第49話 旅鳥の宿
俺たちは草の中に見えていた古びた木の板へ近づいた。
支柱は大きく傾き、板の端もところどころ欠けており、書かれていた文字はほとんど消えていた。
それでも下の方には、翼を広げた小さな鳥の印が薄く残っている。
『鳥の印……』
「《旅鳥の宿》と関係ありそうですね」
鳥の印の横には森の奥を示す矢印もかろうじて残っている。
その先には背の高い草と木々が重なり、道らしいものは見えなかった。
『ここに道があるのでしょうか?』
「矢印の方を少し見てみましょう」
俺たちは森の中へ入る。
最初の数歩では何も分からなかった。
さらに進むと、木と木の間に細長い空間が続いているのが見えた。
中央だけ草が少なく、露出した地面が森の奥へ細く伸びている。足元の土は周囲より硬く踏み固められていた。
「……道だ」
リヴィアも隣から森の奥を覗いている。
『本当に……続いていますね』
よく見ると乾いた土の上には新しい靴跡のようなものも残っていた。
「今も誰かが使ってるみたいです。行ってみましょう」
俺たちは現在の街道を離れ、森の中の道を進んでいく。
奥へ進むにつれて、少しずつ道幅が広がってきた。
「ここ、旧道で間違いなさそうですね」
『入口が草木に隠れていただけだったんですね』
今の街道より狭く、地面も平らではない。
木の根が浮き出た場所や雨で土が削られた場所もあり、両側から枝が伸びている。
「この先に住んでる人たちが使っているんでしょうね」
俺はエルフ領域の地図を開いてみる。
俺たちの位置は森の中に表示されていたが、足元にあるはずの道はどこにも描かれていなかった。
「本当に出ていないのか……」
そういえば《月影の森》の奥で見つけた壊れた小屋へと続く道も、地図には表示されていなかった。
CROにはこうして地図にのらない道が他にもたくさんあるのだろう。
そのまま俺たちは道をたどり、森の奥へ進んだ。
しばらく歩くと木々の間隔が少しずつ広がり、太陽の光が差し込むようになった。
最後に張り出した大きな枝をくぐると、一気に視界が開け、その先にも古い道が続いていた。
『昔はもっと多くの人がこの道を使っていたのでしょうか』
道沿いには傾いた木の柵や支柱だけになった古い案内板が残っている。
山から引かれた水が古い水桶へ流れ、その近くには薪小屋もあった。
さらに進むと、小屋や家が点々と見えてきた。
村と呼べるほど家が集まっているわけではない。
それでも窓辺には布が干され、道から離れた場所では細い煙も上がっていた。
旧道沿いには今も誰かの暮らしが残っているようだ。
『ここは何だか落ち着きます。道の先を確かめたくなる気持ちが少し分かりました』
「地図に載っていない場所ばかり探しているクランもあるらしいですよ」
『そんなクランがあるんですか?』
「俺も掲示板で見ただけですが、古い道や地図から消えた場所を探して回ってるとか」
『その方たちなら、この旧道の入口もすぐに見つけたのでしょうね』
「確かに、俺たちよりは早そうです」
道を進んでいくと、点々と見えていた小屋や家の先に他よりも少し大きめの建物が現れた。
『あれが《旅鳥の宿》でしょうか』
近づくと、民家を少し大きくしたほどの木造の建物だと分かった。
古びてはいるが大きく壊れた場所はない。
建物の前には古い木製の看板が立っていた。その看板には翼を休める一羽の鳥が描かれている。
今も宿として営業している様子はなかったが、窓は開けられ、軒先には摘んだばかりらしい香草が干されていた。
入口近くの長椅子では一人の老女が籠の中の香草と果実を分けていた。
そこへリヴィアが近づく。
『すみません』
老女が顔を上げた。
「何だい?」
『《詩守り》という方を探しています』
香草を分けていた手が止まった。
「……《詩守り》かい」
これまでの三人とは違った。
その言葉の意味を尋ねるのではなく、確かめるように繰り返した。
「なぜ、その名を?」
『世界樹の歌碑に示された手掛かりを追ってきました』
老女はリヴィアの後ろに立つ俺へ目を向けた。
「世界樹の歌碑から二人でここまで来たのかい?」
『街道からこちらの道を探してきました。《詩守り》をご存じなんですか?』
「⋯⋯ああ」
老女は抱えていた籠を長椅子へ置いた。
「でも、お前さんたちは一つ勘違いしているね」
『勘違いですか?』
「《詩守り》は誰か一人を指す名前じゃないよ」
リヴィアがクエスト情報を確かめる。
ここまで追ってきた手掛かりは、確かに《詩守り》という名から始まっていた。
「昔の吟遊詩人は歌を預かり、別の者へ託しながら遠くまで運んだ。歌がどこから来て、誰のところへ向かうのか。それを覚え、次へ繋いだ者たちを《詩守り》と呼んだのさ」
「では、俺たちが探しているのは……」
「あたしもその一人さ。《詩守り》が何者なのかはこれで分かっただろう」
老女は俺たちが歩いてきた旧道へ目を向けた。
「ここから先に追うべきものはもう人じゃない」
その目が俺たちへ戻る。
「一つの歌が通った道だよ」
その直後、リヴィアの前に淡い表示が浮かんだ。
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クエスト《まだ歌われない詩》が更新されました。
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