第47話 クエストの条件
リヴィアが候補に絞った場所は全部で三か所あった。
一か所目は日頃から世界樹の麓の歌碑を手入れしている管理人。
二か所目は古く残る楽曲も演奏しているという、村の西側にある小さな演奏場。
そして、三か所目は昔の楽器の修理も受けている工房だった。
《詩守り》そのものを知らなくても、古い歌や楽器に関わる者なら何か手掛かりを持っているかもしれない。まずは予定通り、リヴィアが一人で歌碑の管理人へ話しかける。
『すみません、《詩守り》という方について、何かご存じありませんか?』
管理人は聞いたことがないと首を振った。
リヴィアがこちらへ戻ってくる。
『やはり……何も起きませんでした』
「じゃあ、今度はパーティーを組んでみましょうか」
すぐにリヴィアからパーティー申請が届いた。
承認すると、視界の端に俺とリヴィアの名前が並ぶ。こうしてパーティーを組むのは風見の丘で一緒に狩りをしたとき以来だった。
俺たちは並んでもう一度、管理人へ同じことを尋ねた。返事もクエスト表示も変わらなかった。
二か所目へ向かう前に一度パーティーを解散する。
村の西側にある小さな演奏場では、数人の楽士が昼の演奏に使った楽器を片づけていた。
リヴィアはその中で、古い歌にも詳しいという楽士へ一人で話しかけた。
その後、もう一度パーティーを組んで同じ問いを尋ねる。やはり反応は一緒だった。
「二か所とも違いましたね」
『はい。関係ないのでしょうか……』
俺たちは再びパーティーを解散した。
「俺が条件じゃない可能性もありますからね。今日はそれを確かめられるだけでも十分です」
『そうですね。ただ、三か所目が一番可能性は高いと思っていまして』
「修理工房……ですよね。どうしてですか?」
『古い楽器の修理も受けているそうなんです』
「古い楽器?」
『はい。もし《詩守り》が吟遊詩人に関係しているとしたら、吟遊詩人は楽器を持って各地を旅していたはずです』
「確かに同じ楽器を長く使ってた人も多そうですね」
『はい。もしそういった楽器を修理してきた方なら、昔の吟遊詩人や詩についても何か知っているかもしれません』
「なるほど。ありそうです。では行ってみましょう」
俺たちはシルヴェイル村の水路沿いを歩いていく。
白い石畳の間を流れる水には、世界樹の枝葉からこぼれた光が揺れていた。
水路をまたぐ小さな橋や太い根に沿って建てられた家々は明るい日差しと緑に包まれている。
「やっぱりシルヴェイル村は綺麗な村ですね」
『王都までたくさんの村や町を経由しましたが、私はこの村が一番好きかもしれません』
リヴィアは水路の先へ目を向けた。
『……私、CROのPVでこの景色を見て、エルフで始めたんです』
「そうだったんですね。俺は何も見ずに始めちゃったからなぁ……」
頭上を覆う世界樹の枝を見上げる。
「もし先にこの景色を見てたら、俺もエルフだったかもしれません」
リヴィアがこちらを見た。
『ザンさんがエルフってあまりイメージが湧きませんね』
「え、そうですか?」
『はい』
「耳が尖ったらおかしいですかね」
リヴィアが少しだけむっとしたように俺を見る。
『ザンさんって……』
「え?」
リヴィアはそこで言葉を止めた。
『……なんでもありません』
「絶対何か言おうとしましたよね」
『気にしないでください。工房はもうすぐだと思います』
話を終わらせるようにリヴィアは水路の先へ顔を向けた。風が吹くたびに枝の間から差し込む光が水面で揺れる。
世界樹の太い根が水路の下へ潜る場所に小さな工房が建っていた。
入口には細い弦や木製の部品が吊るされている。
開け放たれた扉の奥では白髪を短く切った年配の男性が作業机へ向かっていた。
手にした細いヤスリで、弦楽器の小さな部品を削っている。
頭上には《ウォーリン》と表示されていた。
『まずは私一人で聞いてみますね』
「分かりました」
俺は工房の入口から少し離れた。
リヴィアがウォーリンの作業机へ近づく。
『すみません。《詩守り》について何かご存じありませんか?』
「《詩守り》?」
ウォーリンはヤスリを動かす手を止めた。
「その呼び名は知らんな」
『そうですか。ありがとうございます』
リヴィアがこちらへ戻ってくる。
視界の端に変化はない。
『何も出ませんでした』
「じゃあ、パーティーを組んでみましょうか」
『はい』
再びパーティー申請が届く。
承認した後、俺たちは並んで工房へ入った。
ウォーリンはまた小さな部品を削り始めている。
リヴィアがさっきと同じ場所へ立った。
『すみません。《詩守り》について、何かご存じありませんか?』
ウォーリンの手が止まる。
先ほどと同じ質問だった。
でも、今度はリヴィアだけでなく、隣にいる俺へも目を向けた。
「《詩守り》という呼び名は知らん」
そこまでは同じだった。
「お前さんたちは、その《詩守り》とやらを探しておるのか?」
『はい。何かご存じでしたら教えていただけませんか?』
「その名に心当たりはないが……詩か」
ウォーリンは手にした部品を机へ置いた。
「最近はめっきり少なくなったが、昔の吟遊詩人は詩や歌を持って旅をしておった。自分が向かわん土地へ届けるものは、同じ方角へ行く別の吟遊詩人に預けることもあったそうだ」
『吟遊詩人同士で受け渡していたんですか?』
「ああ。その受け渡しに使われていた宿が村の南にあったはずだ」
ウォーリンは記憶をたどるように目を細めた。
「……確か《旅鳥の宿》といったか。昔はそこを通る吟遊詩人がよく楽器の修理を頼みに来ておった。建物が残っているなら、何か手掛かりがあるかもしれんな」
その直後、リヴィアの前に淡い表示が浮かんだ。
『出ました』
リヴィアが表示をパーティー共有する。
―――――
クエスト《まだ歌われない詩》が更新されました。
古い歌を預かっていた街道宿を訪ねてください。
―――――
さっきリヴィアが一人で話したときには出なかった表示だった。
「本当に進みましたね」
『よかったです。ザンさんにわざわざ来ていただいて、何もなかったら……』
「いえいえ、そこは気にしないでください。それに一人で話したときとパーティーを組んだときで反応が変わったから、俺が条件だったって分かったんですし。ちゃんと来た意味があってよかったです」
リヴィアは少し間を置いてから答えた。
『はい、ありがとうございます』
リヴィアは更新されたクエスト表示を確かめてから、ウォーリンへ向き直った。
『《旅鳥の宿》はどこにあるんですか?』
「今の街道ができる前は村から南へ向かう旧道を旅人が使っておった。《旅鳥の宿》もその道沿いにあったはずだ」
『今も使われているんですか?』
「宿として使われているかは分からん。ただ建物はまだ残っていると聞いたことがある」
『ありがとうございます』
俺たちは礼を言って工房を出た。
水路沿いの道へ戻ったところで、リヴィアのチャットが表示される。
『今日ザンさんに来てもらえたおかけで進めました』
「よかったです。それでは《旅鳥の宿》……今から行ってみますか?」
『お時間大丈夫ですか?』
「俺はまだ全然大丈夫ですよ」
『では、お願いしてもいいですか?』
「了解です。行きましょう」
俺たちはシルヴェイル村の南門へ向かった。
門の向こうには南の街道が伸びている。
そのどこかに旧道への入口が残っているはずだった。




