第42話 大星花
王都星花祭――最終日の夜。
俺は星月草原の高い丘にいた。
少し離れた斜面の下には古い打ち上げ台がある。
遠くには王都セントヴェルが見え、丘の下を通る街道は夜の闇の中へ続いていた。
俺は傾斜のついた草の上に腰を下ろした。
王都の歓声はここまで届かない。聞こえるのは丘を越える風と足元で草が擦れる音だけで、夜の闇の中にはいくつもの灯りを抱えた王都が明るく浮かんでいた。
俺は《第七補給隊名簿》を開く。
ロイ。
マーロ。
エダ。
ルッツ。
ノーラ。
セイル。
最初にこの名簿を手に入れたときより、分かったことは増えていた。
マーロが関わっていたベルカ村からの物資。
歴史院に残されていた王都から北へ続く街道や中継地点の記録。
でも、この六人がいつ出会い、どのようにして第七補給隊に所属することになったのかはまだわかっていない。
そのとき、王都の灯りが消え始めた。
街全体がゆっくりと暗くなっていく。
王都の各所から星花が上がり始めた。
金色や青白い光が次々と夜空に開き、遠く離れた王都が何度も色を変えていく。
今頃、街の中はすごい歓声なのだろう。
やがて、この丘の打ち上げ台からも星花が上がった。金色の光が星月草原の上で開き、暗闇に沈んでいた白い草花とその間を抜ける街道が浮かび上がる。
綺麗だった。
俺はしばらく星花を見上げ、それから北の方を見た。
光の届かない先にも道は続いている。
そのずっと先には灰冠竜と戦った《失われし丘陵》がある。
星花が途切れ、草原に夜が戻ってきた。
少しの静けさの後、王都から強い光が上がった。
それを追うように各所から次々と星花が開き、古い打ち上げ台からも今までで一番強い光が夜空へ昇る。
金色に青白い光。
澄んだ赤と淡い緑。
いくつもの星花が幾重にも重なり合い、夜空そのものに一つの大きな花が咲いたように見えた。
――《大星花》。
眩い光が星月草原へ降り注いだ。
丘も白い草花も、北へ続く街道も一度に明るく浮かび上がる。
さっきまで闇に沈んでいた北街道の遠い先まで見えた。
この《大星花》の光なら。
あの丘陵まで届いただろうか。
灰冠竜との戦いで帰ってこなかったのは、きっと五人だけではない。
俺が名前を知らない誰かのところまで、この光が届いてほしかった。
一年前、俺はベルカ村から星花を見上げていた。
あの頃はまだ、この光が北から帰る人たちのために続いてきたことも知らなかった。
この六人もどこかから同じ星花を見ていたのだろうか。
あれから俺は王都へ来て、灰冠竜との戦いを経て、第七補給隊の名前を知った。
俺がCROを歩いてきたこの一年、六人にもそれぞれの暮らしがあった。
六人は第七補給隊として集まり、戦場へ物資を届けた。
俺たちプレイヤーが勝利の話で盛り上がっていた頃も、ロイはまだ戦場に残っていた。
一緒に補給路を守った五人は戻らず、その認識票さえ見つからないまま撤収の時間が迫っていた。
もしあのとき、俺があの場所へ行かなかったら。
認識票は見つからないまま、ロイは王都へ戻るしかなかったのかもしれない。
あの焼け焦げた丘陵でロイは言った。
『私の名はまだ道の上にあります』
俺は遠くまで照らされた街道を見た。
あの日、ロイもこの道を通って王都へ戻ったはずだ。
本当なら六人で帰るはずだった道を、たった一人で。
認識票を受け取った後も、ロイにとっては自分だけが王都へ帰るわけではなかったのかもしれない。
五人の名前を王都へ届けるまで、自分もまだ彼らと同じ道の途中にいた。
この光を五人が見上げることはもうない。
それでもロイは今も王都のどこかで、この空を見ているのだろうか。
それともまた別の場所へ向かう途中で、どこかの道から見上げているのだろうか。
俺は手元の名簿へ目を落とした。
ロイ。
マーロ。
エダ。
ルッツ。
ノーラ。
セイル。
遠くを照らしていた光が少しずつ薄れ、星月草原に夜が戻ってくる。
俺は最後の光が消えるまで《第七補給隊名簿》を閉じることができなかった。
今だけは、あの戦場で分かれた六人の時間がこの空の下で重なったような気がした。




