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唱えただけで魔法発動  作者: 佐野いさ
第一章、初めての魔法編
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8/19

一番騎士、フレデリック

「物質創成魔法はこうじゃ。“セラフィーア”」

物質創成魔法(セラフィーア)

「そうじゃケイ!サイズはだぶだぶでまばらじゃが、そこは初めてじゃから大目に見よう。調節はワシが。ほれ、似合っておるぞ!」


 魔法のコントロールと使い方を一通り学んだ景は、現在、物質創成魔法という大きな挑戦をしていた。だが、作っているものは大層なものではなく、景が今求めてやまない、快適な服と靴だった。病院服、片足スリッパ姿の景は、熱心に創造し、歪ながらもようやく形になってきている最中だった。景の創造したジャージの上着と靴がメリザンドの調整により、景の骨格にフィットする。着心地もいい。履き心地は…。


「靴下作っとくんだった…」


 直履きしたスニーカー姿で、景はしゃがみこむ。上着と靴作っただけで、脳の疲労感が酷い景は、もう体力がなくなっていた。創成魔法とは、細部にまで思考が行き渡っていないと完璧な形を作ることはできないらしい。ゆえに元いた世界の着慣れた服を作るのに、かれこれ一時間以上はかけている。靴下を作る元気はもうない。そんなうなだれている景に、メリザンドは笑い声を上げた。


「靴下か!ワシの作ったのならやるぞ、ほれ!」


 彼女は何もない所から一組の黒の靴下を出現させた。景はまさに求めていたものが現れて驚愕する。「さすが先生!」と周りで退屈していた子どもたちまで唸った。頭を悩ませ、ただでさえ少ない体力が限界を迎えようとしていた景は、ホッと体の筋肉が緩む。靴下を履き、再度靴を履く。


「あ、あったかい…」


 この世界…というかこの国の気候は景のいた国より些か気温が低い。防寒着を手に入れた景は満足げに頬をはにかませた。「何この服、ダッセー」などと文化の違う子どもたちの辛辣な意見が聞こえてくるが、景はもうどうでもよくなっていた。今は彼らに服を引っ張られようが何されようが笑って許せる。

 そんな景を子どもたちは若干気味悪がっていた。笑顔で棒立ちの景から逃げるように、子どもたちはメリザンドの背に隠れようとする。「おやおやどうした」とメリザンドは驚いていた。景の無敵状態が終わる。早くも傷ついた。


「ごめんって」と肩を落とした景に、子どもたちは様子を伺うようにひょこひょこと顔を出す。まだ大人との接し方を知らない子どもたちは、景の扱い方を決めかねているようだった。「まあ、そうだろうな」と景は心の中でつぶやく。


 大罪人で異世界人。大人でも対応に困る景の扱いを、子どもがどうしろって話だ。それでもここにいてくれる彼らには感謝しなければならない。うなだれる景に、メリザンドは「ふーむ」と考え込むように頷いた。


「このままではケイがただの変な人で終わってしまうな…。よし!街に繰り出てもっと社会を勉強しよう!お主らもついてくるのじゃぞミックス、ケイ。子どもたちと一緒に街を探検じゃ!」

「え!?街!?」


 景の動揺はそのまま見張りの騎士たちにも及ぶ。彼らはの反対の意向は声に示さずとも読み取れた。だがメリザンドは周囲の彼らに挑戦的に言い放った。


「よいであろう?騎士一同よ。それとも何か?お主らではこのメリザンドがついていながらも街を守れぬと申すのか?小童ども」


 煽り文句を放つ彼女はしたり顔で微笑む。だがその瞳には、有無を言わさぬ圧倒的な威圧感を備えていた。騎士たちはどよめく。街への危害と、国の方針を考えれば景だってここに留まるべきだと思う。しかしメリザンドはこうも言った。


「今、こやつに求められるのは社会規範と呪文の知識じゃ。それを享受するためお主たちの親玉は穏便な方法でワシを選んだのじゃろう?ならばその意に従い、こやつにもっと実践的な経験を積ませるべきじゃ。そうは思わぬか?」


