第31話 昔と今
――昔から北門に残る手順。
それが何なのか分かれば、北門前広場の進行率が動かない理由も見えてくるかもしれない。
ネリが何度も見ていた先へ少し行ってみる。
今できるのはそれくらいだった。
北門を出ると急に人の声が小さくなった。
王都の中では星形の灯りが揺れていたが、外へ出ると祭りの空気は一気に薄くなる。
それでも、門の外側の柱には青地に金の星を入れた小さな旗飾りが結ばれていて、ここも星花祭の最中なのだと分かる。
北門の外には草原が広がっていた。
月明かりが草の上に薄く落ち、星の形をした白い草花がところどころで光を返している。
その草原を割るように、北街道の線が細く続いていた。
王都の中の灯りとは違う。
でも、何も見えない暗さでもない。
「ネリの言う『昔』って、俺たちが知らない頃の王都の話ってことだよな」
「俺たちが知らない頃?」
「うん。俺たちからすると王都って一年前のアップデートで増えた場所だけど、CROの世界の中ではアップデートの日に急にできた街じゃない。昔から人が住んでいて、この門にも役目があって、祭りもその上にあるというか」
「ゲーム的には新マップでもこの世界としては昔から存在しているってことか」
「たぶん。だからネリの昔話はただのNPC台詞じゃなくて、北門前広場の進行条件に関わってるんだと思う」
「なるほどな。……だが、設定細かすぎるだろ」
ミナトの声はもう軽くなかった。
「北門って王都の内側から見ると、人の少ない祭りの端っこって感じだよな」
「うん。進行率が動かないイベント会場の一つ」
「でも、外から見るとちょっと違うな」
俺はそこでもう一度北門を振り返った。
王都の中では星花祭は見上げるものだった。
でも、外から見る王都の灯りは少しだけ違って見えた。
草原の方へこぼれてくる王都の光。
夜の道を歩いてきた誰かに、ここに王都があることを遠くからでも知らせるための明かりでもあるのだろう。
「ネリが見てたのはもっと先か?」
ミナトが門の外側を見回す。
「たぶん。この街道の先の方だと思う」
「この道を進むってことだな」
北街道に入ったところでミニマップに地名が浮かんだ。
―――――
星月草原
―――――
「この辺ってどのくらいレベル帯の場所なんだ?」
「レベル50台のソロとかペア用の狩場みたいだな」
「地図によれば、この先の北街道沿いにも狩場が続いてる。奥には《失われし丘陵》もある」
「そこまで行く気はないぞ。歩いていく距離ではないだろ」
ミナトは大盾を軽く背負い直した。
「北門よりの星月草原なら問題ないだろ。俺が前を持つ」
「それなら先に組んどこう」
俺は手元を操作して、ミナトへパーティ申請を送った。
―――――
ミナトをパーティに招待しました。
―――――
すぐに表示が切り替わる。
―――――
ミナトがパーティに参加しました。
―――――
「了解。じゃあ俺が前な」
「頼む」
ミナトが先に北街道へ足を向けた。
俺もその後に続く。
「イベント用の素材集めだけなら、わざわざこっちへ来る理由はあまりなさそうだな」
「でも、ネリはこっちを見てた」
「そうなんだよなぁ」
昔から北門に残る手順。
北門の外へ続く街道のどこかにヒントがあるのだろうか。
そのとき、草原の低い丘の陰から狼型のMOBが姿を見せた。
灰色の毛並みが月明かりを受けて、白く光って見える。
細い体を低くしてこちらをうかがっていた。
―――――
ルナグレイウルフ
―――――
名前表示が浮かぶ。
星花祭の期間中はどの狩場でも通常ドロップに混じってイベント素材が落ちるらしい。
ミナトは名前表示の色を見た。
「レベル51か52ってところか。俺が持つ。ザンは横から見てくれ」
「分かった」
