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第16話 満たされない条件

  

 世界樹の広間はまだ静かだった。

 水路の音は遠く、外にいるプレイヤーたちの声もここまではほとんど届かない。


 俺とリヴィアはしばらく歌碑の前に立っていた。

 どちらも目の前の碑からすぐには離れられずにいる。

 少しして、リヴィアのチャットが画面に表示される。


『ここについて、友達が少し調べてくれていて』


 そこで一度チャットが止まる。 

 リヴィアは歌碑に刻まれた線と点を見つめている。


『――この《世界樹の歌碑》は、《吟遊詩人》のクエストが始まる場所かもしれないそうなんです』


「吟遊詩人⋯⋯ですか?」


 確か《吟遊詩人》はサブ職の一つだったはずだ。

 CROではLv50で二次転職が開放される。そのときにメイン職とは別に、サブ職も一つ持てるようになる。


 ただ、一部のサブ職は簡単にはなれないらしい。

 場所や条件が関わるものが多いと、攻略サイトなどでは見た覚えがあった。


『はい。ただ、私自身が詳しいわけではないので⋯⋯すみません』


「いえ。そういう条件がある場所だと分かっただけでも助かります」


 ここ最近の後日談クエストでも思っていたが、CROはオブジェクト一つとっても意味を持たされている場合がある。


『場所だけでも確認しておこうと思いまして、ここに見に来てみたら、あなたが歌碑の前にいたんです』


 少し遅れて文字が続いた。


『――それで私と同じなのかと……思ってしまいまして』


 文字はそこで一度止まった。

 リヴィアは少しだけ顔を背けていた。


「同じ?」


『はい、《吟遊詩人》のクエストでこちらに来ている方なのかと』


 リヴィアの次の文字は少し遅れて浮かんだ。


『それで思わず。すみません』


 俺は歌碑の方を見た。


「いえ。謝ることじゃないですよ。俺は別のクエストで少し行き詰まっていて」


『そうだったんですね』


「はい。条件が足りないみたいで先に進めなくて。それでリニューアルもあったし、今日は他の村も見ておこうと思って来てみたんです」


 少しだけ歌碑へ視線を戻す。


「転送門からこの世界樹が見えて、ふらふらとここまで歩いてきてしまいました」


『その気持ち、よく分かります』


 それだけ言って、リヴィアは世界樹の入口の方を少し見た。


『この木は大きいので、他の種族のプレイヤーの方たちからすると気になりますよね』


「はい、かなり」


『私も昨日、ヒュームの初期村に行ってきました』


「え、そうだったんですか?」


『はい。もともと行ったことがなかったので、この機会にと思いまして。とてものどかで、いい村でした』


「そうでしたか」


 自分が褒められたわけではない。

 でも、ベルカ村をそう言ってもらえると少し嬉しかった。

 古い橋や薬草畑、川の向こうの森も俺にとってはCROを始めた思い出のある場所だったからだ。


「友人にはよく言われるんです。お前は寄り道が多すぎだって」


『⋯⋯寄り道』


「俺としてはただ確認のつもりなんですが」


 短い沈黙があった。

 でも、嫌な沈黙ではなかった。

 世界樹の広間の静けさがその間を埋めてくれた。


『分かる気がします。私も目的地に行く途中で別のものが気になること、よくあるので』


 そこで会話は一度途切れた。

 同じ目的でここに来たわけではない。

 同じクエストを進めているわけでもない。

 フレンドでもパーティでもない。


 それでも歌碑の前に立っている時間の感じ方だけは、少し近いのかもしれなかった。


 リヴィアは歌碑へ視線を戻した。

 相変わらず、碑の表面には細い線と点だけが残っている。


『私、今レベル49なのであと少し頑張ってみます』


 リヴィアはそこで一度、歌碑から視線を外した。

 レベル50になればサブ職が開放される。

 その条件を満たしたとき、この歌碑が本当に入口なのかどうか、リヴィアは確かめることができる。


 ――条件。


 同じような言葉を見たばかりだった。

 俺は《第七補給隊名簿(ワールドユニークログ)》を確認する。


―――――

未開示記録:《第二中継点》

必要な条件を満たしていません。

―――――


 あれから表示は変わっていない。

 この世界樹の歌碑を見ても、俺の名簿が動いたわけではなかった。

 ただ、目の前には同じ種類の壁があるように見えた。


 条件が足りなければ先へ進めない。

 この名簿(ログ)や月影の森の小屋の裏も、俺のレベルや職業的な条件が足りていない可能性が高いということだろうか。


 もしそうなら、今はレベルを上げるしかない。

 俺はメッセージ画面を開いた。


―――――

ザン:今、大丈夫?

―――――


 送信する。宛先はミナトだ。

 だが、返事は来なかった。

 名前の横には小さく《離席中》の表示が出ていたことに気付いた。


 今は無理か。それなら仕方ない。

 俺はメッセージ画面を閉じた。


「すみません。少しお聞きしたいんですが、俺、今レベル44でして、このあたりでソロでも狩れそうな場所ってありますか?」


 リヴィアは少し考えるように間を置いた。


『そのレベル帯なら、安定重視であれば《外縁の古道》でしょうか』


「外縁の古道⋯⋯」


『はい。少しレベル帯は低めかもしれませんが、ソロでも安全に狩れると思います』


 少し間が空いて、次の文字が浮かんだ。


『もう少し経験値を見るなら《風見の丘》もあります』


「……風見の丘」


『この時間なら、そこで狩りをしている人の方が多いと思います』


 どちらもエルフの地域ということもあって、聞いたことのない地名だった。


「その二つはここから遠いんですか?」


『どちらも一度、《梢の町エルウィン》へ行ってそこからですね』


「エルウィン。わかりました」


『はい。《外縁の古道》はエルウィンから歩いて行けます。《風見の丘》はエルウィンから《丘風の見張り台》へ移動して、そこから少し先になります』


「エルウィンから見張り台⋯⋯助かりました。ありがとうございます」


『いえ。それでは私、そろそろ行きますね』


「ありがとうございました。またどこかで」


 リヴィアは会釈をしてから、そのまま世界樹の外へ出ていった。

 緑のローブの裾が入口の光に重なり、蒼色の小鳥の飾りが最後に小さく揺れた。

 

 広間には俺だけが残った。

 条件が足りないなら、満たせるように動けばいい。


 俺は世界樹の外へ出た。

 シルヴェイル村の上には相変わらず巨大な枝葉が広がっている。

 水路の光が白い石畳に揺れ、遠くの広場からプレイヤーたちの声が聞こえてきた。


 リヴィアが教えてくれた地名をもう一度思い出す。


 外縁の古道。

 風見の丘。


 どちらもまずは《梢の町エルウィン》という町から行く場所。

 安全に行くなら――外縁の古道。

 もう少し経験値を見るなら――風見の丘。


 久しぶりに、狩り自体を楽しみに思っている自分に気付いた。

  



【とある攻略サイト情報】

サブ職:レベル50で解放。

CROでの遊び方を広げる職業であり、メイン職ほど戦闘性能を直接伸ばすものではない。


これまでの遊び方で出やすい候補が変わったり、サブ職によっては開始場所や関係NPC、必要アイテム、出入り条件なども異なったりもする。

あるNPCに弟子入りしなくてはならないようなものもある。


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