黒い怒り
あたりからは喧騒が聞こえる。視界が開けると、差し込む光に景の目が眩んだ。そこは大理石に包まれた空間に、驚くほど多くの人間がいた。
身なりのよい彼らは怒号を飛ばし、何かを言い争っているようだった。しかしこの場に景とフレデリックが現れたことで状況は一変する。彼らは言い合いを止め、この場の中心に現れた景たちに絶句していた。
何処ここ?誰あれ?貴族?
景は冷たい大理石に寝かされたまま、視線を走らせる。左右に身なりのよい人々。街の人間たちは着ていなかった高級そうな服。中には権威のためかカツラを被った人間までいる。前方には何やらそれを取りまとめる裁判官のような立ち位置の人が座っている。
裁判…?…!
そこで景は思い出した。自分の処遇が今どこで話し合われていたかを。ここは、議会だ。
議員たちは突如現れた二人に動揺を見せる。ある者は畏怖し、ある者はこの場を逃げ出そうとし、ある者は顔を青くし、悲鳴を上げた。
「その者は渦中の異世界人かッ!」
「テロリストよお!」
「何を考えておる一番騎士ッ!」
パニックに陥る議会の中で、たった一人、鋭く声を上げた者がいた。その声の厳しさは、思わず議員たちの足を止めさせる。だがその声は、景の聞き覚えのある声だった。
「な、なんでお前がここに…ッ!」
床に頬着いた景は顔を上げる。そこには、議員たちの視線が一点に降り注ぐ証言台に立つ、ツリ目の騎士の姿があった。
「ふえ!?ぉぃぁーぁん!?」
口が拘束されているためうまく発音できないが、景と目が合い、振り返ったのはオリヴァーだった。彼はそのツリ目を驚いたような見開き、同時に焦ったように険しい声を上げた。
「フレデリックッ!どういうことだッ!」
国一番の騎士を呼び捨てで呼んだ彼に、フレデリックは少し弾んだ声で、とても親しげに答えた。
「やあオリヴァー。ソフィアは元気?以前贈った花束は喜んでもらえただろうか」
その様子は、街で景たちと会ったような形式的なものではない。互いに気心知れたような会話に、景は混乱する。どういうこと?オリヴァーさんどの立ち位置!?
一番騎士に怒号を飛ばしている彼に、景は怖くなった。オリヴァーはさらに視線を鋭利に尖らせる。
「無駄話はどうでもいいッ。まだ議会は終わっていない。なのになぜコイツを連れて来たッ!」
終わっていない?
景はオリヴァーの言葉に眉をひそめた。議会で景の処遇が決まったから呼ばれたわけじゃないのか?
彼らの反応から薄々察するに、景の出現は議員たちやオリヴァーはでさえ予想外のようだった。ならこの状況はどういう…。
手足を拘束された景が身をよじろうとすると、フレデリックが高らかに手を叩いた。
「それについては今から説明するよ。議員の皆さまもどうか席にお戻りください。これからケイ・クロカワに対する国の方針について、そして私からの提案をお話しします」
「提案?」とオリヴァーは訝しげな態度を隠そうともせず彼を睨む。フレデリックはその視線に、優美に微笑んで見せた。「よろしいですよね。議長」と、彼は許可を求める。落ち着いた議長は皆に着席を促した。「ご協力感謝申し上げます」とフレデリックは頭を下げる。彼は顔を上げ、議員たちが渋々座り終えるのを見届けると、本題を話し始めた。
「現在、当議会において話し合われている議題は二つ。一つは王都を光線魔法で焼き払い、白竜を召喚し、民衆をパニックに陥れた大罪人、及び詠唱のみで強大な魔法を発動するケイ・クロカワの処遇について」
改めて言われると自分の罪が重い。景は淡々と告げられる自分の状況に泣きたくなった。
「そしてもう一つは魔物の森のドラゴン討伐について。これにお間違いはありませんか」
フレデリックは議員たちに問いかける。議会がざわめく。「何を今更」と。議長は静かに頷いた。フレデリックはその答えに満足したように口角を上げる。
ドラゴン討伐?そんなの聞いたことないな…。
景はそう思ったが、彼らの中では周知の事実らしく、誰も驚かない。フレデリックは話をつづけた。
