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第26話 昼休みの報告

 

 昼休み。

 澄野りあがいつも通り弁当を広げていると、向かいの席で一緒に食べていた御子柴エレナがふとこちらを見た。


「それで何かいいことでもあったの?」


「え……?」


「分かるよ。何年の付き合いだと思ってるの」


 りあは箸を持ったまま少しだけ迷った。


「あの……エレナが教えてくれた世界樹の歌碑、反応したよ」


「え、サブ職の吟遊詩人? 良かったじゃん!」


「まだ確定してないけど」


「あの歌碑が反応したなら、かなりそれっぽいでしょ」


「最初はメイン職の方に歌の職業があると思って始めたんだけどね」


「あー……それは本当にごめん。公式PVでそれっぽい人がいた気がしたんだよね」


 エレナは少しだけ目をそらした。


「それに……りあにもCROやってほしかったからつい。サブ職ならそれっぽいのがあるかもって話は本当だったし」


 エレナに誘われてCROを始めたのは一年ほど前だ。

 その頃ちょうどレベルキャップが50から70へ上がり、二次転職とサブ職が解放されたばかりだった。

 攻略サイトや掲示板に上がってきた二次職の中に、歌につながるような職業はなかった。

 それでもCRO自体は楽しかったし、リヴィアでいる時間も好きだった。


 《吟遊詩人》というサブ職があるかもしれないと聞いたのは、もう少し後のことだった。

 りあはエレナから開始地点の可能性があると聞き、《世界樹の歌碑》を見に行くようになった。

 ただの背景(オブジェクト)かもしれない。

 そう思いながら確かめてきた場所が、今回ようやく反応した。


「で、どんなクエストなの?」


「まずは《詩守り》に会うようにって」


「……詩守り? やっぱり吟遊詩人クエっぽいね。メインの二次転職の方は?」


「まだ決めてない。先にサブ職から進めようかなって」


「え?」


 エレナが分かりやすく固まった。


「エルフ・バッファーなら《リーフバッファー》か《スピリットウォーダー》でしょ。先に二次職になった方が絶対楽だよ」


「それは分かってるけど、歌碑が反応したから」


「はぁ……りあは効率とは別の方を見てるから」


 りあは弁当箱へ視線を落とした。


「でも⋯⋯来週からテスト週間だから、しばらくまとまった時間はとれない」


「そっか。私は気にせずログインするけどね。もうこっちで行くって決めてるから」


 軽い言い方だったが、冗談ではないことは知っていた。

 エレナはVRゲームの大会で結果を出し、実況配信もしている。最近はスポンサーの話もつき始めているらしい。


 りあはまだ自分の進路を決められていない。

 進学するのか、就職するのか、それとも好きなことを追いかけるのか。

 CROは好きだ。

 リヴィアでいる時間も好きだ。

 楽器や歌も好きで、親には内緒で兄に手伝ってもらいながら、顔を出さずに配信もしている。

 けれど、それをこの先どうしたいのかはまだはっきりしていない。


 進学するなら何を学びたいのか。

 就職するなら何を仕事にしたいのか。

 好きなことを追いかけるとしても、親に反対されることは分かっている。

 だから、エレナのように今の時期から自分の人生を決めることは難しかった。


「そういえば、昨日言ってたヒュームの人」


 りあの手が止まった。


「ザンさん?」


「その人。昨日はごめんね、別のゲームの大会練習でチャット通知、あまり見れてなくて」


「ううん。大丈夫」


「世界樹の歌碑の前にいて、そのあと風見の丘でも会ったんだったよね」


「うん。最初に会ったとき、良い狩場がないか聞かれたから《風見の丘》を勧めたのは私」


「初見に《風見の丘》ってなかなかだねえ」


「それは……。いつもエレナと狩ってたから思わず。今度会ったら謝らないと⋯⋯」


「今度?」


「うん?」


「会う約束でも?」


「約束はしてないよ」


「りあ。CRO内で相手が見えてるからってリアルでは何もわかってないんだから⋯⋯油断しちゃだめだよ」


「……エレナ、お母さんみたい」


「友達です」


 即答だった。


「それで、フレンド申請は?」


「してない。向こうからもなかったし……」


「そこは逆に珍しいね。その人、風見の丘ではどうだったの」


「最初は私もソロでやってたんだけど、ザンさんが敵にリンクされてたのが見えて。外から支援して、そのまま一緒に狩っただけ」


「助けた側なんだ」


「最初はね。でも、私も安定してソロできるほどじゃなかったから。ザンさんが前を見て、私が後ろから支援する形になった」


「なるほどね。その人ってレベルはどのくらいなの?」


「⋯⋯レベル45くらいだったと思う」


 エレナの表情が変わった。

 茶化す顔ではない。攻略組の顔だった。


「45で風見の丘⋯⋯」


「うん。周りを⋯⋯風をよく見てた」


「確かにあそこは文字通り風を見ないと狩りにならないからね」


 りあは少し思い出すように宙を見てから頷く。


「それで……エレナの動きに似てるなって思って。判断が早くて、動きに無駄がないところとか」


 エレナの目が細くなった。


「私の動きに?」


「うん。なんとなくだけど。あと、グレイヴェルにも追われた」


「今、何て?」


「あのすごく大きい、狂風鳥グレイヴェル」


「たまに見かけるあのボスかぁ。普通は逃げるやつだよね」


