第19話 灰色の羽音
灰色の群れが風見の丘の草地を覆っていく。
その向こうで、別のホップフェザーが跳ねているのが少しだけ見えた。
さっきまでなら読めたはずの着地点が、灰色の群れによって隠れていてよく見えない。
――アッシュモス・スウォーム。
一匹の敵というより、灰色の羽蟲の群れ全体で一つのMOBとして扱われているらしい。
名前表示は一つだが、《探知》に出ている反応は細かい点の集まりだった。
その羽蟲の群れは草の上を滑るようにじわじわと近づいてくる。
移動しながら吸い込まれるように集まったかと思えば、次の風が吹いたときには膜みたいに広がる。
さっきまでのホップフェザーとは全然動きが違っていた。
アッシュモス・スウォームは、逃げるために風を使う敵ではない。
広がって、覆って、相手の視界を奪いながら襲ってくる敵だ。
まずは確かめる。
俺は短剣で群れの端を払った。
刃が灰色の中を通り抜け、当たった羽蟲が数匹、小さな光になって消えていく。
だが、アッシュモス・スウォームはそのままそこに残っていた。
少し削れても、すぐに別の羽蟲がその穴を埋めるせいだ。
そのとき、風を受けた灰色の膜が一気に広がり、俺の視界を塞いだ。
「――っ、見えない」
細かい羽音が耳元にまとわりつく。
画面の端に短い状態表示が出た。
―――――
状態異常:視界低下
―――――
灰色の向こうで、ホップフェザーが跳ねた気配だけが見えた。
――間に合わない。
肩に硬い衝撃が入り、HPゲージが削れた。
俺は大きく下がった。
羽蟲一匹一匹は脆い。短剣が触れれば一撃で消える。
でも、一匹ずつ倒す相手ではない。
短剣で払ってもすぐに隙間が埋まるし、矢を射るだけでは一点しか削れない。
ただ、よく見ていると広がりっぱなしではない。
風に煽られて、羽蟲が一点に寄り集まる瞬間がある。
その瞬間ならまとめて払えるかもしれない。
俺はショートボウに持ち替え、今の俺が使える範囲スキルを選んだ。
アッシュモス・スウォームが一瞬まとまったその瞬間――。
「《ワイドショット》」
撃った瞬間から、矢筋が扇のように広がる。
アーチャーの範囲射撃ほど派手ではないし、射程も短い。
それでも密集した羽蟲を散らすには十分だった。
灰色の群れに大きな穴が開く。
まとめて光が弾け、灰色の群れの半分以上が消えた。
「よし、これならいけそうだ」
ただし、いつ撃ってもいいわけではない。
MPも減るし、スキルの再使用にも少し間が空く。
薄く広がっているときに撃っても、小さな穴が開くだけですぐ埋まってしまう。
狙うのは羽蟲が風に寄せられて、一瞬だけ厚くなる場所だ。俺は弓を構えたまま、灰色の群れが重なるのを待った。
相手の着地点ではなく、群れの厚みを見る。
次のアッシュモスが斜面の下から風に乗って流れてきた。
広がって覆いに来る。
俺は群れがまとまるのを、攻撃を避けながら待った。
次の瞬間、風が大きく吹いて灰色が濃くなる。
「《ワイドショット》――!」
扇状の矢筋が群れを裂き、灰色の羽蟲がまとめて光に変わった。
草の上に灰色の粉のような素材アイコンがいくつか残ったのを、拾える分だけ拾う。
それからしばらく、風の流れに合わせて撃つ位置を変えながら狩りを続けた。
まとまった灰色の群れへ《ワイドショット》を入れては、残ったホップフェザーを短剣とショートボウで落としていく。
ホップフェザーだけを追っていた時とは違う。
アッシュモスだけを見ていても駄目だ。
灰色の濃さや草の残り方、その向こうで跳ねる鳥型の影。
見るものは増えたが、その分うまく噛み合った時の手応えも大きい。
少しずつ、狩りの流れが戻ってきた。
クエスト表示を開く。
―――――
【クエスト:風見の丘の安全確認】
対象:
ホップフェザー 13/16
アッシュモス・スウォーム 5/8
ゲイルフェザー・アタッカー 0/4
ゲイルフェザー・リーダー 0/2
―――――
「もう少しだな」
思っていたより進んでいる。
経験値バーもかなり伸びて、もう少しでレベルが上がりそうだった。
風見の丘は敵の動きが面倒だが、その分動きを読めるようになれば経験値がうまい。
俺は周囲を確認して、丘の斜面を一つ越えた。
そこで、草の揺れ方が変わった。
斜面の下には、灰色の群れがいくつも溜まっていた。
その奥で、ホップフェザーが何体も跳ねているのが見える。
「やばい……多いな……」
すぐに戻ろうとした。
だが、戻るために一歩引いた瞬間、背後の草が揺れた。風に押されたアッシュモスの群れが、俺の横をかすめる。
避けるために動いた先で、別の群れの端に触れた。
《探知》の反応が一気に増える。
灰色の点。
跳ねる鳥型の反応。
さらに奥から、もう三つこちらに近づいてくる。
「駄目だ、リンクしたか……」
風見の丘の草むらがざわりと揺れた。
前からアッシュモス。
横からホップフェザー。
背後でも灰色の羽音が鳴る。
さっきまで読めていたはずの敵の流れが、一瞬で崩れた。
俺はショートボウを構える。
でも、これは多すぎる。
灰色の群れも跳ねる鳥型の影も、同時にこちらへ流れてきていた。