「今宵、王都に襲来すると予想される、怒り狂ったドラゴンたちの始末について。早急に対応せねばならぬ事案ですが…。今はそのことは置いておきましょう」
置いちゃダメでしょ。
心の中で景は震えた。今夜ドラゴンが来るなら絶対そっちを対応した方がいい。どう考えたって早急度合いが景とは違う。景と全く同じことを考えたらしく、議員の中から「置いておけるわけないだろ!」、「もう時間が無いのだぞ!」と非難の声が上がる。だが、景が視線を向けると、その議員のカツラが目に入った。色褪せることを知らぬ、光の当たり方で移り変わる美しい構造色。作り物などではないその髪は、景の中で言い知れぬ怒りを彷彿とさせた。彼らの声に、フレデリックは「ごもっともです」と余裕の表情を見せる。
「いずれ私の話はドラゴン退治へとつながります。ご安心を。ですが今、私はケイ・クロカワの処遇について話したい。そのためにはまず、ここにいる彼にも発言の権利を与えましょう」
そう言って、フレデリックはパチンッと指を鳴らす。その瞬間、景の拘束が口だけ外れた。光は粒子となって、空気に溶け込むように消える。口が自由になった景に、議員たちは恐怖で悲鳴を上げた。だが景はこの時を待っていたかのように叫ぶ。
『反拘束魔法!』
景が唱えたと同時に手足の拘束が外れた。身体が自由になった景はすぐさま立ち上がる。だが、その一挙手一投足が議員たちを怖がらせた。すぐに控えていた要人の護衛騎士たちが景を取り囲み、剣の切っ先を円状に構える。景の心臓が不規則な音を立てて狂いだした。
息がつまる。運動もしていないのに肩を上下する。景はギロリと騎士たちを睨んだ。その視線に、騎士たちは一瞬怯む。それがまるで、手負いの獣のような恐ろしさを秘めていたからだ。その時。
「やめろお前らッ!ケイ・クロカワもだ。何も言うな。何も唱えるな。静かにしていろ。そうすれば、オレたちはお前に危害を加えない」
オリヴァーの声は、まるで猛獣に対する怯えに近い弱さを孕んでいた。それは景の顔が、この場をどう制圧するかを考える、殺気立った表情をしていたからだろうか。
その様子を、フレデリックは予想外だったというように目を見開いていた。そしてなぜか慈しみ深く、ゆっくりと目を細めた。
「ああ、君は反転魔法まで使えるのかい?」
微笑んだ彼の表情が、景にとっては不吉でならない。オリヴァーは「やめろ」とフレデリックを低い声で叱る。獣の如き凶暴さを見え隠れさせる景は、オリヴァーの言葉を耳に入れると、わずかに臨戦態勢を解いた。
「本当、ですね?」
景はオリヴァーに鋭く、なのにか細く震えた声で問いかけた。「本当だ」とオリヴァーは冷静に頷く。周りの目が、怖い。議員たちが騒ぎ立てている。不規則に脈打つ心音が嫌に耳障りだ。
危うく揺れる景の視線は周囲の騎士たちへと向かう。オリヴァーは彼らに剣を下ろすよう命じた。騎士たちは抵抗を見せる。だがオリヴァーに「下ろせ」と言われ、皆は仕方なく切っ先を下ろした。それと同時に、景は安堵したように震えた体を腕に抱える。
「いいでしょう…。すみませんでした…」
景は自らの手で口を押え、喋らぬ意思を表明した。手には汗がびっちょりで少々気持ちが悪い。こんなに冷や汗かいてたんだ、俺…。自分でも気づかなかった怯えを沈めるよう、目を閉じ、景はゆっくりと深呼吸する。驚くほど大人しくなった景の様子に、周囲の騎士たちはおろか、議員たちまでもが驚き、黙り込んだ。だが、その中で一人、フレデリックだけは不敵な笑みを浮かべていた。
「おわかりいただけましたか?彼はとても穏やかな性格をしており、心優しい青年です。私たちが危害を加えない限り、彼もまた故意に我々に危害を加えることは無いでしょう。それは我が友、二番騎士オリヴァーが提出した報告書通りです」
不敵な笑みとは裏腹に、フレデリックはなぜか景を擁護する立場を取った。けれど景には今それ以上に気になることがある。
二番騎士?
話してはいけないので、景は視線だけでオリヴァーに問いかける。
一番騎士の友、二番騎士…、この国の騎士の、ナンバー2…。
No.2!?
