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第54話 逃げた先

 

 俺は扉の内側に付いていた太い鉄の棒を横へ滑らせ、急いで鍵をかけた。

 

 ――ダァァン!


 ほぼ同時に外から体当たりされた扉が大きく軋み、金具の震える音が薄暗い宿の中へ響く。

 天井や壁から細かな埃が落ち、俺たちの肩や髪に降りかかった。


 続けて、入口脇の石壁にも激突してくる。

 最初よりもさらに低い音とともに建物が震えた。

 何年使われていないのかもわからない建物だ。

 次の一撃で扉か壁が壊れてもおかしくはなかった。


 俺たちはそのまま扉から離れ、入口脇の壁際で身を伏せた。

 外から扉を引っ掻くような音が聞こえ、何度もエコーテイルが石壁へぶつかってきている。

 それでも扉や壁は耐えてくれた。

 今のところ入口を囲む石壁から細かな欠片が落ちただけだ。

 俺は呼吸を抑えながら《探知》を使った。

 三つの反応が入口のすぐ外を動き回っている。

 一体は扉の前に留まり、残る二体は建物の左右へ分かれていた。

 リヴィアもすぐ隣で息を潜めていた。


 やがて音が止まる。

 それでも俺たちはしばらく外の音へ耳を澄ませ続けた。

 《探知》に映る反応が一つずつ宿から離れていくまでは動けなかった。

 最後の一つが遠ざかり、反応そのものが探知の範囲から消える。


「探知には引っかからなくなりました。なんとか……助かりましたね」


『はい、怖かったです』


 ようやく張りつめていた緊張が解けた。

 息を吐いて顔を上げたところで、リヴィアがすぐ目の前にいることに気付く。


 壁の高い位置にある小さな採光用の窓から差し込む光が、薄暗い室内にリヴィアの姿をうっすらと浮かび上がらせている。

 俺たちは同じ壁際に身を伏せたままで、思っていた以上に近い距離にいた。

 肩から腕まで触れたままになっていることにもそこで初めて気が付いた。


 勢いよく二人で入口へ飛び込み、扉を閉めてから一緒に身を伏せていたからだ。

 そのせいでリヴィアの髪は少し乱れ、頬の近くに細い髪がかかっていた。翠緑のローブも片側へずれ、普段よりかなり着崩れていた。


 俺は自分の装備に目を落とした。

 こちらも同じような状態だった。

 もう一度顔を上げた瞬間、リヴィアと目が合った。

 そこでリヴィアも互いの距離に気付いたらしい。


 驚いたように目を見開き、ずれていたローブを直しながら体を引いた。

 俺もほとんど同時に一歩離れる。

 乱れた髪もずれた服も、触れた感触も現実と変わらないこのゲームでは、こういうときの恥ずかしさまで同じだった。


「す……すみません」


 少し間を置いてチャットが浮かんだ。


『いえ……私も同じ勢いで入ってしまったので』


「前にも風見の丘で、こんな感じで敵から逃げましたよね」


『はい。あのときは……』


 そこでリヴィアのチャットが止まる。

 何も表示されないその間に、言葉になる前の迷いまで伝わってきた。

 リヴィアが視線を逸らし、俺も少し遅れて顔を背ける。


「建物が壊れていないか、一度外から確認してみましょうか」


『はい』


 俺は扉の内側にある太い鉄の棒を元へ戻して鍵を外した。

 力を入れて押すと、軋みながらゆっくり開いていく。

 俺たちは一応周囲を確かめながら宿の外へ出た。

 日は傾いていたが、空にはまだ明るさが残っている。

 重い木の扉には横へ長い爪痕が残り、入口脇の石壁にも新しい傷がついていた。

 その周りには色の薄れた古い傷がいくつも並んでいる。宿全体を見回しても、今すぐ崩れそうな様子はない。

 ひとまず安心した。


「この宿、エコーテイルの体当たりに耐えられるように造られていたんですね」


『そうみたいです。ここに来る前の石柱もあの突進を防ぐためのものだったのでしょうか』


「たぶんそうでしょうね。この辺りは昔からエコーテイルの縄張りなのかもしれません」


 俺は扉に残る古い傷を見ているうちに、戦闘後に拾ったものをまだ確認していなかったことを思い出した。


「そういえば、さっきのドロップをまだ見ていませんでしたね」


 俺はインベントリを開き、拾った素材を選んでパーティ共有する。


―――――

【ドロップ】


・残響虫の背殻×3

・残響虫の響膜×1

・残響虫の黒翅×2

―――――


『え……残響虫?』


 リヴィアの視線が一番上の名前で止まった。


「虫だったみたいですね」

『――違います』


「でも、素材の名前には虫と書いてますが……」


 少し間を置いてリヴィアのチャットが浮かんだ。


『CROでも分類を間違えることがあるんですね』


 それ以上は触れさせないようにリヴィアが話題を切り替えた。


『それより、遅くなりましたが先ほどはありがとうございました。敵の注意を引いてくれて』


「いえ、あそこで間に合ってよかったです。ゲームとはいえ、死んだら装備や持ち物を落とすこともありますし。……何よりCROって、やられたときの衝撃もかなりリアルにきますからね」


『それはザンさんも同じですよ』


「では次は俺も吹き飛ばされないように頑張ります」


『はい、お願いします』


 俺たちはもう一度宿の中へ戻った。

 先ほど二人で身を潜めていた場所からさらに奥へ進むと、短い廊下の先にいくつかの部屋が並んでいた。


 その中で一番広い部屋には古い机や椅子がいくつも残されている。

 かつては旅人たちが集まる場所だったのだろう。

 その部屋へ足を踏み入れた瞬間、リヴィアの前に淡い表示が浮かんだ。


―――――

クエスト《まだ歌われない詩》が更新されました。

―――――


『ここで合っていたようです』

 

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― 新着の感想 ―
性別差での接触制限とかは、あってよいのでは?公序良俗的に。 セクハラ防止用のシステムはないほうが不自然に感じます。五感が現実と同じならば。
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