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第18話 風を読む

 

 俺は短剣を構えたまま周囲を見た。

 《探知》に反応は一つ。今のところ近くにいるのは、見えているあの一体だけだ。


 足元の草は右へ倒れている。

 少し先の草地はそこから斜めに流れが変わっていた。丘の上に立つ旗は足元とは逆で、左方向へ流れている。

 ここら一帯の風はまっすぐ同じ方向へ吹いているわけではないらしい。


 俺はクエスト表示を確認する。


―――――

【クエスト:風見の丘の安全確認】


対象:

ホップフェザー 0/16

アッシュモス・スウォーム 0/8

ゲイルフェザー・アタッカー 0/4

ゲイルフェザー・リーダー 0/2

―――――


 ホップフェザーは俺の膝より少し高いくらいの鳥型MOBで、飛ぶのではなく草の中を跳ねて動いていた。


 あと一歩ほどの距離で、短剣の間合いに入る。

 ――そう思った瞬間、ホップフェザーの翼が開いた。

 急に体が風に押されるように流れ、俺が繰り出した短剣は空を切っていた。


「っ――!」


 外した直後、硬い衝撃が体に入り、一瞬後ろへ弾かれた。

 HPゲージが削れる。

 当たった場所を持っていかれるような重い衝撃だった。


「なるほど……そういう動きなのか」


 正面から追うと避けられ、即座に反撃がくる。

 俺は一度距離を取り、もう一度周囲の風を見た。


 足元の草は右。

 少し先の草地は斜め後ろ。

 丘の上の旗は足元とは逆の左へ揺れている。


 俺は腰から投げナイフを抜き、《スローイングダガー》を発動する。

 ホップフェザーが流れる先へ向けて投げた刃は、空中でやや流されて草の向こうへ消えた。


「……少し早かったか?」


 俺は短剣を握り直した。

 敵を追うのではなく、風で流れてくる場所へ先に入る。



 風を見るだけでは足りない。


 流れてくる先を読んで、そこへ先に体を入れる必要がある。


 俺は足元の草ではなく、少し先で斜めに倒れている草を見た。

 ホップフェザーが翼を開く。


 来る。


 一歩だけ先に動き、短剣の間合いを置いて待つ。

 風に押されたホップフェザーが、そこへ流れ込んできた。


 今度は追わない。

 入ってきたところを斬る。


 短剣が翼を切りつけ、乾いた命中音が鳴った。

 ホップフェザーのHPが大きく減る。

 でも、まだ倒れていない。

 体勢を戻したホップフェザーが、横へ潜り込むように跳んだ。


 俺は落ち着いてそれを避け、すぐにショートボウへ持ち替えて矢を射つ。

 ホップフェザーの首の根元に突き刺さり、光になって消えた。

 草の上に小さな翼片のような素材アイコンが残る。


 ドロップだ。

 拾いに行こうとしたとき、少し離れた草がまた揺れた。


「後で拾おう」


 一体目は倒せた。

 今ので少し分かった。

 この狩場では草の流れや風見の丘の旗の向きまで戦闘に関わってくる。

 ホップフェザーの翼が開く瞬間も、ただの動きではなく風に乗る合図だ。


 戦闘中に見るべきものが多い。


 二体目は背の低い石の後ろから飛び出してきた。

 その石の周りだけが、草の倒れ方が丸く乱れている。

 あそこに入ると風が巻くのだろう。


 俺はショートボウを構え、風で軌道が浮いた後の着地点を狙った。

 ホップフェザーが翼を開く。

 体が流れる。

 矢は流れた先で開いた翼の根元へ刺さった。


 これまでとは違う高く鋭い音が鳴る。


―――――

Critical――!

―――――


 ホップフェザーのHPが一気に最後まで削れた。

 地面に落ちる前に、光になって散っていく。


「そこか」


 普通に当てれば二、三回は必要になる。

 でも、翼の根元に入れば一撃で落とせた。

 当てるまでが面倒なかわりに、HPはこのレベル帯の敵にしてはかなり低いらしい。

 敵の動きを見てから追うのでは遅く、風が次にどこへ運ぶかを先に見なければならない。


 三体目は、今までより少し速かった。

 一撃目を外したとき、背中に回り込まれたホップフェザーからの攻撃を受けてしまう。


「油断すると駄目だな」


 このまま雑に追えばじわじわ削られる。

 俺は横へ大きく跳躍して距離をとり、その間に回復薬を一つ使った。


 ホップフェザーは草の中で跳ねながらこちらを見てくる。

 向こうも待ってくれるわけではない。

 右へ逃げるように見せて、風で少し手前に戻る。


 なら、その瞬間だ。


 一歩引き、短剣を低く構える。

 今度は俺の間合いでいく。

 乾いた命中音とともに攻撃エフェクトが散った。


 でも、まだ倒れない。

 ホップフェザーが翼を広げた瞬間、翼の付け根が一瞬だけ開いた。


 さっき矢が入った場所だ。

 体ではなく、その翼の根元へ向けて《スローイングダガー》を発動する。

 投げた刃は風に流され、狙いより少し内側へ入った。

 それでも、なんとか届いた。


―――――

Critical――!

―――――


 表示が浮かんだ。

 ホップフェザーのHPが一気に最後まで削れる。


 ――クリティカルポイント。


 CROのMOBにはそれぞれ小さな弱点がある。

 ホップフェザーなら翼の根元か。それとも翼が開いた瞬間の露出部分だろうか。

 対象によって異なるクリティカルポイントを検証しているプレイヤーもいるらしい。


 今の一撃もそこに届いた。

 ホップフェザーはそのまま地面に崩れ、光になって消えていく。


 これで三体倒した。

 敵ごとの小さな弱点を探す遊び方。

 今なら少し分かる。これは探したくなる。


 それからしばらく、俺はホップフェザーだけを狙った。

 最初のような空振りはかなり減り、風に流される位置が読めるようになってきた。

 短剣や投げナイフ、ショートボウの切り替えも噛み合ってきている。


 気がつくと、経験値バーがかなり伸びていた。


「……ここ、かなりうまいな」


 このレベル帯の敵にしてはHPが低い。

 そのわりに、経験値バーの伸びは悪くなかった。


 ただし、風を読めないと攻撃が当たらない。

 慣れるまでは、倒すのに時間がかかるタイプの敵だ。


 俺は一度、クエスト表示を開いた。


―――――

【クエスト:風見の丘の安全確認】


対象:

ホップフェザー 9/16

アッシュモス・スウォーム 0/8

ゲイルフェザー・アタッカー 0/4

ゲイルフェザー・リーダー 0/2

―――――


 ホップフェザーはすでに9体倒している。

 まだクエストに必要数には足りないが、このペースならいけるだろう。


 そのとき、丘の上の草が不自然に揺れた。

 風の向きが変わったのかと思った。


 でも、違う。

 灰色の薄い影が草の上を滑るように流れている。

 風に乗るたびに広がり、また一つにまとまる。

 その影が通った場所だけ、草の向きがぼやけて見えた。


「……見づらい」


 細く嫌な音が近づいてくる。

 《探知》にも反応が出た。

 一つではない。

 細かい点が、風に押されるようにまとまって動いている。

 灰色の群れに名前表示が重なった。


―――――

《アッシュモス・スウォーム》

―――――


 灰色の群れが風見の丘の草を覆っていく。

 その向こうで、別のホップフェザーが跳ねた。

 さっきまでなら読めたはずの着地点が、灰色の群れに隠れる。


「……なるほど。今度はそうなるのか」


 このクエストはホップフェザーだけを狩れば終わるわけじゃない。

 俺は短剣を握り直した。

 

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