オリヴァーのとんでもない肩書に、景は彼を二度見する。景の全身に鳥肌が立った。オリヴァーは渋々苦い顔で頷いた。「この人そんなに強い人だったの!?」と景は話せないのに絶句した。
そんな二人のやり取りの中、議会はかまわず進行していく。フレデリックは高らかに告げた。
「ご覧いただいたように、彼は我々の敵ではない。彼は剣を向けた我々に対し、自分の非を認め謝罪した。さらに自ら顔も知らぬ私たちのために口を閉ざした。聖騎士として私は、彼の勇気に敬意を払い、救いの道があるべきだと考えます」
フレデリックの言葉に、景は目を丸くした。この人は景を陥れるためにここへ連れて来たのではない。景の身の潔白を自ら証明させるために連れて来たのだ。
「確かに彼は光線魔法で人々の居住区を焼き払いました。しかし奇跡的に死傷者は出ておりません」
え!?そうなの!?
景は衝撃の奇跡に息をのむ。「えーよかったー」と思わず胸をなでおろす景に、フレデリックはさらに続けた。
「彼はミックスという盗賊に誑かされただけであり、それは無知ゆえの悲劇。然るべき教育と対応を受けさえすれば、彼は我々に応えてくれます。大戦の英雄、メリザンド・リック・フーバーが彼を教え子として私から庇ったのも、彼の誠実さが所以でしょう」
“メリザンド”。その名を彼が口にした途端、議会はどよめく。「大戦の英雄!」「あの伝説の!」と言う声が口々に聞こえてくる。どんだけ力持ってんだろ。メリザンド先生…。景はオリヴァーと同じく、メリザンドにも呆れた。だが肩を落とした景の隣で、オリヴァーは敵意を剝きだしてフレデリックに問いかける。
「理由は分かった。だがお前のその提案は、今のドラゴン討伐の話を遮ってまですることだったのか?ただでさえ時間がない中、わざわざこのタイミングで会議に割って入ったことに、それ相応の理由があるんだろうなあ?あ゛?」
ドスの効いたオリヴァーの声がフレデリックに降り注ぐ。隣で聞いていた景は震え上がった。目つきも相まって、オリヴァーの表情が怖い。景は初めて彼と会った時を思い出した。そんな彼に、フレデリックは自信満々に笑いかける。「ああ、もちろん」と言ってオリヴァーを黙らせた。フレデリックは議員たちに向き直る。
「長々とお話ししました。ですが私の今の行動は、全てある提案に沿うものです」
提案。最初にフレデリックが言っていたことだ。景は、否、議会は彼の言動に一斉に注意を向けた。彼は堂々と、その案を口にする。
「私の提案はただ一つ。敵意のない彼を、我が聖騎士たちのドラゴン討伐に加えていただきたい」
ケロッと言い放った彼の言葉に、議会が耳を疑ったかのように沈黙する。それは景も同じだった。
俺を?ドラゴン討伐に?加える…?
「え?」
景は塞いだ口から声を漏らす。そして視線が集まったので、ごまかすように慌てて首をぶんぶんと横に振った。驚愕したオリヴァーが口を開く。
「急に何を言い出す。コイツにそこまでの安全性は…」
「安全性は無いかもしれない。けれど彼が戦力に加われば、上手くいけば死傷者を大幅に減らすことが出来る。そうは思わないかい?」
オリヴァーの言葉を遮るように、フレデリックは彼に歯向かった。オリヴァーは焦ったように怒鳴る。
「それはあくまで“上手くいけば”の話だッ。保証がない以上、コイツはさらなる死傷者を出させる可能性だってあるッ。ドラゴンの群れの中にコイツという爆弾を放り込んで一掃するつもりなら、それは無理な話だ」
「それでも私は実行すべきと考える。魔物の森のドラゴン。普段は森に潜む彼らが群れを成して襲ってくる、この予期せぬ危機。死傷者の数さえ予想できない。ならば私はルーデンシオ王国一番騎士として、君の上官として、打てる手は全て打っておきたい。わかるね?オリヴァー」
彼の名を呼ぶフレデリックの声は優しい。しかしその決断が景には一切優しくないように聞こえる。「彼を戦闘に?」「危険すぎる!」「こやつのせいで国が滅びればどうする!」と議員たちが口々に彼を非難した。正直景もそう思うので、景は心の中で「そーだそーだ!」と乗っかっておく。だがフレデリックは挑戦的に口を開いた。
