第57話 南の宿場町カレド
約束の日の22時。
俺は少しだけ早くシルヴェイル村の転移門前へ向かった。
ただ、今日は約束の時間になってもリヴィアの姿は見えなかった。
それから数分が過ぎ、何かあったのかと思い始めた頃に転移門の光が揺れた。
リヴィアが慌てた様子で現れた。
『すみません、ザンさん。遅れてしまって!』
「全然大丈夫ですよ。数分くらい。それより何かあったんですか?」
『あの、ログインしたら結構暗くて、一瞬どこにいるのか分からなくなってしまって……』
「ああ。一昨日《橋守の宿》の中でログアウトしましたもんね」
『はい。ログインしてすぐ暗くてびっくりしました』
「俺も昨日ログインしたとき驚きましたよ。すっかり忘れてたので」
『ザンさんもだったんですね……』
少し安心したようにリヴィアの肩から力が抜けた。
「では、改めてカレドへ行きましょうか」
『はい。カレドは私も行ったことがないのですが、確か《梢の町エルウィン》から行けたと思います』
俺たちは転移門を使い、《梢の町エルウィン》へ向かった。
転移の光が消えると、足元には硬い木の板道が現れた。
巨大な木々の間にいくつもの足場が渡され、枝から枝へ板道や細い吊り橋が続いている。
「あれからも風見の丘へ行くときに何度か通っているんですけど、いつも転移門を使うだけで、町の中はほとんど見て回れていないんです」
『こういう高い場所に広がっている町も、探索してみたいんですか?』
「はい。ヒューム領域にはこういう町がないので、一度ゆっくり歩いてみたくて」
リヴィアも周囲へ顔を向けた。
今いるところよりもさらに高い位置にもいくつもの建物と板道が見えていた。
『実は私もほとんど歩いたことがありません。高すぎるので』
「たしかにここ、下まで結構高さありますよね」
そんな話をしながら俺たちは転移門へ触れ、行き先一覧を開いた。
『ありました。《宿場町カレド》です』
「了解です。では行きましょうか」
俺たちはもう一度転移門を通り、南の《宿場町カレド》へと向かった。
足元の光が消えると、広い石畳の道が目の前に延びていた。
通りの両側には古い宿や店が並んでいるものの、閉じられた扉や外された看板も多い。
カレドはかつて港へ向かう行商人たちが足を休めた町らしい。
今は近くに新しい町ができたこともあり、宿場町という呼び名だけを残してその役目をほとんど終えていた。
閉じられた宿や色褪せた看板の間を風だけがゆっくりと通り抜けていく。
それでも古い家々の間にはかつて何台もの荷車が行き交った広い道が、その頃の名残のように残っていた。
「まずは……歌詞に出てくる『鐘』でしょうか」
『町の鐘なら高い鐘楼にあるかもしれません。今回は見つけやすそうです』
俺たちは周囲を見渡しながら大通りを進んだ。
いくつかの脇道も確かめながら歩いていくと、やがて町の中央にある広場へ出た。
広場の一番奥には石造りの鐘楼が立ち、一つの大きな鐘が吊るされていた。
ただ、鐘を支える太い梁には今ある鐘とは別に、何かを吊るしていたような金具が二つ残っていた。
『以前は三つの鐘が並んでいたのでしょうか』
「その可能性はありそうですね。聞いてみましょうか」
広場の端にある長椅子に一人の老人が腰を下ろしていた。
俺たちはそこへ近づき、鐘楼を指して尋ねてみる。
「……すみません。この鐘楼には昔は三つの鐘があったんですか?」
「ああ、あれか。昔は小さい鐘が二つと大きい鐘が一つ並んでたんじゃよ」
その老人は懐かしそうに鐘楼を見上げた。
「朝に一つ目、昼に二つ目、夕暮れ時には三つ目の大きな鐘を鳴らしていたんじゃ。今も残ってるのは大きいものだけじゃが」
『ありがとうございます。もう一つお聞きしたいのですが、この町に笛の木と呼ばれる木はありませんか?』
「……笛の木?」
聞き覚えがないように首を傾げる。
「笛……。そういえば風が吹くと高い音を鳴らす大きな木が西の町外れにあったのう」
老人は町の西側へ目を向けた。
「太い枝の一つに穴が開いていて、風が通ると高い音を鳴らすんじゃ。ああ、確かに笛の木と呼んでいたかもしれん。町の子どもたちはよくあそこで遊んでおった」
「その木は今もあるんですか?」
「いや。もう10年にはなるかのう。大きな嵐で折れちまったんじゃ」
「その木があった場所は分かりますか?」
「ああ。西の通りをまっすぐ進んだ町外れじゃ。根元を囲んでいた石が今も残っているはずじゃよ」
『ありがとうございます』
俺たちは老人に教えてもらった場所へ向かった。
広場から西へ延びる通りを進むにつれて、家の数が減っていく。やがて低い草の広がる町外れへ出た。
町外れへ着く頃には空が夕暮れの色へ変わり始めていた。
周囲を探しながら歩いていると、少し高くなった草地に低い石が輪になるように並んでいた。
「もしかして、あれですかね」
近づいてみると、石の輪の中心には大きな切り株が残っていた。
地面には太い根の起伏がいくつも残っている。
周囲の草地には小さな白い花が咲いていた。
その中で切り株の周りにだけ赤い花がいくつか混じっている。
家並みの向こうには一つの大きな鐘だけが残った鐘楼が見えていた。
リヴィアが《返し歌》を開き、歌詞に残された言葉と目の前の景色を見比べる。
『ここで間違いないと思います』
風が町外れを抜け、輪になった石の間に生えた草と花を揺らしていく。
でも、そこに笛のような音を返す木はもうなかった。
そのとき、町の方から大きな鐘の音が届いた。
夕暮れを知らせる、今も残る三つ目の鐘だ。
低く澄んだ音が家並みを越え、木のなくなったこの場所までしっかりと届いた。
リヴィアも《返し歌》を閉じ、鐘楼へ顔を向けていた。
「男の子は北の町で、この鐘と笛の木を思い出しながら歌を作ったのかもしれませんね」
『いつか戻れたら、ここでもう一度会いたいと』
もう一度風が吹き、草と花を揺らしていく。
鐘の余韻だけが、笛の木がなくなった草地に残っていた。
その直後、リヴィアの前に淡い表示が浮かんだ。
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クエスト《まだ歌われない詩》が更新されました。
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《返し歌》に歌われていた場所を発見しました。
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リヴィアが表示を俺にも共有した。
「歌詞にある場所は見つかりましたが、女の子に繋がるものはないですね」
切り株の周囲をもう一度見回したが、草や花があるだけで他に手掛かりになりそうなものはなかった。
「この《返し歌》の話を最初に聞いたアガーテさんのところへ行ってみますか?」
『それがよさそうです』
リヴィアが少し考えるように笛の木があった場所へ目を向けた。
俺たちはカレドを離れ、シルヴェイル村へ戻った。
そこから南街道の旧道へ入り、《旅鳥の宿》へ向かった。
宿に着いたとき、アガーテが外の長椅子に腰を下ろして古い楽器の弦を布で拭いていた。
俺たちの足音に気づいたのか、アガーテがゆっくりと顔を上げた。
「戻ってきたのかい」