 メリザンドと国家の意見で、騎士たちは板挟みとなる。どちらの意見も正しい。だがメリザンドの自信満々な笑みが、騎士たちの心を動かした。やがて彼らは渋々頷き、景に王都探索の許可を出した。景だけでなく、ミックスまでもが驚愕する。「わお!やったじゃんケイ!」と彼女は明るく言ってのけるが、凄いのはメリザンドがそれだけの信頼を勝ち得る人物であったことだ。彼女は「やったな!それでは行くぞ!」と子どもたちを率いて青空教室を後にした。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 街は驚きに満ちていた。


 景は騎士たちの視線を感じながら、周囲の物に目を凝らす。全く使い方の分からない道具や、歪な模様の宝石。中には勝手に棚を抜け出してはばたいている書物まである。やたら物を売っている場所が多いなと思ったら、どうやら景たちは市場に来ていたようだった。

 先頭のメリザンドは、果物の露店で買い物をしている。


「よいか?ワシは3クウのマカカを3個、1アグのモファファを2個買おうと思う。さーて、ワシはいくら店主に払えばいいと思う?」


 彼女は景が見たこともない真っ赤な木の実三つと、白いメロンのような果物を二つ、宙に浮かばせていた。これがこの世界でのメジャーな食べ物と、その相場らしい。子どもたちは何の疑問も持たず「はいはーい」と手をあげていた。彼らの後ろで、景も必死にメモを取り、考える。


 3クウが銅貨三枚。1アグが銀貨一枚。よし、覚えてる。てことは…。


「9クウと2アグ!」

「正解じゃ!」


 正解した子の頭を、メリザンドは撫でる。景も自分の計算が合っていたことにホッとした。身についてきている。だんだんこの世界のことがわかってきたような気がして、景は少しばかり安堵する。


 そんな時。景は後ろから誰かに肩を叩かれた。振り返ると、目の前に飛び込んできたのはボロボロの汚れたローブ。それで全身を覆い隠した男が悠然と立っていた。

 音もなく背後にいた背の高い男に、景は目を剥いて「誰これ!?」と悲鳴を上げそうになる。すると景に悲鳴を上げさせぬまま、男は顔の見えぬ姿で話し始めた。


「失礼、怖がらせるつもりはなかったんです。どうかお許しを」


 怪しすぎる見た目とは裏腹に、男の口調は丁寧だ。その差異が、景の恐怖心をさらに煽る。


「何、ですか…?今忙しいんですけど…」


 景は苦笑いでこの場を切り抜けようとする。波風立てぬよう、相手を不快にさせぬよう、それはそれは引きつった笑顔で断りを入れたつもりだった。だが、彼は景の肩を強く握った。


「珍しいお召し物だ。珍しい気配に、珍しい魔力量、珍しい顔立ち。一体貴方はどこの誰です?」


 珍しい四連発の質問を重ね、彼は景を逃がさぬように囁いた。「これを聞き終えたら、私は満足です」と。景の背に、嫌な汗が伝う。


 景の直感が告げている。この人に関わってはならない、と。異世界と言えども怪しい人の特徴は変わらない。答えてはならない。反射的にそう思わされる。だがなんだろう。この違和感は。


 目だけで周囲に視線を配ると、見張りの騎士たちの動きは無い。普通、景のような危険人物に一般人が近づくことをよしとするだろうか。もっと言えば、彼の方が危ない人物だった場合、メリザンドが景のもとへ飛んできてもいいはずだ。けれど彼女は遠目で見ても、今も楽しそうに子どもたちに計算の仕方を教えている。ミックスに至っては道行く人の財布を掠め取ろうと引っ切り無しに手を伸ばしている。

 存外自由人な皆に、景は肩を落とした。誰も自分のことを心配していないことに寂しさを覚えつつ、景はため息とともに顔を上げる。


「どこの誰でもいいでしょ?連れがいるのでさようなら」


 景は言葉少なに彼の手を振り払うと、少々不機嫌な顔でミックスにスリをやめさせるべく、人ごみの方へ足を踏み出した。だが、彼は食い下がった。


「おや、会話はお嫌いですか?ですが見知らぬ相手でも、去り際の挨拶くらい交わすものでしょう?それが礼儀です。“タラウア”、と」

「…。(たら)?」


 男の言葉に景は足を止めた。聞き馴染みのないその言葉が、どうやらこの国の礼儀として大事な言葉のようだったからだ。興味を持った景に、男は声を明るくし、頷いた。


「そうです、“タラウア”。人々が別れ際に用いる言葉です。ご存じないのですか?」


 全然ご存じなかったが、景はこの怪しい人から今、社会常識を学んだ。


 え?何それ?鱈?こっちの世界で言う「バイバイ」くらいの意味なのかな?