「現在、魔法士たちは先の焼き払われた王都復興、及び召喚された白竜の帰還誘導で多くの魔力を失っております。前線に立てるのは極少数。あとは魔法で劣る我々聖騎士が前線に立つしかありません。ですがそれだけでは少々心許ない。私は皆様に、彼の前線参加を要求します」
堂々と張り上げた彼の声に、皆が圧倒される。「どうする」と。だが景にはその要求が脅迫にしか聞こえなかった。ほとんど自分のせいであるが、景は「ちょっと待って!俺戦えません無理です!」と口を開いてしまうほど動揺する。
その瞬きの間、議員のざわめきと同時にオリヴァーが剣を抜いた。景の喉元にその切っ先を滑らせる。彼は「黙れ」と口にした。景は両手を上げて敵意が無いことを証明する。そしてコクコクと剣が当たらないように頷いた。議員たちのざわめきが少々治まる。フレデリックはなぜか笑みをこぼしていた。「ねえ、ケイ・クロカワ」と彼は問いかける。
「なぜ森に住む彼らが王都なんかに襲ってくると思う?」
にこやかな彼に、景は「え?」と返す。知るわけないだろ、と景は首を傾げた。フレデリックは剣を挟み、景と向かい合う。
「実はね、それは誰かさんが王都からドデカいビームを放って、森を焼き払っちゃったからなんだ。酷いよね。これ、誰のせいだかわかる?」
その瞬間、景は彼の言わんとしていることを察し青ざめた。彼の綺麗な笑顔は、目だけが一切笑っていない。魔物の森は城壁の外。城壁をぶち壊したビーム。それを放ったのは…。
景は自分の掌を見た。ミックスに言われて初めて呪文を唱えた記憶が鮮明によみがえる。
俺じゃねえかあああああああああああ!
ビームを出したその手に、景はワナワナと震え出す。そして「皆さまごめんなさい!」とオリヴァーの剣を潜り抜け、勢いよく床に額を擦りつけた。
土下座とうい概念を知らない彼らはオリヴァーでさえも「なんだなんだ?」と景の奇行に動揺している。どうやら誠意は全く伝わっていないようだった。「腹でも切りましょうか?」と澄んだ瞳で言ったら、オリヴァーから「気持ち悪っ」と辛らつな一言を飛ばされてしまった。自分の常識が通じないって怖い。景は今になってカルチャーショックを受ける。だが、全てが自分の行いのせいで皆の手を煩わせているという事実に、景は耐えられなかった。
そんな床に膝つく景の肩を、フレデリックはかがんでポンと叩く。
「なら、どうしたらいいと思う?」
まるで子どもを躾けるように、彼は優しく、笑顔で叱ってくる。「どうする」と訊かれて、景はしどろもどろに答えた。
「自分で、なんとか、しま…す?」
その答えに、フレデリックは満足そうに頷いた。
「うん、そうだね。なら自分のしたことは自分で責任取って、ドラゴン退治に参加してくれるよね?」
「おいコラ、フレデリック」
トントン拍子に話を進めようとした彼に、オリヴァーが待ったをかける。彼の目はフレデリックを相当訝しんでいた。
「ソイツを誘導して納得させても、議会はそうはいかない。第一、コイツの魔法が暴発した時の責任は誰が…」
「責任は私が取ろう。戦場でも、彼を我々の監視下に置き、できる限りの安全対策はする。君も手伝ってくれるだろう?彼に最初に目を掛け、メリザンド卿に紹介したのは君なんだから」
「な!?」
フレデリックはオリヴァーをも都合よく巻き込み、清廉な笑顔を見せる。オリヴァーは顔が引きつって何も言えなくなっていた。フレデリックは議会に再度向き直る。
「ここに、ルーデンシオ王国一番騎士、二番騎士両名が彼を監督する意を表明しました。大戦の英雄、メリザンド・リック・フーバー現役の時代は、議会の遅れにより多くの人々が犬死したと聞きます。ここで手をこまねいていては、大戦の頃の二の舞となるでしょう。これ以上の打開策が他にあるでしょうか。あるならばご意見を。なければ議長、ご決断を」
