第30話 北門1%
転送門を使えば、王都の各門までは一瞬で移動できる。北門へ行くだけならすぐだ。
でも、ミナトは転送門の方を一度見て、首を横に振った。
「せっかくの祭りだし、歩いて行くか」
「ミナトならさっさと飛ぼうぜって言うと思ってた」
「少しくらい祭りの雰囲気も味わいたいだろ?」
「……別の目的がありそうにも聞こえる」
「実はさっきから歩いてる男女の会話がちょっと気になっててさぁ。何かの参考になるかなーと」
「何の参考になるんだ」
「VRMMOにおける祭りの歩き方」
「それが必要な相手がいるってこと?」
「いや……今はいないが……」
そこでミナトは少しだけ言葉を止めた。
「俺のことはいい。お前の方はどうなんだ? 風見の丘で会ったエルフの子、祭りに来てるかもしれないだろ?」
「この人混みで会うことはないと思う」
「もし会ったらどうするんだ?」
「まずはそうだな……」
「うん」
「ミナトを紹介するよ。日頃から世話になっている大切な友人ですって」
「……おい。マジレスみたいなのやめろ。もっとこう、祭りっぽいやつがあるだろ!?」
そんなことを話しながら、俺たちは北門へ向かう大通りへ出た。
中央広場から伸びる道は広い。
普段でも人通りの多い場所だが、今日は道の上に星形の灯りが並び、建物の壁には金色の布がかけられていた。
通りの露店も途切れず続いている。
串焼きや甘い飲み物、星形の焼き菓子、イベント用の小物。
歩くだけであちこちから声が聞こえてきた。
「この星型のやつめっちゃうまいぞ」
「イベアイテム偏りまくってる」
「中央はもう人多すぎるから別の場所行こうぜ」
「スクショ撮るなら王城前の方が綺麗らしい」
ランキング狙いのプレイヤーもいれば、浴衣を着て街をぶらぶらと歩いているだけのプレイヤーもいる。
初心者装備のプレイヤーが屋台を覗き込み、上位装備のプレイヤーがその横で素材の相場を話している。
「こういうときって攻略組と観光組が混ざるよな」
「うん。走ってる人の横でずっと写真撮ってる人もいる」
「で、お前はどっち側なんだ?」
「俺はどっちかというと観光だな」
「いや、観光のふりした寄り道組だろ」
「……その分類いる?」
ミナトは笑いながら道の端に寄った。
広い通りの中央を何人かのプレイヤーが急いで走り抜けていく。
おそらくイベント素材を集めに走っているのだろう。俺たちはその流れには乗らず、少しゆっくり歩いた。
◇◆◇◆◇
中央広場を離れてもしばらくは祭りの音が続いていた。
頭上では小さな星花が上がり、露店の明かりも多い。プレイヤーたちの声も重なって、どこを見てもイベント中だと分かる。
でも、北門へ近づくにつれて少しずつ景色が変わっていった。
まず露店の数が減った。
飾りはあるが、中央広場周りほど密ではない。
星形の灯りも同じように揺れているのに、足を止めて見上げるプレイヤーの数自体も少なくなっていた。
「分かりやすく人が減るな」
ミナトが通りの先を見ながら続ける。
「そりゃそうか。中央で納品できるなら、わざわざこっちまで来ないんだろうな」
「北門の方は進行率も動かないっぽいから」
「でも、祭りの飾りはしっかりあるぞ」
北門前に着いても祭りの飾り付けは残っていた。
門へ続く道の左右には星形の灯りが吊られ、壁際の柱には青地に金の星を入れた小さな旗飾りが結ばれている。
北門前の広場には納品台も置かれていて、その横にはイベントNPCが立っていた。
数人のプレイヤーが素材を納品し、首をかしげて離れていく。
「納品回数には入るんだけどな」
「進行率、やっぱ動かないよ」
「バグ報告はもうされてるだろうし、仕様なのかな?」
「もう北門は後回しだな」
それらの反応は中央広場で聞いたものとほとんど同じだった。
素材を入れれば納品回数には数えられている。
でも、区域進行率だけが動かない。
「門の辺りも見てみようか」
俺たちは納品台から離れて北門の方へ歩いた。
門の外には夜の草地が広がり、その先へ暗い道が続いている。
星形の灯りが揺れる王都の内側とは違う、静かな景色だった。
北門の脇には一人の兵士が立っていた。
その兵士はたまに門を通るプレイヤーに短く声をかけ、納品台の方にも目を向けている。
ただ、その合間に何度も同じ方角を見ていた。
門の外の夜の草地の先。
北街道へ続いていく暗い方角だろうか。
俺はその視線の先が少しだけ気になった。
―――――
北門兵 ネリ
―――――
「あの兵士、外を気にしてるみたいだ」
「北門の外?」
「うん。通行人じゃなくて、もっと先の方」
「何か見てるってことか?」
「わからない。話してみる」
北門兵ネリはこちらに気づくと、外へ向けていた視線を戻した。
「こんばんは、旅人殿。今から外へ出られますか?」
「いえ、北門前の進行率を見に来たんです」
「そうでしたか」
ネリは納品台の方を一度見た。
「納品でしたらあちらで受け付けています」
「納品はできるみたいですが、進行率があまり動いていないように見えて」
「はい。北門前の準備はまだ整っていません」
「準備? 何か素材が足りないんですか?」
「素材は届いています」
ネリは淡々と答えた。
でも、それ以上すぐに説明が続く様子はなかった。
ネリは門兵らしく姿勢を戻し、門を通るプレイヤーと納品台の方へ順に目を向けている。
俺は少し考える。
素材は届いている。
納品もされている。
それなのに、北門前広場の進行率は1%から動いていない。
画面上では北門前広場の進行率となっている。
でも、北門の星花を準備するために必要なのは、この広場の中だけではないのかもしれない。
そのとき、ローブ姿のプレイヤーが門の方へ歩いてきた。
「こんばんは。これから外へ出られますか?」
ネリが声をかける。
ローブ姿のプレイヤーは足を止め、軽くうなずいた。
「夜間の魔物にはお気をつけください」
深くかぶったフードの奥に白に近い髪が少しだけ見えた。月明かりを受けた肌の色もヒュームとは少し違って見える。
ダークエルフだろうか。
そのプレイヤーは軽く会釈すると、何も言わずに北門の外へ出ていった。
その背中が門の外の暗さに紛れるまで、ネリはしばらく見送っていた。
やっぱり、ただ通行人を見ているだけではない気がする。
ネリの視線はまた外へ戻る。
星月草原へ続く暗い方角へ。
「何度もすみません。素材が届いているなら何の準備が足りないんですか?」
ネリは納品台を一度見てから、北門の外へ視線を戻した。
「北門の星花は納品だけで準備が終わるものではありません。まだ済んでいない手順があります」
「済んでいない手順……?」
「昔から北門に残る手順です」
ネリはそれだけ言って、門兵らしく姿勢を戻した。
俺とミナトは少し離れて小声で話した。
「今、昔からって言ったよな?」
「言った」
「去年の星花祭のときは王都は解放されてなかったよな」
「うん、アップ前だったから」
「じゃあその昔って……一体いつの話なんだ?」
ミナトの声が少しだけ低くなった。
俺はすぐに答えられなかった。




