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唱えただけで魔法発動  作者: 佐野いさ
第一章、初めての魔法編
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10/19

ドラゴン退治 前編

 星の見える、綺麗な紺色の空。景は風の強い城壁の上で、身震いしながら上着のファスナーを閉めた。これ作っといてよかった。夜の外とか耐えられない。体力及び耐久力の低い景はメリザンドの教えをヒシヒシと噛み締める。そんな時、後から城壁に上ったオリヴァーが景に声をかけて来た。


「おい、ケイ・クロカワ。これをやる。フレデリックからだ」

「一番騎士さんから?」


 景はオリヴァーの手に握られていたものを受け取る。それはゴツく、デカい、円錐状の拡声器だった。


「え、ええ…」


 こんなのあるんだこの世界、と景は感心する。手触りはプラッスチック製ではないが、それでも薄くて軽い、丈夫な作りだった。


「これは声の大きさを増大させる道具だ。お前が何を唱えたかこっちも知る必要があるのでな。使い方は…」

「ああ、なんとなく知ってます」

「え?」


 景がぽちっとスイッチを押すと、拡声器の音が「キィン」と夜空に響く。初めて見たはずなのに、なぜか使い方を知っている景を見て、彼は驚いていた。「ああ、元居た世界に似たようなものがあったんです」と景は補足しておく。オリヴァーは「そうなのか。不思議なこともあるもんだな」と興味深そうにしていた。それに関しては景も同意見だ。だがこの奇跡により、景の戦闘は格段にしやすくなる。


「オリヴァーさん、ちょっと試してみてもいいですか」

「えっ、呪文唱えるなよ…」

「唱えませんよ。行きますよ」


 景は肺に目いっぱいの空気を吸い込む。冷えた空気が肺を満たしていくのを感じる。そこで景は拡声器を通し、声を張り上げた。


『助けてくださあああああああああああああああああああああああああい!』


 まるで不審者に襲われた如き魂の叫びに、ドラゴン討伐のために城壁に集まった全ての人間が景に振り向いた。


「うん。性能ばっちりですね」


 清々しい顔して景は拡声器を撫でる。景の叫びを一番近くで聞いていたオリヴァーが目を丸くしている。


「お前、確認するのはいいが…。その言葉でよかったのか…?」

「何を言ってるんですか。俺はこれをいざってときあなたたちを呼ぶために使います。助けを求めることも勇気です。これが聞こえたら真っ先に飛んできてくださいね」


 いい顔で情けないことを言う景に、オリヴァーは少々反応に困ったように眉を下げる。景は拡声器片手に、呼吸を整えるよう息を吐いた。


「はあ、俺はとにかく生きていたいんですよ。せっかく拾った命ですし。メリザンド先生にも無事ですって報告したいし、ソフィアさんにだって心配かけたままです。モリシーに至ってはキッチン壊したこと謝らないといけません。今の俺なら反転魔法を唱えて直してあげられます」


 この世界での数少ない取っ掛かり。けれどそれが今の景を動かす。景の原動力は、そんな些細なつながりであった。「だから頑張ります、俺」と意気込んだ景に、オリヴァーは目の鋭さを少しだけ和らげる。彼は「そうか」とだけつぶやいた。防犯訓練を終えたところで、景は拡声器片手にとある本を開く。


「それは?」

「メリザンド先生からもらったものです。ほら、ソフィアさんの診療所にもあった。“誰でも簡単!魔法入門書”です」

「待て。それ子ども向けのくだらない魔法しか書いてないやつじゃ…」


 オリヴァーはせっかく和んでいた顔をしかめた。景は真剣な顔して頷く。


「そうですよ?でも大丈夫です。いざってときは肩こりを治す魔法で皆さんの援護をします」

「もう少しいい本貰って来いよ。なんなら議会の間から何冊からかっぱらってきたのに…」

「ダメです。今日のドラゴン討伐。ただでさえ時間のない中、俺はこの国の字が読めないんです。フリガナを振る時間、尚且つ唱えても安全性を重視するなら、これは俺の最高の魔導書です!」


 高らかに入門書を掲げる景の目は自信満々だ。「そんな些細な魔法で援護されても…」という異論は一切認めない。


「フレデリックさんは言いました。参加してくれるよね?って。つまりどんな形でも参加すればいいんですよ」


 こざかしく、戦いに全く積極的でない景に、オリヴァー「ええ…」と顔を歪める。「しょうがないじゃないですか!だって仲間巻き込んで暴発とかオリヴァーさんも嫌でしょ!?」と正論を叩き込んだ景は、怪訝ながらもオリヴァーを黙らせた。


