第25話 またどこかで
俺はヘッドセットを外した。
世界樹を撫でていた風音の代わりに聞こえてきたのは、机の上で回る小型扇風機の音だった。
俺はベットに横になったまま、しばらく天井を見ていた。
変わらなかった名簿と少し変わった歌碑。
それから、別れ際に浮かんだ文字。
『また、どこかで』
机の上に置いていたスマホが震えた。
俺は起きがって手に取ると、CROアプリのフレンドチャット通知がきていた。
―――――
ミナト:すまん、寝てた
ミナト:おい
ミナト:なんでレベル上がってる?
―――――
俺はスマホを持ち直して返信する。
―――――
ザン:風見の丘で狩りしてた
ミナト:風見の丘ってどこだっけ
ザン:エルフの領域の狩場。44-50くらいまでの
ミナト:へえ、うまいのか?
ザン:かなりうまいと思う
ミナト:まあそのレベルの上がり具合見たら分かるわ
ミナト:でも、お前シルヴェイル村を見るって言ってなかったか?
ザン:うん、見たよ
ミナト:見たよ、じゃねえよ
ザン:村を確認してたらいつの間にか。ミナトにも一応連絡した
ミナト:来てたけど寝落ちしてたんだよ
ミナト:まあ寄り道してレベル上がるなら一石二鳥じゃね
―――――
否定はできなかった。
自分では順番に進んだつもりでも、並べると少しおかしいことには気づいていた。
―――――
ミナト:で、どれくらい上がったんだ?
ザン:今46ちょうど
ミナト:元は44のどれくらいだったんだ?
ザン:44の7割くらいかな?
ミナト:めちゃくちゃ上がってんじゃねえか
ミナト:二週間ほぼ動いてなかったやつが⋯⋯
ザン:うん、上がった
ミナト:言い方が軽いな
―――――
数字だけ見ると、たしかに変だと思われるくらいには上がっていた。
Lv44からLv46。
それも効率を追い求めて狩っていたわけではない。
―――――
ミナト:ソロで?
ザン:最初は。途中からペアで
ミナト:え? 誰と?
ザン:リヴィアさんっていうエルフ・バッファー
ミナト:え? 嘘だろ。女の子?
ザン:そこ?
ミナト:いや、そこだろ
ミナト:俺がいない間にエルフの女の子とペア狩りか。ずいぶん偉くなったなあ?
ザン:言い方
ミナト:事実だろ
―――――
ミナトとはCROの中で長く遊んでいる間柄だ。
サービス開始ごろからだからほぼ2年間。
リアルの連絡先は知らない。
もちろん年齢も顔も本名も知らない。
それでも、この茶化し方だけはずっと知っている。
―――――
ザン:歌碑の前で少し話して、風見の丘でまた会ったんだ。ただそれだけ
ミナト:話が飛ぶなあ⋯⋯
ザン:そのまま少し組んで狩りした
ミナト:少し組んで⋯⋯2レベル上がったのか
ザン:クエストとシークレット報酬が重なったから
ミナト:まて
ミナト:シークレット?
ザン:シークレットクエストの報酬の経験値がよかった
ミナト:⋯⋯もう何も突っ込まねえ
ザン:あと、リヴィアさんはサブ職クエストが始まってた
ミナト:へえ。そのバッファーの子、メインの二次職は何やってるんだ?
ザン:いや、サブ職クエストから進めてたよ
ミナト:え? 普通は先にメインの二次転職クエからやるだろ?
ザン:そうなのか?
ミナト:そうだよ。Lv50になったらまずメイン職だろ
ザン:でも、歌碑が反応したから
ミナト:ああ……?
ザン:何?
ミナト:わかった。たぶんその子、寄り道先行型だ。お前と一緒のな
ザン:⋯⋯一緒なのか?
ミナト:メイン職より先に気になったサブ職クエストを追いかけてる時点で、同じ側の人だ
ザン:ミナトはサブ職、何やってたっけ?
ミナト:俺は修理工だな
ザン:修理工
ミナト:盾が壊れまくるから、仕方なく
ザン:ああ、なるほど
ミナト:盾職は装備の消耗が重いんだよ
ミナト:で、お前はメイン職どっちに進むんだ?
ザン:まだ決めてない
ミナト:ヒューム・スカウトなら《パスファインダー》か《トレジャーシーカー》だっけか?
ザン:そう。一応サイト見てるけどまだ決めてない
ミナト:じゃあサブ職はどうするんだ?
ザン:それもまだ
ミナト:レベル50近いんだからそろそろだろ
ザン:あと4レベルもある
ミナト:まあ、そりゃそうか⋯⋯
ミナト:ただお前の場合、いきなり4くらい上げたり1〜2ヶ月くらいそのままだったりしそうだからな
ザン:それは言いすぎ
ミナト:ここ二週間経験値がほぼ動いてなかったやつが、今日だけでレベル46になってるんだぞ
ザン:まあそうだけど⋯⋯
ミナト:納得するな
ミナト:まあ、転職先を決めてないのはお前らしいけどな
ザン:そうか?
