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第35話 寄せてるだけ


 丘の下で草原が()()()

 最初に見えたのは黒色のローブだった。

 その人物はローブの裾を翻し、片手に大きな魔術師用の杖を持ったまま草原を横切っていた。


 その後ろには大量のMOBが続いている。

 遠目だが、先ほど戦っていたルナグレイウルフやスターグラスラットだろう。

 他にもまだ見たことのないMOBが混ざっているようだった。


 二十体、いや三十体どころではない。

 数え切れないほどのMOBが草をかき分け、黒ローブの人物を追っていた。

 丘の上から見ていると、まるで草原の一角がそのまま動いているみたいだった。


「おいおいおい!」


 ミナトが盾を構えたまま声を低くする。


「あれ、逃げてるのか?」


「分からない。でもどんどんこっちに来てる」


「巻き込まれたらまずいな」


 近づいてくるにつれて、黒ローブの人物が女性だと分かった。

 その女性はこちらへまっすぐ来ているように見えた。

 さきほどからナイトレイヴンは俺たちへの攻撃をやめ、巣の上を旋回しながらこちらの様子をうかがっている。

 逃げるなら今しかない。


 そう思った瞬間、黒ローブの女性がこちらを見上げた。

 だが、その顔に焦りはなかった。

 逃げ込んできたプレイヤーの顔ではない。

 むしろ予定していた場所へ戻ってきたみたいに、そのまま丘の麓へ駆け込んでくる。


「こっち来るぞ」


 ミナトが俺の前に出る。

 黒ローブの女性は俺たちがいる丘の麓で急に止まった。

 近くまで来たことで、頭上の名前が見える。


 ――Yuru。ダークエルフの女性プレイヤーだった。


 その瞬間、後ろから追ってきたMOBの群れが一気に詰まった。


「やっぱMPKかよ!」


 前の敵が止まり、後ろの敵が押し寄せ、密集した大きな塊になった。


「違う、MPKじゃない。寄せてるだけ」


 Yuruはこちらを見上げながら、はっきりとした声で言った。

 焦りがない。

 言い方が軽すぎる。

 

 その足元にはすでに黒紫の術式が浮かんでいた。

 ひとつ。

 ふたつ。

 みっつ。

 三つの円が群れの中へ広がっていく。


「寄せてるってレベルの量じゃないんだが」


「この辺、夜はまとめやすいんだよね」


 Yuruが杖を振った瞬間、一つ目の円から黒紫の光が噴き上がった。

 光は地面を這うように次の円へ走り、二つ目、三つ目と立て続けに術式を起動していく。連鎖する閃光が群れの中を駆け抜けるたびに爆発が重なり、スターグラスラットたちが次々に光へ変わった。

 ルナグレイウルフも見覚えのないMOBも逃げる間もなく黒紫の光へ呑み込まれていく。


 範囲魔法。

 しかも一発では終わらない。


 Yuruは群れの外側を走りながら、さらに新しい円を次々と置いていく。途中で爪を受けても足を止めず、走ったまま回復薬を一本飲み干すと、その手ですぐ次の円を置いた。


 あの色の回復薬は店で見たことがある。俺が普段使っているものの二十倍近い値段がする高級品だ。

 それをためらいもなく使い、もう次の一本を取り出していた。


 ……あの狩り方、金もかなり使ってないか。


 逃げようとしたMOBの前に新しい円が開いた。

 群れが向きを変えれば、その先でも別の術式が起動する。

 走りながら次の円を置き、ばらけた敵をまた群れの中へ押し戻していく。


 黒紫の光が何度も弾けるうちに、あれほどいたMOBが目に見えて数を減らしていった。


「……あれ、狩りって言っていいのか?」


 ミナトが呆れた声を出した。


「ソロで範囲狩り⋯⋯」


「一人であの量をやったのかよ」


 ミナトも呆然としている。


 俺も信じられなかった。

 あれだけのMOBを一人で集め、位置をまとめ、そのまま連続した範囲魔法で消していく。

 逃げようとする最後尾の前にも術式を置きながら笑った。


「うちのクラン、こういう狩りばっかりだから」


「え?」


「ウィザード系ばかりで盾がいないから、敵が近づく前に消す文化なんだ」


「それを文化と呼んでいいのか」


 ミナトが本気で嫌そうな顔をした。

 最後の術式が弾ける。

 残っていたMOBの影がまとめて消え、丘の麓が急に静かになった。

 代わりに草原の上には大量のドロップアイテムが散らばっていた。


「……ドロップもすごい量だな」


 思わず声が出た。

 小さな素材や毛皮、宝石のようなものが草の間でたくさん光っている。その中には大量のイベントドロップアイテムも混じっていた。

 Yuruは慣れた様子で、それらを拾い始めている。


「数を狩ればこれくらいになるよ」


「これくらいって量じゃない……」


 ミナトが本気で呆れていた。

 Yuruは気にした様子もなく、次々にドロップを回収していく。

 その間、上空ではナイトレイヴンが旋回を続けていた。

 最後のドロップを拾い終えると、改めて空を見上げた。


「……あれ、君たちが先に戦ってたんだね」


「知ってるのか?」


 ミナトが盾を構えたまま聞く。


「知ってるよ。星月草原の夜に出るレアMOBだから。経験値うまいし、希少な素材も落ちる。あと装備品のレアドロップもあるって噂」


「そうだったのか。でも、普通に狩れる敵なのか?」


「倒せるよ。ソロでも狩れなくはない」


「は?」


 その言い方があまりにも当たり前だった。

 俺たちがどうにもできず撤退しようとしていたあの黒鳥を、普通に狩り対象MOBとして見ている。


「まさか、さっきの群れごとあれも狩るつもりだったのか?」


「うん。上にいるのが見えたから、まとめて焼いてみるつもりで走ってきたんだよね」


「⋯⋯怖いことを平然と言うな」


「でも、一応先にやってたの君たちでしょ。横から取るのはさすがにしないよ」


 Yuruは上空の敵を見上げたまま言った。


「だから入れて。そっち、もうパーティ組んでるよね」


「え、パーティ?」


「うん、早く。あれ落とすから」

  

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― 新着の感想 ―
過疎狩場でしか出来ない方法だなぁ……
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