第43話 祭りの後
星花祭のフィナーレが終わった翌日。
王都セントヴェルにはまだ星花祭の名残が残っていた。
納品期間もランキングも終わっているが、余った素材の交換窓口やスクリーンショット用の飾り付けは一週間ほど残るようだ。
メイン会場の一つ、中央広場にはまだ多くのプレイヤーが集まっていた。
「イベント箱から《星花の髪飾り》出た!」
「まじか。俺は昨日箱百個開けて《星灯りのシャンデリア》が出たぞ」
「え、限定家具? それめっちゃ大当たりじゃん」
「だろ? でも個人ホームなんて持ってないから置けないんだよな」
「それならクランアジト狙おうぜ。広間に飾ったら絶対良さそう」
少し離れた噴水前からはランキングの話も聞こえてくる。
「ランキングすごかったな!」
「一位、アスレガの人だったぞ」
「二位のFanglineの人も最後まで食らいついてたよな」
「最終日なんて、ずっと順位入れ替わってたし」
こういう祭りの後の時間もイベントの良いところなのかもしれない。
俺は特に行き先も決めず王都を歩いていた。
中央広場を抜けて西工房通りの奥へ向かう。
片づけ途中の露店や畳まれかけた布屋根の間にはまだ星形の飾りが残り、水路にも細い金色の光が揺れていた。
中央広場から結構歩いただろうか。
この辺りまで来ると人も少なくなってくる。
俺はどちらかと言うと、こういう場所の方が好きだ。
細い水路に架かる橋のそばには長椅子が置いてあり、そこに誰かが座っていた。
白に近い金髪に明るめの翠緑のローブ。
細い杖の手元側には蒼色の小鳥飾りがついていた。
リヴィアだった。
向こうもこちらに気づき、すぐにテキストチャットが表示された。
『……ザンさん?』
「こんばんは、リヴィアさん」
『こんばんは。奇遇ですね。こんなところで会うとは思いませんでした』
「俺も驚きました」
でも、リヴィアなら何となくこういう場所にいても不思議ではなかった。
『お祭り、盛り上がったみたいですね。ザンさんは最後まで参加していたんですか?』
「はい、一応出れました。リヴィアさんも?」
『私は最後の方に少しだけでしたが、雰囲気はわかりました』
「フィナーレは見ました?」
返事が少し遅れた。
『実は見られませんでした』
「あ、すみません」
『いえ、テスト期間』
しばらくしてもう一つチャットが浮かぶ。
『今のは聞かなかったことにしてください』
「え? あ、ああ、そうですよね。資格のテスト勉強とかもありますからね」
返事が止まった。
『そうです。資格テストです』
そこで俺はリヴィアが持っていた箱に気づいた。
「それ、イベントの《星花祭・参加箱》ですね」
『……はい。ちょうど開けてみようかと思っていたところです』
少しして小さな音と一緒に参加箱が開き、いくつかのアイテムがリヴィアの手元に並ぶ。
その中に《手持ち星花》があった。
『これは?』
「小さな星花が出る、手に持って使うアイテムですね。すぐ消えてしまいますが」
『……ここでも使えますか?』
「はい、使えるはずですよ」
リヴィアは一つ取り出して水路へ向けた。
ぱっと小さな音がして、水面の手前に金色の星花が開く。
星花はすぐに散ったが、落ちた光の欠片はいくつか水面に残り、流れに乗ってゆっくり離れていった。
『本当に……一瞬ですね』
「はい、一瞬です」
『でも、とても綺麗でした』
リヴィアの口元がわずかに緩んでいた。
「なんか線香花火みたいですよね」
『はい。小さな星花……。フィナーレは見られませんでしたけど、これはこれでいいものですね』
「そうだ。俺、結構ありますので良かったらどうぞ」
インベントリから持っていた《手持ち星花》を取り出した。
『え、いいんですか?』
「はい」
『では、少しだけいただきます』
リヴィアは俺が差し出した中から一つ受け取ろうとして、頬にかかった長い髪を耳にかけた。
白に近い金色の髪が肩の後ろへ流れ、隠れていた耳が見える。
ヒュームより少し長く先がすっと尖っていた。
リヴィアがエルフなのは分かっていた。
それでも今まで髪に隠れていたせいか、実際に見ると何だか新鮮だった。
そんなことを考えていると、リヴィアの視線がこちらへ向いた。
『何か?』
「あ、すみません。耳を」
リヴィアの動きが止まった。
『え、耳……?』
「……」
『なぜ耳ですか?』
「えっと、エルフなんだなと思って……」
そこで少し前に会ったもう一人の姿が浮かんだ。
「Yuruさんの耳もこんな感じだったかなって」