ミナト:そうだよ。職は決めてなくても、戦い方とか遊び方はだいぶ偏ってきてるな
ザン:偏ってる?
ミナト:お前は相手と噛み合わないと効率出ないタイプだ
ザン:そうかな?
ミナト:ああ。火力で押す職じゃないくせに、変なところで弱点見つけるし、いいところで攻撃入れるのがうまいからな
ミナト:だから、合わせてくれる相手がしっかりしてると、狩り効率はかなりいいはず
―――――
そう言われると、少し返しに困った。
自分では、ただ見て、届くところへ攻撃を入れているだけのつもりだ。
火力で押し切れるわけではないから、正面から殴り続けても効率は出ない。相手の動きや地形、その場にあるものを見て、通りそうなところを探す。
風見の丘なら、それがあの風だった。
草の倒れ方。旗の揺れ方。
敵が流される方向を見て、攻撃が弾かれる場所と少しだけ通る場所を探る。
そういうものが見えたから、それに合わせて動いた。
でも、それだけでは敵がリンクしたときに処理が追いつかなかった。
リヴィアの支援はこちらの動きにかなり合わせて入れてくれていた。
前へ押し出すのではなく、あと少し届くように。
そんな支援だった。
俺が風を見ることに集中して動けたのは、あの支援があったからとも言えるだろう。
ミナトが言う「噛み合う」というのは、たぶんそういうことなのだと思う。
―――――
ミナト:まあ、良かったんじゃねえの?
ザン:何が?
ミナト:俺以外とちゃんと狩りできたってこと
ザン:それは怒ればいいのか?
ミナト:半分褒めてるぞ
ザン:残り半分は?
ミナト:腹立ってる。だってデートだろそれ!
―――――
CROで一緒に狩りをしただけでデートのわけがない。
ミナトはよくそういう変なことを言う。
盾職を選んだ理由も、たしか『女性プレイヤーを守りたいから』とか、そういう変な理由だったはずだ。
俺よりも十分変わっている。
⋯⋯変わっているはずだ。
―――――
ミナト:で、そのリヴィアさんとはフレ登録くらいはしたんだろうな? 今度紹介してくれよ
ザン:いや、してない
ミナト:⋯⋯は? してないのかよ
ザン:別れ際に、またどこかでって言われただけ
ミナト:何、そのイベントNPCみたいな別れ方は
ザン:いや、プレイヤーだぞ
ミナト:分かってるわ! まあ、CROなら今後も会うだろ
ザン:そうかな?
ミナト:行く場所が変なやつ同士は、だいたいまた会う
―――――
変なやつ同士⋯⋯か。
リヴィアが聞いたら少し困りそうな言葉だった。
そこでミナトからの通知はもう止まった。
たぶん今度は本格的に寝たのだろう。
ふと机を見ると、端に明日提出締め切りの課題が置いたままだった。
時間もかなり遅い。
現実の方もやらなければ勝手には進まないし、終わらない。
ただ、今はCROアプリのスクリーンショット一覧を開いて、少しだけ現実逃避に走った。
最後に撮ったあの世界樹の広間。
スクリーンショットの中央に映る歌碑。
俺にはまだ何も返ってこなかった場所。
でも、その隣でリヴィアには道が開いた。
CROで会うのは敵やクエストだけじゃない。
NPCもいれば、今日のようにプレイヤーとも出会う。
名前のある誰かも、名前も覚えていない誰かも。
そこで誰かと出会い、少しだけ一緒に遊び、別れてまた別の場所で出会うこともある。
たぶん、俺はそういうところが面白くて、このゲームを続けているのだろう。
攻略組が帰った後であっても、誰かがそこにいて、何かが残っている。
またどこかで会えるかもしれない誰か。
まだ誰にも見つけられていない何か。
スクリーンショットを閉じても、あのかすかな旋律だけはまだ耳の奥に残っている気がした。
俺はスマホを伏せて、今度こそ課題レポートに取りかかった。
第3章はここで終わりになります。
この章では、ザンが普通にゲームをすることもあるし、NPCやプレイヤーとも関わっていく姿をしっかり出したかったので、こんな感じの流れになりました。
ただ、いろいろ遊んでいるように見えても、その行動原理の根っこには、やっぱりログ探しや寄り道がかなりあります。
ここからまた少しずつ、CROの見え方も変わっていく予定です。
まったりお付き合いいただけると幸いです。
この後は繋ぎの回を2話挟んでから、第4章へ入ります。
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今後ともよろしくお願いいたします。




