第65話 接近経路
広場にいたプレイヤーたちは北門と南門へ分かれて走り出した。
ルガート村の東側には切り立った岩壁が迫っている。
村を囲む金属柵には人が出入りできる門が北側と南側にしかないらしい。
北門の方角から警鐘が響き、少し遅れて南側からも声が上がる。
建物の屋根越しに見えるのは、村の外で立ち上る赤い土煙だけだ。
接近するMOBが巻き上げたものだろうが、ここからでは種類も数も分からない。
「北門へ行くぞ!」
「南側にも人を回してくれ!」
広場にいたプレイヤーの大半と村に常駐している兵士たちが二つの門へ向かっていく。
ロヴェルはそのどちらにも加わらなかった。
北門へ向かう人波の横を抜けて、そのまま村の西側へ走っていく。
「そっちには門がないんじゃないですか?」
「だからだよ」
ロヴェルは速度を落とさなかった。
「私は今回のイベントで可能な限り《ルガート村》を選んでいてね。居合わせた緊急防衛はこれで三度目なんだが、一つ気になることがあってね」
「気になること……ですか?」
「前の二回とも大きな群れは門に来ていた。ただ、防衛が終わった後に周辺を探索したら、村の西側にも足跡が残っていたんだよ」
「門へ向かった群れとは別にですか?」
「そこまでは分からない。見つけたときには他の痕跡と重なっていたからね」
北と南にはすでに兵士もプレイヤーも向かっている。
門のない西側へ走っている者は俺たちの他には見当たらなかった。
「だから今回は先に確かめてみるんですね」
「ああ。誰も見ていない道があるなら、見ておいた方がいいだろう?」
俺たちは住居や倉庫の間を抜け、村の西側へ向かった。
「確かこのあたりで柵沿いへ向きを変えていた」
西側の金属柵が見え始めたところで、外の草むらが大きく揺れた。
その直後、小鳥の群れが一斉に飛び立った。
「ロヴェルさんの予想通りです。来ているみたいです」
柵の外では背の高い草を割りながら《マッドジャッカル》の群れが走っていた。
その先にはルガート村から雨水を逃がすための浅い溝がある。
溝は金属柵の下に設けられた低い排水口へ続いていた。
本来は鉄格子で塞がれているが、その脇の赤土が崩れ、獣一頭なら頭を差し込めるほどの隙間ができている。
すでに先頭の《マッドジャッカル》が身体を低くし、前脚で土を削っていた。
爪が地面をかく度に赤土が崩れ、隙間が少しずつ広がっていく。
その後ろにはさらに十頭ほどのジャッカルが集まっていた。
「このままだと入られます」
「間に合ってよかった」
先頭の一頭が頭を押し込み、肩まで隙間へねじ込もうとする。
ロヴェルが腰の短剣を抜くと、柵の内側から刃を突き出し、その一頭の前脚を斬りつけた。
《マッドジャッカル》が頭を振った。
HPは減ったが、ロヴェルは急所を狙っていない。
「今ここで倒して消えられると、後ろの個体がそのまま突っ込んでくる」
頭を隙間へ入れた一頭が後続の進路を塞いでいる。
別の一頭が後ろから体を押しつけると、ロヴェルは鉄格子の隙間から短剣を突き出した。
刃が鼻先をかすめ、後続の一頭が飛び退いた。
「ここは私が押さえる。ザン君は群れを北門へ引っ張るんだ」
柵の隙間を通して射ることはできる。
ただ、今の俺の技量では、動き回る群れの中から狙う一頭を決めるだけでも簡単ではない。
俺は柵の隙間から群れを見る。
《マッドジャッカル》は何度も位置を入れ替えていた。
先頭が左へ寄れば別の一頭が前へ出て、草や岩を避けるたびに群れの形が変わる。
どれを射れば、ここから離せるのか。
俺は先頭ではなく、群れ全体を見る。
動き出す個体は毎回違った。
それでも群れが方向を変える直前、中央より少し後ろにいる一頭だけは必ず耳をその先へ向けている。
「……あいつだ」
俺はショートボウを装備し、その一頭の肩へ《ピンポイントショット》を放った。
――ガルルルッ!
矢を受けた個体の耳がこちらを向いた。
排水口から外れ、柵の内側にいる俺へ顔を向ける。
周囲の個体もすぐにつられるように反応した。
排水口へ入りかけている一頭を除いた群れ全体が、一斉に俺の方へ進路を変える。
「よし、そのまま北門へ引くんだ!」
「分かりました!」
俺は柵の内側を北へ走った。
金属柵の向こうでは《マッドジャッカル》の群れが外側を並ぶように追ってくる。
北門へ近づくにつれて、武器のぶつかる音とプレイヤーたちの声が大きくなった。
門の外では複数のパーティーがMOBと戦っている。
門の近くにいたプレイヤーの一人が柵の内側を走る俺に気づいた。
「西側から別の群れが来ます!」
「何頭だ!」
「十頭ほどです。柵沿いに北門へ回します!」
「了解した!」
北門の外にいた軽装のプレイヤー三人が戦列を離れた。
一人が短槍を構え、残る二人が左右へ分かれる。
「そのまま引いてくれ!」
俺は柵の内側を走ったまま、群れを北門へ誘導する。
先頭の《マッドジャッカル》が柵の終わる場所を回り込んだ。
そこへ短槍が突き出される。
急停止した個体へ左右から短剣が入り、後続が前へ詰まった。
北門の防衛へ参加していた他のプレイヤーもさらに数人加わり、俺も内側から最後尾の一頭へ矢を放った。
足を止めた個体へ攻撃が集中し、群れは次々と数を減らしていく。
「最後!」
残っていた《マッドジャッカル》が光の粒子となって消えた。
「西側にも群れがいたのか。入口なんてないはずなんだが……」
「南から回ってきたのかもしれない。まだ北門側が残ってる、戻るぞ!」
プレイヤーたちは元の戦列へ戻っていった。
少し遅れて、村の内側からロヴェルが走ってくる。
「うまくいったようだね」
「そっちは大丈夫でしたか?」
「あの一頭も倒したよ。消えた後、近くにあった石で穴を一時的に塞いでおいた」
ロヴェルは北門の外へ視線を向けた。
「それで、どうして群れの中央にいた一頭を射たんだい?」
「群れを導いていたのがあの一頭だったからです」
「先頭にはいなかったと思うが」
「はい。動き出すのは群れの他の個体の方が先でした」
矢を放つ直前の動きを思い返す。
「でも、方向が変わる前に、あの一頭だけ耳が先に動いていました。それを見てから周りの個体が顔を向けていたので」
ロヴェルが笑った。
「やはりよく見ているね」
「さっき教えてもらったばかりですからね」
北門の外から大きな歓声が上がった。
武器のぶつかる音も少しずつ止んでいく。
少し遅れて通知が表示された。
―――――
《地域緊急依頼》
すべての襲撃対象を撃退しました。
防衛に成功しました。
―――――
続けて、もう一つの表示が浮かぶ。
―――――
《生息域調査クエスト》
未確認の接近経路を一件発見しました。
《探索支援》への貢献として記録されます。
―――――
倒した数だけでなく、誰も見ていなかった道を見つけたことも記録に残った。
ロヴェルはこちらを振り返る。
「ところで、ザン君」
「はい」
「足跡は好きかい?」