「もちろん逃げたよ。ただ、最初にザンさんが一撃当てて――」


「――初見がグレイヴェルに当てたの?」


「うん。でも、そのあとすぐ逃げたよ」


「やっぱり普通じゃないよ、そのヒューム」


「あとはグレイヴェルの羽根を拾ったらシークレットクエストも出た」


 エレナが今度こそ箸を置いた。


「⋯⋯それ詳しく教えて」


「たしか、レベルが低いプレイヤーかパーティーが、誰も戦闘不能にならずに生還する。羽根を入手して記録を確認する。⋯⋯みたいな条件だったと思う」


「生還系シークレット⋯⋯かなりレアだね。しかも巡回ボス相手かぁ」


「称号も出たよ。AGIが一つ上がって、風属性魔法威力が小アップ。代わりにDEFが一つ下がるって」


「ステアップの称号だね。それ普通に価値あるやつだよ。その感じだと、高レベルは量産できないタイプだし」


 エレナはそこで少し笑った。


「でも、その人そういうタイプなんだろうね。最短で効率を取りにいくんじゃなくて、見に行って、気になって、結果的に変なものを拾ってくる人」


「⋯⋯エレナも似たようなところあるよね」


「私は攻略優先だからね。それを言うなら、りあだってそうでしょ」


 お互いに少しだけ顔をしかめた。


「で、そのあとは? ずっと一緒に狩ってたわけじゃないでしょ」


「うん。クエスト報酬でレベル上がったから、世界樹の歌碑に戻って……そこで解散した」


「ふうん」


 エレナが箸を止めた。


「……その顔は?」


「え?」


「別れるとき、何か言ったでしょ」


 りあは固まった。


「ほら」


「……またどこかで、って」


「誰が?」


「……私が」


 エレナは黙った。

 りあは箸を持ったまま固まった。


「なにそのイベントNPCみたいセリフ」


「プレイヤーです」


 りあは即答した。

 エレナが少し笑う。


「でも、そんなこと言わなくてもまた会うんじゃない」


「どうして?」


「その人、普通じゃない場所に行くタイプでしょ。りあも普通じゃない場所を見に行くでしょ」


「私は……普通だと思うけど」


「まだ始まらない歌碑を何度も見に行ってた人が?」


 りあは返事に詰まった。


「だから、また会うんじゃないかな」


 そこでりあが時計を見ると、昼休みはもう終わりそうだった。

 弁当箱にはまだ少しだけおかずが残っている。


「時間ない」


「しゃべりすぎたね」


 りあは残っていたおかずを急いで口に運び、弁当箱を閉じた。

 エレナも片付けながら、まだ少し考えている顔をしている。


「今日ログインしないの?」


「……テスト勉強しないと。しばらくは少しだけかな」


「えらい。じゃあ、テスト終わってからだね」


「うん」


「で、ザンさんに会ったら?」


「……初見の人に風見の丘を勧めたことは謝る」


「そこはいいでしょもう。でも、また会ったら私にも教えて」


「どうして?」


「まだその人を信用してるわけじゃないから。りあが悪い人じゃないと思ってるのは分かったけど、私はまだ見てもないし」


 エレナは少しだけ真面目な顔をした。


「それに⋯⋯私の動きに似てるって言うプレイヤーだからね。正直興味がある」


「興味って、そっちの?」


「そっちも。友達として確認したいのが半分。いちプレイヤーとして見てみたいのが半分」


「半分ずつなんだ」


「だから私が確認するまではただの変なヒュームです」


 りあは困ったように笑い、弁当箱を鞄にしまった。

 次にまとまった時間ができたら、詩守りを探しに行く。

 まだ読めない歌碑の続きを見に行く。


 世界樹の歌碑の前で出会い、そして別れたヒューム・スカウトも今ごろどこかで別の何かを探しているのかもしれない。


 そんなことを少しだけ思った。




 

 

【とある攻略サイト情報】

■職業ルート一覧(判明分)


【初期職】 → 〈一次職〉 → 《二次職》

※今回はヒューム(ザンの中衛派生)とエルフ(リヴィアの後衛派生)のみ抜粋。


―――――


■ ヒューム(◀ザンの場合)


【初期職】

 ├─【前衛見習い】

 ├─【中衛見習い】◀

 │   ├─〈ヒューム・ローグ〉

 │   │    ├─《ヴェイルアサシン》

 │   │    └─《アキュラスティンガー》

 │   │

 │   ├─〈ヒューム・アーチャー〉

 │   │    ├─《ホークアイアーチャー》

 │   │    └─《アークシューター》

 │   │

 │   └─〈ヒューム・スカウト〉 ◀ザン

 │        ├─《パスファインダー》

 │        └─《トレジャーシーカー》

 └─【後衛見習い】


―――――


■ エルフ(◀リヴィアの場合)


【初期職】

 ├─【前衛見習い】

 ├─【中衛見習い】

 └─【後衛見習い】◀

     ├─〈エルフ・ヒーラー〉

     │    ├─《ブルームヒーラー》

     │    └─《グロウキュアラー》

     │

     ├─〈エルフ・ウィザード〉

     │    ├─《ウィスプメイジ》

     │    └─《エルダーアルカニスト》

     │

     └─〈エルフ・バッファー〉 ◀リヴィア

          ├─《リーフバッファー》

          └─《スピリットウォーダー》


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