第52話 トカゲです
俺とリヴィアは《橋守の宿》を目指し、アルネイの南門へ向かった。さっき宿で教えてもらった道を進めば、辿り着けるはずだ。
『今日はどこまで調べられるかわかりませんし、少し急いで向かいましょうか』
「そうですね」
『では《フェアウィンド》をかけます』
リヴィアが杖を動かす。
足元に淡い風の輪が広がり、体が軽くなった。
普通に歩いているつもりでも、足取りはいつもより速くなっていた。
「このスキル、普段の移動にもかなり便利ですね」
『昨日も使えばよかったかもしれません』
「確かに。でも、急いでいたら旧道の入り口を見落としていたかもしれませんよ」
『そう考えると、昨日はゆっくり歩けてよかったですね。景色ものどかで綺麗でしたし』
俺たちは《フェアウィンド》の効果を受け、普段より速い足取りで街道を進んだ。
道沿いに続いていた畑が途切れ、振り返ってもアルネイの屋根は見えなくなった。
しばらく歩いたところで、街道から分かれる旧道へ入った。
かつて踏み固められていた土は雨に削られ、中央にも草が伸びている。轍の跡は落ち葉に埋もれ、今ではほとんど使われていないことがわかる。
昨日と同じでこの道も俺たちの地図には描かれていなかった。
『ここを進めば、古い橋に続いているはずです』
「宿はその手前でしたよね」
『はい。そのはずです』
荒れた道は山裾と川沿いの斜面に挟まれ、先へ進むほど細くなっていく。
俺は《探知》を使いながら周囲を見た。
敵の反応はまだない。
木の幹には硬いもので擦ったような傷が残っていた。
地面には轍とは違う深い跡が、何かが何度も通ったように奥へ続いている。そのそばに青黒い欠片が落ちていた。
「何でしょう、これ」
拾い上げると表面は硬く、光へ透かした内側に細い筋が何本も通っている。
『何かの殻でしょうか』
「けっこう大きいですね」
その直後、《探知》に大きな反応が入った。
道を外れた場所からこちらへ近づいてくる。
「リヴィアさん。止まってください」
『敵ですか?』
「はい。すぐ来ます!」
――ヴゥーーン。
姿が見えるより先に、弦を震わせたような低い音が茂みの奥から響いてきた。
少し遅れて足元の土まで小さく揺れた。
すぐ先の茂みが押し分けられる。
太い前脚が現れ、その後から青黒い巨体がゆっくりと這い出してきた。
―――――
《エコーテイル》
―――――
腹を地面へ近づけた姿は巨大なトカゲのように見えた。
平たい頭から太い尾の先までは小型の荷馬車ほどもある。体の表面は青黒く、特に背中は硬い殻で覆われていた。
巨体が道幅の半分以上を塞いでいる。
エコーテイルの先には山の斜面から川際まで道を横切るように太い石柱が並び、その向こうに探していた宿らしい小さな屋根が見えていた。
道の片側は山の斜面、反対側は川へ落ちる急斜面になっている。残った道幅も巨体の脇を通り抜けられるほど広くない。
《橋守の宿》へ行くにはここを通るしかなさそうだった。
『あれは何のモンスターでしょうか?』
「四本脚で尻尾もありますし、トカゲ系ですかね」
そう答えた直後、エコーテイルの背中が左右へ割れた。
二枚の硬い背殻が大きく開く。
その下から現れた薄い翅のような膜が激しく震え、不気味な低音を鳴らした。
リヴィアが驚いた顔で口元を押さえている。
「……今のを見ると、虫にも見えてきましたね」
『トカゲです』
返事だけは迷いがなかった。
リヴィアは何事もなかったように杖を構える。
『バフを入れますね』
―――――
《フェアウィンド》
《ロックガード》
《クリアヴェール》
―――――
足元に淡い風の輪が広がり、体の横には石の盾のような光が浮かんだ。視界には薄い膜が重なり、羽音による耳の奥の違和感が少し遠のく。
『後ろから支援します』
「わかりました。こっちで引きつけます」
『お願いします』
リヴィアは杖を構えたまま距離を取る。
エコーテイルが平たい頭を低くし、四本の脚で土を掻いた。
