第39話 王都歴史院
調べてみると、《王都歴史院》は王城前大通りから少し外れた場所にあった。
普段の俺ならまず来ないような区画だ。
イベント期間だからなのか分からないが、プレイヤーにも普通に開放されていた。
扉を開けて入ると、思っていたよりもかなり広かった。
壁際には古い書物や記録資料が並び、中央には王都とその周辺を映した大きな地図がある。
奥の方には歴史院の職員らしいNPCも何人かいて、資料を運んだり、訪れた人を案内したりしている。
どうやらここは、ただ古い文章を読むだけの場所ではないらしい。
地域や年代を指定すると、その時代の街道や施設の位置を現在の地図に重ねて表示できる。さらに、その地域に関する記録を年代順に辿ることができるようだ。
「星花祭のことを調べたいんだけど」
「北門の昔の記録ってどこで見られる?」
歴史院の中には俺以外にもプレイヤーがいた。
イベント中だから来たのか、それとも普段からこういう場所を調べている人たちなのかは分からない。
少なくとも俺と同じように、北門のことを調べに来たプレイヤーもいるようだった。
俺は中央にある地図へ近づくと、手前の閲覧台が反応した。
まずは地域を『王都北側』に絞ってみる。
北門から星月草原、その先へ続く北街道までが大きく表示された。
すでに見慣れた北街道が王都から北へ伸びているのが綺麗に見える。
そこから年代を少しずつ遡ってみると、道の形が変わっていく。
「へえ、年代によって結構違うんだな……」
今の北街道とほとんど同じ場所を通っている年代もあれば、途中から別の方向へ伸びている年代もある。今では使われていない道も残っていた。
俺はさらに北門周辺や街道に関係する記録に絞った。
最初に見たのは直近の二年ほどだ。
街道の補修や中継地点の確認、北へ送られた物資の記録がかなり残っていた。
「灰冠竜戦があったからかな」
ここ最近の動きが多いのは不思議ではない。
つい先日まで灰冠竜グラウムの討伐戦が行われ、王国側もプレイヤー側も北へ向かっていた。大量の物資も運ばれていた。
ただ、記録を年代順に見ていくと気になることがあった。
街道の補修が増え始めたのは、討伐戦が始まってからではない。
その一年ほど前から少しずつだが明らかに増えていた。
さらに記録を進めると、中継地点の確認や物資の準備が増え、その後に人と荷の動きが大きくなっていることが分かった。
「灰冠竜戦……王国は事前に準備していたのか?」
俺はもっと昔の年代にも似た動きがないか探してみた。
年代を遡っていくこと約50年。
地図に表示された道は今とは少し違っていた。北へ伸びる街道の形や幅も違い、使われている中継地点の位置も変わっている。
それでも今回に似た動きを見つけた。
街道の補修が増え、中継地点の確認が始まる。その後に物資の準備が進み、北へ向かう人と荷が増えていた。
「かなり似てるな」
使われている道も残っている記録の量も違う。
それでも動き方はかなり似ていた。
俺はさらに年代を遡っていく。
そこから約50年。今から見れば約100年前だ。
この頃になると記録の抜けも多く、街道も今とはかなり違う場所を通っていた。
それでも残っている記録を年代順に並べると、補修、確認、準備、そして北へ向かう人と荷の増加という順序だけは同じだった。
俺は現在と約50年前、そして約100年前の記録を見比べた。
――50年の間隔。
どこかで見た数字だった。
しばらく考えてからメニューを開き、CROの公式ページへ移動する。
終了済みイベントの記録から《灰冠竜グラウム討伐戦》を探した。
攻略情報ではない。
イベント開始時に公開されていた世界設定のページだ。開催中は参加条件や報酬ばかり見ていて、ほとんど読んでいなかった。
説明を下へ送っていく。
―――――
【灰冠竜グラウム】
王国北方に50年前後の周期で姿を現してきた大災厄。
過去幾度も王国北方へ甚大な被害をもたらし、そのたびに各地から集められた兵力による迎撃が行われてきた。
しかし、過去の戦いはいずれもグラウムを北方へ退かせるにとどまり、討伐には至っていない。
そして現在。
再び現れた灰冠竜グラウムに対し、王国は各地の冒険者へと協力を要請。
史上初となる討伐作戦が開始された。
―――――
「……これか」
俺は歴史院の記録へ戻った。
今回、約50年前、100年前。
人と荷の動きが大きくなった時期は、灰冠竜が現れた時期と重なっているようだった。
俺は《第七補給隊名簿》を開く。
ロイは灰冠竜の討伐跡地で、他の五人の認識票を集めて王都へ戻ろうとしていた。
マーロはベルカ村から北へ送られた物資の流れの中にいた。
でも、ロイとマーロ以外の四人については、まだほとんど分かっていない。
そのとき、名簿が淡く光った。
―――――
《灰冠戦役・第七補給隊名簿》
関連記録:
《北門外縁記録》――接続
―――――
「繋がったのか……?」
俺は表示を見る。
今まで調べていた北門の外側に残る記録と第七補給隊は無関係ではなかったらしい。
地図には時代ごとに違う道が残っている。使われなくなった道もあれば、場所を変えた中継地点もある。
それでも約50年ごとに人と荷は北へ向かっていた。
俺は《第七補給隊名簿》をもう一度見た。
ロイ。
マーロ。
エダ。
ルッツ。
ノーラ。
セイル。
六人だけを追っていても見えなかったものが、少しだけ見えた気がした。
第七補給隊も北へ向かう道と荷の流れの中にいた。
それなら、その流れを辿ればまだ何か分かることがあるのかもしれない。