『Yuruさん?』
「はい。この星花祭で知り合ったフレンドで、ダークエルフの方でして」
『ダークエルフ……このイベント中……』
少しだけ間が空いた。
リヴィアは自分の耳元に触れ、それから髪をそっと戻した。
俺もそのときになって、ようやく言い方を間違えた気がしていた。
「す、すみません。思わず」
『そうです』
「はい」
『エルフですから』
「ですよね」
リヴィアは少しだけ横を向いた。
それから俺が差し出した《手持ち星花》を見る。
『その手持ち星花、全部もらいます』
「全部ですか?」
『全部です』
「はい……」
どうやら出したものを全て渡すことになったらしい。
リヴィアは受け取った《手持ち星花》を少しずつ使っていった。
金色や青白い光が水路の上に開き、散った光の欠片が水面に落ちる。
小さな光は流れに揺られながら、少しずつ水路の先へ流れていった。
それは昨日のラストの《大星花》とは比べものにならないほど小さな光だった。
『イベントは終わりましたが、素敵な星花が見られてよかったです』
「それならよかったです」
『手持ち星花、ありがとうございました』
最後の星花が散り、その光の欠片が水面へ落ちた。
『なんだか祭りの後っぽいですね』
「確かに」
『ザンさんはどうしてここに来たんですか?』
「特に理由は。祭りが終わった後の王都を少し歩いてたら……」
『祭りの後?』
「終わった後に何か残ってないか見るのがけっこう好きなので」
リヴィアからの返事が少しだけ遅れた。
『私も似たような理由かもしれません』
「そうなんですか?」
『はい。フィナーレには間に合いませんでしたが、祭りの後の王都を少し見ておこうかなと思って』
考えてみれば、シルヴェイル村の《世界樹の歌碑》の前で会ったときもそうだった。
人が集まる中心ではなく少し外れた場所。
「リヴィアさんもこういうところを見るのが好きなんですね」
『ザンさんもですよね』
「たぶん、そうみたいです」
『そういうところは少し似ているのかもしれません』
リヴィアは水路へ目を向けた。
散った星花の光が水面の上でゆっくり流れている。
『そういえば……まだフレンド登録をしていませんでしたよね』
「あ、そういえば、してませんでしたね」
『世界樹の歌碑でも風見の丘でも……毎回そのまま別れていましたから』
「いつもまたどこかでって感じでしたね」
『はい』
少しして次のチャットが浮かぶ。
『あの、今さらですがフレンド登録をしてもいいですか?』
「もちろんです」
返事をした直後、フレンド申請の表示が浮かぶ。
―――――
リヴィアからフレンド登録が申請されました。
―――――
俺は承認を押した。
「よろしくお願いします」
『こちらこそお願いします』
リヴィアもすぐには動かなかった。
しばらく水路を見てからチャットが更新された。
『今日はもうログアウトしますね』
「はい、お疲れさまです」
『今日、ログインしてみて良かったです。それでは、またいずれ』
リヴィアは小さく会釈した。
それから少し迷うように手を上げ、こちらへ小さく振った。
俺も少し遅れて振り返す。
リヴィアの姿が淡い光に包まれ、ゆっくり消えていった。
水路沿いには祭りの後の明かりがまだ残っている。
さっきまで水面の上に開いていた《手持ち星花》はもうない。
昨日の《大星花》のように遠くまで届く光でもなかった。
それでもフィナーレに間に合わなかった誰かと一緒に見るには、あれくらいでちょうどよかった気がする。
祭りは終わった。
それでも祭りと一緒に何もかも消えてしまったわけではない。
俺は一つ増えたフレンド欄の名前を見てから、もう一度水路へ目を向けた。
水面には祭りの飾り灯がまだ金色に揺れていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
第4章はいかがだったでしょうか。
自分の中ではここでひと区切りという気持ちで書いてきました。
これまで遊んできた色々なMMOを思い出しながら物語を考えていると、やっぱりあの頃のMMOは楽しかったなと思います。懐古厨っぽいですが……。
次章についてはもう少し先まで書き溜めてから始める予定です。
ですが、この後は4章のおまけ回が2つ続きます。
気軽に読んでいただければと思います。
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