ。だから、飛行獣を扱う騎手系やテイマー系のサブ職が隠されているんじゃないかとも言われている」
係員が鞍を外している間も、飛行獣は周囲を歩くNPCたちを目で追っていた。
近づいた一人が首元を撫でると、短いくちばしの先をその肩へ寄せている。
「ロヴェルさんもそう思ってるんですか?」
「私は少し違ってね」
ロヴェルは器を傾けながら、発着場にいる飛行獣を見上げた。
「アップデートから一年が経ったが、ペットやテイミングにつながるサブ職は一つも見つかっていない。私は最近……そもそもサブ職は関係ないんじゃないかと思っているんだ」
「まだシステム自体が実装されていないってことですか?」
「その可能性が高いと思っている。ただ、獣と関わる大きな遊びを一つのサブ職だけにしてしまえば、その職を選ばなかったプレイヤーは最初から触れられなくなるだろう?」
「ああ……サブ職は一つしか選べませんからね」
「だから今後のアップデートで、もっと多くのプレイヤーが使える独立した仕組みとして追加されるんじゃないかと思っているんだ」
ロヴェルはそのまま続ける。
「獣と出会い、世話をし、共に移動するところまでは誰にでも開かれる。そんな仕組みだと嬉しいね」
飛行獣は次の乗客を乗せると、再び大きく翼を広げた。
風が発着場から通りまで吹き下ろし、赤い砂が足元を流れていく。
石床を蹴り、翼を数度打ち下ろす。
大きな身体は見張り台を越えて舞い上がり、遠くの岩山の向こうへ消えていった。
「いつか乗ってみたいですね」
「ああ」
ロヴェルは飛行獣が消えた岩山の向こうを見たまま、少しだけ間を置いた。
「この町が解放された日から、ずっとそう思っているよ」
俺たちは飲み終えた器を露店へ返しに戻ってから、町のさらに奥――東門側へ向かった。
門のすぐ近くには広い獣舎があり、大型の猫科を思わせる騎獣が何頭も身体を伏せている。
「大きい……」
伏せていても背中は俺の腰より高く、立ち上がれば肩が胸元を越えそうなほどある。胴も二人が前後に並んで乗れるほど長く、普通の馬より一回りは大きかった。
「こんな獣もいるんですね」
「飛行獣には乗れないが、地上を走る騎獣ならプレイヤーも借りられるんだ。このビーストフォーク領域では荷運びや荒地の移動によく使われている」
全身は砂色の短い毛に覆われていた。
顔つきは獅子に近いが、鬣はなく、頭の上には小さな三角形の耳がある。
太い胴を支える四本の脚は長く、先端には砂へ沈みにくそうな大きな足がついていた。
その中の一頭が顔を上げた。
獣舎の入口からこちらを見て、長い尾を地面に二度打ちつける。
ロヴェルが小さく手を上げると、騎獣の両耳がそろってこちらを向いた。
「ここへ来るときは空いていれば、いつもあの子を選んでいる。とても賢いんだ」
ロヴェルが受付で料金を支払ってくれた。
「さっき話した仕組みが本当に実装されれば、こういう獣だけではなく、いろいろな生き物と一緒に旅ができるかもしれない。私はそれを待っているんだ」
「生き物……そういえば俺、最近卵を手に入れましたよ。まだ何も生まれていませんが」
「え? 卵!? なんだいそれは!?」
ロヴェルが勢いよくこちらへ向き直ったところで、係員が先ほどの一頭を獣舎から連れてきた。
「また終わってから見せますね」
「必ずだよ!」
ロヴェルはすぐに近づき、騎獣の顔の両側に手を添えた。
「今日も頼むよ」
騎獣が目を細め、丸い鼻先をロヴェルの胸元へ押しつける。
ロヴェルは押し返されながら笑い、額から耳の付け根まで何度も撫でた。
「かなり懐いてますね」
「ふふ、そうだろう?」
ロヴェルは鞍と革帯の状態を確かめた。
騎獣が前脚を折って身体を低くすると、首元を撫でながら先に鞍の前側へ乗る。
「ではザン君もどうぞ」
横の足掛けへ靴を乗せ、どうにか後ろへ座った。
固定用の革帯が二本あったので、腰に回して両方とも強く締める。
「乗ったことは……ないね?」
「はい。これで大丈夫ですか?」
「そこまで締めると、走り出す前から苦しくなるよ」
ロヴェルが後ろへ手を伸ばし、二本目の革帯を少し緩めた。
「一本目で身体を固定する。もう一本は落ちそうになったときの補助でいい」
係員が騎獣の首元を軽く叩く。
「それじゃあ頼んだよ」
騎獣が短く鳴いて立ち上がった。
それだけで視線の高さが一気に上がる。
次の瞬間、地面を蹴って走り出した。
「速っ――!」