 頭に疑問符が浮かんでいる景は、それを悟られぬよう歪に笑顔を作る。だが、彼にはバレていたようで、男はローブに包まれた右手と、景の右手を優しく取りながら言った。


「この国では親しき者もそうでない者も、握手を交わし、“タラウア”と言って去るのが常識です。試してみます?タラウア」


 少し弾んだ声で、彼は景の手を握る。思った以上に硬い手だ。柔らかい声に似合わず、何か防具のようなものを身に着けているのかもしれない。それこそ鉄製の…。


「どうしたのです。お仲間が気になるのでしょう?さあ言って」

「え、ええ…」


 まるで友人のような距離感の彼に、景は少々戸惑った顔を見せる。だが本当にミックスのことが気がかりなのと、別にはばかられることでもないので、景はそれを素直に口にした。


「じゃあさよなら。『雷撃(タラ)付与()魔法()』」


 困り顔でそれを言った瞬間。景の右腕に目に見えるほどの稲光が走る。痛みを伴ったそれは、男の手を弾き飛ばすように離させた。


「~~~~~~~~ッ!」


 突然の感電に身もだえした景は声にならない悲鳴とともに足を下げ、男を睨みつける。


「何を…」


 そう訊こうとした。しかし彼のローブの隙間から初めて口元が露わになった。その整った口元はニヤついたように口角が上がっている。


「すまないね。まさかこんなに綺麗に引っかかってくれるなんて思わなかったんだ」


 先程の怪しき笑みとは違う、明確な計画が上手くいったという満足気な笑み。最初から嵌めるつもりだったその言動に、景は背筋が凍った。彼は景に、まるで赤子をたしなめるような声で言った。


「意味も知らず、唱えただけで本当に魔法が出るとは驚きだよ」


 笑みを深め、彼は景に歩み寄ろうとする。しかしその瞬間、血相変えたメリザンドが景の前に割って入った。


「お主、何者じゃ」


 彼女は景を庇うように降り立つと、ローブの男を景より数倍鋭い眼光で睨みつけた。よほど焦っていたのか、子どもたちを遠くに置き去りにしている。だが彼女の面持ちは、子どもたちを怖がらせるほど恐ろしく、そして険しいものになっていた。


「幾重もの認識阻害魔法。さらには結界、干渉阻害魔法。どう見てもそこらの悪党ではないじゃろ。何者じゃ貴様」


 メリザンドの長髪は覇気のように揺らめいた。土ぼこりが、彼女から逃げるように波打つ。押しつぶされそうな威圧感。風が、空気が、まるで彼女の所有物のように一定にとどまり始める。

 小さな体から放たれる圧倒的な力。景は思わず身震いした。だが、ローブの男はその笑みを絶やさない。それどころか彼女に硬い手で拍手を送っていた。


「さすがです、メリザンド卿。前線を退いてなお、そのお力衰えぬとは恐れ入ります」

「ぬかせ小童。音まで阻害されておるのか?お主は誰じゃと訊いておる。名を名乗れ。目的はなんじゃ。場合によってはこの場で消えてもらうぞ」


 彼女の語気は、逆らえば死に直結することを連想させる。けれど彼はそれに歯向かうことなく、すんなりと従った。


「失礼いたしました。このような姿で警戒させてしまい申し訳ありません」


 彼は頭に手をかけ、自ら汚れたローブを剥ぐ。

 清廉な白の髪に、緑色の瞳。甘いマスクに優しそうな泣きぼくろ。その体には鉄の鎧を纏い、その腰にはオリヴァーと同じ剣が携えられている。


「騎士…」


 思わず漏らした景の言葉に、彼はそっと頷き、メリザンドに跪いた。


「お初にお目にかかります。メリザンド卿。私はルーデンシオ聖騎士団が『一番騎士』、フレデリック・ケル・ラヴェルと申します。以後、お見知りおきください」


 景には彼の言ったことがわからなかったが、メリザンドは大きく目を見開いていた。そして「『一番騎士』じゃと!?」と、覇気も忘れて、今日イチびっくりした声を上げている。


