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第10話 壊れかけた小屋

  

 草に覆われた細道は思っていたより歩きにくかった。

 ミニマップにも載っていないこの細道は、森の正面ルートとはまるで違っていた。

 足元は踏み固められておらず、土は柔らかい。左右から伸びた草が足に絡み、低い枝が肩や腕に当たる。


 それでも道は延びていた。

 草の倒れ方や泥の削れ方を見ていくと、誰かがここを通った跡は確かに続いている。


 《折れた道しるべ》があった場所は、森の正面ルートから少し外れた場所だった。

 あそこなら初心者が気づかないのも分かる。わざわざ草むらの奥を探さなければ、道しるべが倒れていることにも気づかないだろう。


 けれど、そこから続くこの細道は違う。


 少し外れた場所にあるだけの道ではない。

 進むほど、森の奥へ入り込んでいく。


 《月影の森》は初期村のすぐ近くにある森だが、けっこうな広さがある。

 正面ルートを外れて奥へ入り込めば、低レベルのうちには厄介な敵に出くわすこともある。

 昔の俺はそれを知らず、早々に強い狼に追いかけられたものだ。


 そのまましばらく進んでいると、もう森の外の気配はほとんどなくなっていた。

 月光が深い木々の間で細くなり、周囲はかなり暗くなってきている。


 思っていたより奥まで来た。

 そろそろ明かりを出すか迷っていたときだった。


 森のさらに奥から音が聞こえた。

 草を踏む音。

 枝を押し分ける音。


 それがこちらへ近づいてきている。


 茂みの陰から、黒い毛並みの狼が姿を現した。

 さっき正面の道で倒した《ウルフ》より二回りほど大きく、目は真っ赤に染まっている。


―――――

《シェイドウルフ》Lv18

―――――


 名前表示は濃い青だった。

 今の俺にとっては、もう危険な相手ではない。


 初心者の頃に追いかけられ、CROで初めてやられた相手だ。

 あのときは名前表示が赤いことに気付いた瞬間、もう駄目だと理解した。


 それ以来、しばらくは月影の森の奥へ近づけなかった。


 後から攻略掲示板で見たが、シェイドウルフは夜にだけ出るこの森のレアモンスターらしい。

 影狼系の装備素材を狙って探すプレイヤーもいたようだが、初期村周辺の敵としてはかなり強い、と書かれていた。


 シェイドウルフが低く身を沈める。

 飛びかかってくる直前、俺は横へずれて短剣を抜く。


「《クイックスラッシュ》」


 短い斬撃エフェクトが走った。

 続けて首元へもう一度短剣を入れると、シェイドウルフは黒い粒子になって消えた。


 経験値表示は出ないし、ドロップもない。

 CROでは、自分より一定以上レベルの低い敵を倒しても、経験値やアイテムは入らない仕様だからだ。


 俺は少しだけ拍子抜けした。

 昔はあれほど怖かった相手が、今は何も残さず消えていく。


 でも、だからこそ分かる。


 ここはベルカ村を出たばかりの初心者が気軽に歩く場所ではない。

 夜にシェイドウルフが出るくらい、森の奥に入っている。


 それなのに、草の間にはまだ細い轍が続いていた。

 プレイヤーが遊びで歩き回った跡ではない。

 誰かが荷を運ぶために、この道を使った跡だ。


 俺はその轍を追って慎重に進んでいくと、突然開けた場所に出た。


 そこに小屋があった。


 最初に見えたのは、苔のついた屋根だった。

 壁板は一部が黒ずみ、入口の横には古い木箱が倒れている。軒の下には短い縄が垂れ、扉の金具は赤茶色に錆びていた。


 ――壊れかけた小屋。


 クエストに表示されていた言葉そのままの場所だった。

 俺は小屋の周囲を一度回る。

 裏手にはさらに奥へ続くような細道があったが、草が深く、今の時点ではどこまで続くのか分からない。


 俺は入口へ戻り、扉に手をかける。

 少し引くと木が軋む音を立てて扉が開いた。


 月明かりはほとんど入ってこないため、中はかなり暗かった。

 俺はランタンを取り出して灯すと、淡い明かりが小屋の中に広がった。


 少し意外だった。


 中は見た目ほど荒れていない。

 床には乾いた泥が薄く残っているが、人が通れるくらいには片付いている。


 家と呼べるほど広くはない。

 それでも荷を一度置き、短い休憩を取るくらいの空間はあった。


 ずっと前から建っていた小屋なのだろう。

 だが、完全に放置されていたわけではない。

 入口に近い床はほこりが薄く、泥の跡も新しい。


 森の正面ルートをまっすぐ進めば、この小屋にはたどり着かない。

 それでも、《折れた道しるべ》からここまでは轍の跡が残っている。


 やはり、この古い道は荷を運ぶために使われていたのだろう。

 見た目よりも片付いていた小屋にも、意味があるように思えた。


 俺は部屋の奥に置いてあった木箱の前にしゃがんだ。

 箱の底板に汚れた紙が挟まっている。

 指先でそれを引き抜くと、ところどころ文字がかすれていた。


 目の前にアイテム表示が浮かぶ。

  

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