「もう一回白竜呼ばれたいですか!?絶対に被害が拡大しますよ!」


 状況をわかっている景に、オリヴァーは反論も肯定もできない。景はため息つきながら入門書を捲り始めた。


「暗いですね…。これじゃ文字が見えない…。明かり魔法くらい唱えてもいいかな…?それかライトとかあります?」

「ああ、ほらよ」


 オリヴァーは顔を上げた景にランタンを手渡す。ガラス製の囲いの中に、火が入っているタイプだった。景は倒さないように慎重に受け取る。そしてそれを城壁の床に置くと、明かりを頼りに、ページにさらなる読み仮名を加え始めた。這いつくばりながらペンを動かす景の集中力は、さながら入試前の受験生だった。


 水の汚れをろ過する魔法。楽しい夢を見る魔法。嫌いなものの味を変える魔法。


 一切戦闘に役立たない呪文たちに、景は全力で読み仮名をふる。オリヴァーは呆れていた。


「なあ、お前の世界では本当に魔法はなかったのか?」

「ありませんよ。魔法どころか魔物も聖騎士もいませんでした。…そういえば、ケルってなんです?」


 ふと気になって景は顔を上げる。オリヴァーとフレデリックに共通するミドルネームだ。

 通称、ウケる君。ミックスが言っていたので、景はそれを覚えていた。


「漫才コンビ…。とか?」

「あの女に引っ張られ過ぎだ。“ケル”は聖騎士に与えられた名だ覚えとけッ」

「はい…」


 誇り高き名がまるでお笑い芸人のように扱われたことに、彼は憤っていた。これ以上怒らせたら本気でヤバいと悟る景は、大人しく黙る。ごまかすように視線を逸らすと、城壁の上で各所に指示を出すフレデリックの姿が見えた。


「ドラゴンは西側からやって来る。砲台の用意を。いざという時の陣形は…」


 忙しなく指揮を執る彼の口は淀みない。佇まいすら堂々としている。こういうのに慣れているのだろう。すると景は二つ目の疑問に引っかかった。


「そういえば…、白竜とドラゴンの違いって何です?俺の世界にはそれもいませんでした」


 ゲームや空想上の生物として見たことはあるが、その違いが景にはわからない。首を傾げるとオリヴァーは少しだけ怒りを抑えて答えた。


「ああ、白竜は神聖獣だ。ドラゴンは邪悪な魔物。これでわかったか?」

「いいえ、全然」


 知らない言葉を知らない言葉で翻訳された景は目を瞬かせる。けれどそれ以上の説明のしようがないのか、オリヴァーは困ったように首を捻った。


「ええっと…神聖獣は聖なるアレで…」

「アレって何ですか?」


 景の問いにオリヴァーは口ごもる。そして何度か唸った後で、オリヴァーは頭を掻いて、諦めたようにこう言った。


「まあ、見りゃわかるさ。オレが説明する必要なんてない」

「そんな投げやりな!?もうちょっと頑張って!?じゃなきゃ俺どれが敵かわかんない!」

「うるせえな、見りゃわかんだよ。そんな些細な事生物学者に訊け!オレはわからん!」

「ええ!?」


「そんな遺伝子レベルで違うものなの!?」と景は驚愕する。だが、その違いは景もすぐに理解することになった。


 あたりに警報音が鳴る。けたたましいその音は、景の心臓を締め付けた。


「来たか」


 オリヴァーが城壁の外に目をやる。隙のない構えとともに、夜空と大地の境目を睨んだ。

 地鳴りのような足音を立て、その影が群れを形作る。角に、棍棒を持った生き物。ムカデのような体に翅を持つ生き物。その中心にいたのは。


「あれがドラゴンだ」


 オリヴァーは静かにつぶやくと、腰の剣を抜いた。景は目を丸くする。

 群れの中心にいたのは、およそ三十階建てのビルくらいはありそうな、圧倒的に巨大な高さを持つ生物だった。腐った肉が剝き出しの太い骨にまとわりつき、鎧のように硬質な翼の横幅は、景の身長のおよそ百倍はある。大軍勢を引き連れて来たそれに、景は早くも気絶しそうになった。だがメリザンドの言葉を思い出し、景は踏みとどまる。そしてのけぞりそうになった体を何とか起き上がらせた。


 くぼんだ目からは悪意と殺意を感じる。白竜の威圧しただけの目とは違う、理性なき獣の瞳。

 景は竜とドラゴンの違いが今、はっきりとわかった。

 その喉が引き裂くような咆哮を上げた瞬間、景は負けを悟る。


 無理。どうしよう。勝てない。絶対無理。


 景はその場で棒立ちとなった。その時、オリヴァーが城壁に手をかけ、勢いよく飛び降りた。棒立ちの景は「え?」と声を漏らす。彼はその健脚で、大地を駆けると、すぐさま最前線に降り立った。


「総員構え!魔物を一掃せよ!」

「了解!」


 彼の掛け声に、景の見たことのある聖騎士たちが応える。それはメリザンドたちに出会う際、景を見張っていた騎士たちだった。

 オリヴァーは呼吸を整えると深く息をする。そして剣身をその手で撫でると、剣の刃はまるでダイヤモンドのような輝きを放ち、硬度を上げる。無詠唱魔法。それはオリヴァーに長く染みついた鍛錬の証拠であった。