聖騎士ツートップの名が並べられ、議会はこれ上ないほどざわめいた。しかし反対意見を言える者も、これ以上の代替案を出せる者もおらず、議員たちは次第に静まり返った。静寂となった大理石の間で、議長の木槌の音が響く。
「可決しましょう。我らが一番騎士、二番騎士。国を、よろしくお願いいたします」
老齢な議長は白髪の頭を、恭しく彼らに下げた。「承りました」と二人の声が揃う。フレデリックは議長と同じく恭しく、オリヴァーは若干嫌そうに、胸に手を当て、頭を下げた。
「…え?」
我に返った景は、勝手にやったこともないドラゴン退治に身を投じられることが決定したことを今更悟る。そして指先から腕にかけて、やがて全身が震え出した。
「ま、待ってください…。俺、ドラゴンなんて」
「準備しろ。伝令は聖騎士たちを城壁に集め、万全を期せ。こうなったらあらゆる可能性を考えろよ」
「はっ!」とオリヴァーの不機嫌な命令を受け、扉の前で控えていた伝令が走り出す。「無理です」と言いたかった景は、彼の慌ただしく、言い出せない雰囲気に絶望した。だがそれも束の間、議長席から視線を移したフレデリックは景に向き直る。そして彼は景の肩を持って、静かにこうつぶやいた。
「君は選択のさ中にある。このままテロリストとして疑われ処分されるか、私たちと共に戦い、生きる道を選ぶか。君は、どちらを選ぶ?」
彼の言葉の重みに、景は息をのむ。彼は景を利用しながらも、国の民を守ろうとしたのだ。そして、景のことまでも。利用価値を見出した議員たちの目の色は変わる。景を処分対象ではなく、どう利用して立ち回るかべき存在かを、彼らは慎重に見定め始めた。景は、この人により生かされたのだ。彼が景をどう思っていようと、その事実だけは変わらない。景は両膝を床から離し、彼の差しだされた手を取り、立ち上がった。
答えなど決まっている。それはもちろん生きる道だ。
「わかりました。協力しましょう」
景はその場で、覚悟を決める。フレデリックは頬を緩ませた。まだ立ち去れぬ議員たちは、景の動向を見ている。景はフレデリックの手を取ったまま、あることを口にした。
「ただし、二つ条件がある」
「条件…?」とフレデリックは緊迫した景の雰囲気に目を瞬かせた。景は片手で人差し指を立てる。
「一つ。あの構造色のカツラの議員に言っておいて欲しい。その色が地毛の子に感謝しろと、尊敬の念を忘れるな、と」
「…ッ!」
突然の景の要求に、議員たちは固まり、フレデリックは意外そうに目を見開いた。
「了解。二つ目は何かな?」
あっさりと了承したフレデリックに、景は二本目の指を立てる。
「二つ目。これはあなたに」
「私に?」
景はフレデリックに爪を立てるよう肩をつかむと、低い声でこう言った。
「亡くなった人のことを犬死と言うのはやめろ。それは死者への冒涜であり、何よりこの国の為に尽くした人たちに失礼だ」
今まで穏やかだった態度から一転、景は怖いほど語気を強め、フレデリックを睨んだ。景の目は、黒い怒りに染まっている。
「ああ、肝に銘じる。訂正するよ…」
驚いたようにフレデリックは少しだけ言葉を詰まらせた。一番騎士たる彼が一瞬でも気圧されたことに、議員たちはどよめく。ただ一人を除いては。
「何してる。ただでさえ時間がないんだ。早く準備しろ」
オリヴァーはぶっきらぼうにそう言うと、景たちを催促した。フレデリックは我に返ったように「あ、ああ」とつぶやく。景は思い出し、「そんな…」と憂鬱な気分となったように肩を落とした。それは怒りに染まったものとは違う、いつもの景だった。フレデリックはまるで幻でも見たかのように呆気に取られている。「何ですか?」と景が聞けば、「いいえ…」という返事が返って来た。
「正しき者には救いを。共に頑張ろう。ケイ・クロカワ」
結構信仰深い人なのか、彼は道徳的に清らかな言葉を使う。八百万の神の国出身の景は、大丈夫だろうか、と若干この人の態度に不安を抱いた。
かくして、景の生存を賭けたドラゴン退治が始まるのだった。