巨体からは想像できない速さで一気に道を駆けてくる。
俺は正面で引きつけ、頭部が迫ったタイミングで横へ跳んだ。
《フェアウィンド》のおかげで巨体の脇へうまく抜けられた。弓を背へ回して短剣を抜き、すれ違いざまに前脚の内側へ《クイックスラッシュ》を入れる。
短剣の刃は前脚の内側へ食い込んだが、HPはほとんど減らなかった。
エコーテイルは勢いを落とさず、四本の脚で地面を深く抉りながら俺の横を駆け抜けていく。
その直後、背中の殻が再び大きく開いた。
中の薄い膜が震えると、低音とともに強い衝撃が突進の道筋を逆向きに走った。
足元の土が跳ね上がり、その勢いで俺の体が横へ弾かれた。地面へ投げ出された瞬間、《ロックガード》が砕け、衝撃を和らげた。
それでもHPはかなり減っていた。
そのとき、足元から淡い緑の光が芽吹く。
リヴィアの《スプラウトリカバリー》だ。
減ったHPが戻り始め、続けて新しい《ロックガード》の光が浮かんだ。
「回復、ありがとうございます。今の衝撃は突進の軌道を逆向きに伝ってきました。次はもっと速く横へ離れてみます」
道の奥でエコーテイルが向きを変えた。
二度目の突進をうまくかわし、そのまま大きく横へ走った。
少し遅れて薄い膜が低音を鳴らし、同じような衝撃がまた地面を走ってきた。
俺はその衝撃を《シフトステップ》で躱す。
相手の攻撃の仕組みがわかれば避けられる。
次はこちらの攻撃が通る場所を探す必要がある。
俺は短剣を収めてショートボウを構えると、試しに前脚へ矢を放った。
でも、矢は硬い音とともに弾かれてしまう。
続いてリヴィアが放った《ウィンドカッター》も敵の青黒い表面を削っただけで、HPはほとんど減っていなかった。
「かなり硬いですね。背中が開いたときは中が見えてました。次はそこを狙いましょう」
『わかりました』
エコーテイルが再び地面を蹴った。
俺は突進を避け、そのまま横へ抜けた。
二枚の背殻が持ち上がり、その下から薄い膜と背殻の付け根が現れた。
その付け根へ《ピンポイントショット》を放った。
矢が背殻の隙間へ入り、これまでより大きくHPを削った。
ほぼ同時にリヴィアの風の刃も薄い膜を切り裂く。
エコーテイルが大きく体を震わせ、背殻を閉じた。
『入りました』
「開いている間なら攻撃が通りそうです」
俺が突進を引きつけ、二人でその道筋から外れる。
背殻が開いた短い時間に矢と風の刃を重ねる。
一度でも避け損なえば大きなダメージを受ける。
それでも少しずつHPを減らし、ようやく半分近くまで削った。
そのとき、エコーテイルの背殻がこれまでより大きく開いた。左右の膜が別々に震え、二つの低音が重なる。
――動きが今までと違う。
「攻撃が変わります!」
その瞬間、エコーテイルが地面を蹴った。
俺は突進をかわし、衝撃の走る軌道から大きく横へ離れた。
片方の膜が低音を鳴らし、一度目の衝撃が突進の軌道を逆向きに走る。
いつもと同じ攻撃が終わり、露出した背殻の付け根へ向けてリヴィアが杖を動かし始めた。
だが、もう片方の膜はまだ震え続けている。
「――まだです!」
二度目の音が響いた。
今度の衝撃は突進の軌道から左右へ広がり、攻撃に移ろうとしていたリヴィアの足元を跳ね上げた。
リヴィアの体が宙に浮く。
そのまま道の端まで飛ばされ、地面を転がった。
「リヴィアさん!」
リヴィアは杖を地面へ突き、起き上がろうとしていた。同時に、足元から淡い緑の光が芽吹き、大きく減ったHPが戻り始める。
まだ立ち上がれていないリヴィアへ、エコーテイルがゆっくりと向きを変えた。
俺は敵の気を引くため、横合いから背殻へ矢を放った。だが、硬い表面に弾かれ、敵はこちらを見ようともしない。
続けて目を狙い、《スローイングダガー》を投げた。短剣は閉じた瞼へ当たったが、エコーテイルの狙いは変わらなかった。
四本の脚が地面を掻く。狙っているのは間違いなくリヴィアだった。
考えるより先に、俺はリヴィアとエコーテイルの間へ走り出していた。