ルナグレイウルフが低く唸り、草の上を滑るように走ってきた。
ミナトが大盾を前に出す。ただ受け止めるのではなく、少し斜めに構えている。
「こっちだ。《アトラクト》」
ルナグレイウルフの視線がミナトへ引き寄せられた。
低い姿勢のまま飛びかかり、大盾と牙がぶつかる。
重い音がした。
でも、ミナトは押し返されない。
盾の角度を変え、狼の体を正面から少し横へ流した。
「右に流す。見えるか?」
「見える」
俺はミナトの盾で進路を変えられたルナグレイウルフの横へ回った。
短剣を抜き、後脚の付け根を狙う。
刃は入ったがまだ浅い。
ルナグレイウルフが俺の方へ向き直ろうとする。
その前にミナトの剣が狼の鼻先を払った。
「お前はまだこっちだ」
ミナトが盾を押しつけて狼の体勢を崩す。
ルナグレイウルフの向きがミナトの方へ戻った瞬間を狙って、俺は敵の脇腹を斬りつけた。
さっきよりは深く入ったが、まだ大きく削れる感じではない。
「ここでもないか」
「探りながらでいい。タゲはこっちで持つ」
ミナトは盾で噛みつきを受け、剣で前脚を牽制する。
盾職だからといって、その場に止まっているわけじゃない。
盾で受けた直後に足をずらし、狼の向きを変え、俺が横から入る場所を作ってくれる。
俺は首の下から後脚や脇腹、肩の後ろへと狙いを変えながら短剣を入れていった。
敵の表示は赤い。つまり、俺にとっては格上のMOBだ。
攻撃は当たっているし、少しずつ削れてはいる。
でも、一気に通る場所はまだ見つからない。
「クリティカルポイントが分からない」
「それはすぐわからんだろ。狼型は動きが速いから焦るなよ」
「分かった」
ルナグレイウルフが大きく身を沈めた。
次の突進が来る。
ミナトはそれを正面から受けず、盾を斜めに置いた。
狼の肩が盾にぶつかり、体が横へ流れる。
そこへミナトの直剣が入った。
深く斬るためではなく、動きを止めるための一撃だ。
「もう一回、右へ開くぞ。いけるか?」
狼の前脚が止まり、横腹が一瞬だけ開いた。
「いける」
俺はその隙に合わせて短剣を入れた。
ミナトの剣とほとんど同じタイミングで、ルナグレイウルフのHPが削れる。
ミナトが盾で向きを作り、俺が横から入る。
ミナトが剣で前脚を止め、俺が脇を削る。
クリティカルポイントは見つからないが、二人で削れば安定して倒せる。
ルナグレイウルフが最後に低く唸った。
ミナトが盾でその口を押さえ、その隙に俺が狼の横腹へ短剣を通した。
灰色の体が光になって散った。
―――――
【ドロップ】
・月灰狼の毛皮×1
・星砂×1
―――――
「お、イベント素材出たな」
俺はドロップを拾い、ミナトの方を見た。
「俺一人だと無理だ」
「そりゃそうだ。ここ、レベル50台のMOBだぞ。お前から見たら赤ネームだろ?」
「うん、赤い。正面からは無理」
「でも、後ろからなら攻撃は通ってた。そこは普通にすごいぞ」
「ミナトが向きを作ってくれるからな。でも、クリティカルポイントは見つからなかった」
「あれは普通何度も狩る中で探すやつだ。お前はいつも見つけるのが早すぎる」
ミナトは大盾を軽く振ってから装備の消耗を一応確認していた。
「さっきの動き、今までとはかなり変わってる」
「分かるか?」
「うん。盾で受けるだけじゃなくて、剣でも止めたり、受ける角度をずらしたりしてる感じ?」
「あぁ。二次職になってからその辺がかなり変わってるんだ。ガードウォールはその場で止めるだけの職じゃない。敵が通りたい場所を塞いで、味方が動ける場所を空ける。そういう戦い方が得意な職だ」
「なるほど、面白いな」
俺がそう返したとき、月明かりを受けた草地の奥から小さな影がいくつも現れた。
ミナトが大盾を構え直した。
「次、何匹か一気に来るぞ」




