表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

22/27

第22話 狂風鳥グレイヴェル

 

 丘の斜面を下り始めた直後、背後で風が爆ぜた。


 振り返る余裕はない。

 ただ、《狂風鳥グレイヴェル》がこちらへ迫っていることだけは分かった。


 周りにいたアッシュモスの群れがまとめて吹き飛び、草の上に深い軌跡が残った。ホップフェザーもゲイルフェザーも関係ない。

 あの風の前では、この狩場のMOBはただ巻き込まれて飛ばされるだけだった。


『二人で倒せる敵ではないので、このまま逃げましょう』


 でも、グレイヴェルはすぐ後ろまで来ていた。


「――追いつかれそうなので、一度こっちに注意を向けます」


『え』


「リヴィアさんはこのまま先に行ってください」


 俺は振り返って短剣を抜いた。

 グレイヴェルの風は壁みたいに押し寄せてくるわけではなかった。

 地面をえぐる白い風の線が何本も走り、その線に触れた草やMOBがまとめて吹き飛ばされていく。


 避けるだけなら、あの白い線から逃げればいい。

 でも、今の距離ではそれだけだと意味がない。


 少しでもいい。

 風の流れをずらして注意を引かなければ、二人ともやられる。


 ――よく見ろ。


 白い線が走る直前、草が先に倒れている。

 倒れた草の先を追えば、次に風がどこを通るかは分かる。

 俺は《シフトステップ》で横へずれた。

 目の前の草が斜めに倒れ、そこへ白い風の線が伸びてくる。


 速い。

 まともに触れれば、そのまま吹き飛ばされるだろう。


 正面から止めるのは無理だが、今は倒すことが目的ではない。俺たちが逃げる場所から、少しだけ風を外せればいい。


 白い線の奥でグレイヴェルの翼が低く降りてくる。

 風だけが走っているわけじゃない。

 翼が地面すれすれをなぎ払い、その動きに合わせて白い風の線が伸びている。


 白い線のエフェクトが見えたときには、必ず翼の端が先に動いていた。


 つまり、狙うならあそこだ。


 風そのものじゃない。

 風を生んでいる翼の端。

 風が薄くなる一瞬を縫って、翼の端へスキルを押し込む。

 俺は短剣を構え、白い線が足元へ届く直前に《シフトステップ》で前へ踏み込んだ。


「《クイックスラッシュ》」


 斬撃エフェクトが白い風の隙間を抜け、降りてきた巨大な翼の端にぶつかった。


―――――

Resist!

―――――


 ダメージはほとんど入っていない。

 翼を斬ったというより、風の膜ごと弾かれた感触だった。

 それでも、翼の振り抜きがわずかにずれる。

 押し寄せていた風の線が一瞬だけ揺れ、俺たちの進む先から風の圧が少しだけ外れた。


 グレイヴェルは一度上空へ飛び上がり、周囲を旋回し始めた。

 そのとき、空から羽根が一枚だけ草の上へ落ちてくる。


「……少しだけ攻撃できました」


 リヴィアの文字はすぐには返ってこなかった。


『……今の、翼に当てたんですか』


「少しだけです。ほとんど弾かれましたけど」


『でも、今ので少し離れてくれました』


「はい。今のうちに行きましょう」


 俺たちはまた走り出した。

 そのとき、上空のグレイヴェルが首をこちらへ向けていた。その視線は俺を通りすぎて、今度はリヴィアの方へ向いていた。


「――っ! 後衛職狙いか」


 グレイヴェルが大きな翼を振った。

 風の軌跡が一直線にリヴィアへ伸びる。

 その前に、リヴィアはすでに杖を振っていた。


―――――

《スプラウトリカバリー》

《フェアウィンド》

―――――


 バフが終わると同時に、俺たちは走っていた。

 さっき空から落ちてきた羽根が進路のすぐ横にある。

 本来は拾う余裕なんてない。

 でも、通り抜ける瞬間なら別だ。

 俺は体を低くし、なんとか羽根をつかんだ。


―――――

《グレイヴェルの羽根》を入手しました。

―――――


 ログを見る暇はなかった。

 グレイヴェルがまた翼を振り抜く音が聞こえる。

 地面をえぐる白い軌跡が、俺たちの逃げ道をふさぐように伸びてくる。


 それをどうにか避けて走り続ける。

 背後でまた風が大きく鳴ったが、そちらを見れば逃げるのが遅れる。


 見張り台はまだ遠い。

 このまま走っても間に合わない。

 背後で翼の音が低く沈んだ。

 次の狂風が来る。


『あの、あそこに』


 リヴィアの文字が浮かぶのと同時に、丘の斜面の下の方に草で隠れた大きなくぼみが見えた。


「――飛び込みます」


 返事を待つ余裕はなかった。

 俺たちは走る勢いのまま斜面へ滑り込み、草の奥に開いたくぼみへ転がり込んだ。


 次の瞬間、頭上を白い風の線が通り過ぎる。

 周囲の草がまとめて倒れ、斜面の上を削る音が響いた。


 ほんの少し遅れて、巨大な影がくぼみの上を抜けていく。

 グレイヴェルはそのまま空へ上がり、俺たちが走っていた道の先を旋回した。


 音が遠ざかっていく。

 どうやら、見失ってくれたらしい。


 俺たちはしばらくその場を動けなかった。


「あれは……倒す敵じゃないですね」


『はい』


 少しだけ空気が緩む。

 リヴィアの文字が浮かんだ。


『ザンさんがいきなり戦い始めたのでびっくりしました』


 そこで、リヴィアの文字が止まった。


『……あ、呼び方』


「大丈夫ですよ。普通にザンで」


『いえいえ、「ザンさん」って呼んでも大丈夫ですか?』


「はい。でも、ザンさんって少し言いづらいでしょうし、ゲームなんで呼び捨てでも――」


 言ってから少し遅れて気づいてしまった。


「あああ、すみません。言いづらいってそういう意味では、いやそういう意味か」


 少しだけ変な間が空いた。


『いえ。大丈夫ですよ』


 俺はそれ以上、聞かなかった。


『では、ザンさんで』


「はい」


『ザンさんがいきなり先に行けって、どうしようかと思いました』


「すみません。この狩場にいる敵なら、そもそも少しくらい戦えるものだと思ってました」


『あれは大きすぎます』


「確かに」


 自分で言って少し笑ってしまった。

 リヴィアのアバターもふっと口元を緩める。


『二つのフルパーティーが戦っているのを遠目に見たことがあります』


 リヴィアは少し間を空けて続ける。


『少なくとも、そのくらいの人数が必要なのかもしれません』


 俺はそこでようやく、逃げている途中で流れたログを確認した。


―――――

《グレイヴェルの羽根》を入手しました。


シークレットクエスト:《グレイヴェルの羽根》が発生しました。

―――――

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