「え、ケル?オリヴァーさんと同じ?聖騎士?一番騎士って何それ?」と景が限りない疑問に右往左往しているところで、彼は顔を上げ、メリザンドの背後を見据え、真剣みを帯びた表情でこう告げた。


「目的はケイ・クロカワの拘束、及び連行です。引き渡していただけますよね。メリザンド卿」


 うだうだとしていた景の背筋が凍る。そして顔からどんどん血の気が引いて行った。彼の自分が正義だと言わんばかりの微笑みは、口角は上がっていても目だけは笑っていない。景は息をのんだ。このタイミングでオリヴァーと同じ騎士。それはつまり自分の処遇が決まったとういこと…。そう思うと、景の指先が嫌に震えた。


『サークリット』


 フレデリックの口が冷たく動いた瞬間、景はその場に膝から崩れ落ちる。気づけば景の手、足、口元は光の輪によって拘束される。


「ケイッ!」


 メリザンドの叫びとともに、景は石畳の上にドサリと倒れ込む。だがもう一つ、景とは別の倒れ込む軽い音があった。


「おい大丈夫か!」


 群衆のどよめきの中、一人の少女がその中心で倒れている。視線を向けるとそれは景と同じく光の輪で拘束されたミックスだった。景とメリザンドは目を剥く。そしてメリザンドは頭に血が上ったようにフレデリックに怒鳴った。


「待て一番騎士!あの子は関係ないじゃろう!」


 メリザンドは焦ったように牙を向く。彼は立ち上がると、ミックスの方に視線を向けた。


「彼女はケイ・クロカワを誑かし、次々に危険魔法を唱えさせた重罪人です。それにスリの現行犯。彼女は彼とは別に、牢で捕らえさせていただきます」


 スリの件に関してはメリザンドも痛いところ突かれたように「うっ…」と黙り込む。それに関してはもう救いようがない。メリザンドたちはミックスが周りの騎士たちに連行されるのをただ見ていることしかできなかった。しかし景のことに関しては別である。メリザンドは深く呼吸を整え、フレデリックに向き直った。


「寛大な処置を。ワシが議会に出向いて証言してもいい。こやつは故意に国に仇なす者ではない。どうか、どうかこの老いぼれの提言を受け入れてもらえぬだろうか!」


 自分の行く末を案じるメリザンドの姿に、景は涙がこみ上げそうになる。だがフレデリックは無慈悲に言い放った。


「それはできません。貴殿は元宮廷魔法士とは言え、今はただの民間人です。議会に提言することは叶いません」

「じゃがッ…!」

「ですが。彼の処遇を決めるのは“彼自身”です。ご心配には及びません」


 メリザンドの言葉に覆いかぶさるように彼は言う。だがその意味が景たちにはわからなかった。


「ケイ自身?おい、それはどういう…」

『ミールワント』


 フレデリックは彼女の問いに答えず、唱えた。石畳の上に、時計の針が回るように魔法陣が描かれる。


「ケイッ!」


 メリザンドが手を伸ばすが遅かった。景はフレデリックと共に、沼に落ちるようにズブズブと魔法陣にのみ込まれる。沈みゆく片目から完全にメリザンドが見えなくなったところで景は頭の中であることを反芻した。


 “サークリット”が“拘束魔法”。“ミールワント”はなんだ。恐らくどこかへの“移動魔法”。


 景は魔法陣に沈んだ暗闇の中、彼女の教えを思い返す。


 大丈夫、覚えている。ならば“アレ”さえ唱えられれば状況は逆転する…!


 不安に押しつぶされそうな先の見えぬ暗雲、景は光の筋に思い切り歯を突き立てた。

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