「行くぞ」


 静かな声とともに、オリヴァーは軍勢を見定める。そして足を踏み出したその瞬間、迫りくる魔物をまるで豆腐でも切るかのように、あっさりと骨まで切断した。次々に魔物をただの肉塊に変えるオリヴァーに、景は声が出ない。オリヴァーさん…こんなに強い人だったんだ…と景は先ほどまで彼と普通に話していた自分を後悔した。


「ふふっ。派手にやっている」


 オリヴァーの開戦の合図に、フレデリックは呼応するように笑う。そして景の隣まで来て、彼は景の肩を笑顔で叩いた。


「じゃ、頑張ってね。くれぐれも、死なないように」


 物騒なことを言ってのけた彼に、景は冷や汗をかく。そんな景を見届けると、フレデリックは剣を抜いた。その剣には、剣身がない。


「私の魔法は彼と少し違う。私の剣は私の魔法が生み出すんだ」


 驚いた景をよそに、フレデリックは微笑みとともに剣を振るう。そこからは何もない柄から、剣身を形作るように渦巻く炎が現れた。


「私の炎は聖火。邪悪のみを切る聖なる炎。君には危害を加えないから安心してね」


 いや、ちっとも安心できないです。


 景は目だけでそう訴えかけたが、フレデリックには全く響いていないようだった。彼は赤き炎に照らされた笑顔を残し、視線をドラゴンへと戻す。


「では期待しているよ、ケイ・クロカワ。君を生かすにたる実力を見せておくれ」


 肩こりを治す魔法だけで応戦しようとしていた景に、彼はしっかりと釘を刺す。そして彼は顔を上げると、その背から白きエネルギー体のような翼が生える。


「え?」


 衝撃の出来事に、景は絶句する。フレデリックは「あははっ」と笑って景を見た。だがそれも束の間。彼は膝を屈指させ飛び立つと、その翼をはためかせ、ムカデのような魔物を焼き払った。

 宙を舞っていた魔物は無残に地面へ落ちていく。


 景は言葉を失った。剣と魔法。その両方を使いこなす二人に絶句する。多分、景ができることは何もない。普通に強そうな聖騎士たちは、各々のやり方で剣に力を込め、魔物を屠り去っていた。


 フレデリックはああ言ったが、このままでも大丈夫なんじゃないかと景は握っていた拡声器の手を緩める。しかしその瞬間、ドラゴンの口からまるでレーザーのようなビームが放たれた。それは一撃で景のいた城壁のま隣を消し飛ばす。景は早々に死を覚悟した。ギギギと隣に顔を向けると、石の城壁は跡形もなくえぐり取られたように消えている。


 このままではヤバい。皆は大丈夫でも景は死ぬ。


 防御力ゼロ。戦闘力皆無の景は、歴戦の戦士たちとの差に絶望した。景はとりあえず拡声器にて、『助けてオリヴァーさあああああん』と叫ぶ。しかし戦場の真っただ中にいるオリヴァーは、景の叫び声に振り向きもしなかった。「そんな薄情な?!」と景は再び声を上げるが、彼には今、目の前の魔物しか見えていない。


 景は何とかしようと肩こりを治す魔法を唱える。しかし効果があるのかどうかはわからない。彼らは皆、鍛えられた屈強な戦士たちだ。まだ現役の彼らに、肩こりの苦しみを知る者がどれだけいるか定かではない。景がそんな地味な魔法を唱え続けた時、ドラゴンの口からまたビームが放たれた。景はその場から逃げ、全速力で城壁を走る。と言っても景の足は遅い。ドラゴンからすれば景の走った距離など誤差に過ぎない。それでも景は走り続けた。


 唱えるか?溶解魔法(ベノッフォ)爆発魔法(オイシイ)、いやでもそれは周りの聖騎士たちまで巻き込むかもしれない。


 一応記憶にある攻撃魔法を辿り、景は葛藤する。指さしである程度コントロールできたとしても、交戦中の味方と魔物の陣形は混ざり合い、発動可能な安全地帯は極端に少ない。そこを景が指そうとすれば、また違った味方が陣形を変える。戦闘経験などない景には、陣の移り変わりは読めない。


 ならばどうするッ…。


 景が歯を食いしばった、その時だった。城壁を走っていた景の身が、ストンと壁の陰に消える。何かの取っ掛かりに足を取られた景は、無様に転んだ。「痛…!」と思い切り体を打ち、景は膝を抱えた。

 足元を見るとそれは、何かの箱から飛び出している、誰かの足が引っ掛かったようだった。足だけが刺さっている不気味な箱に、景は戦場での恐怖を覚える。


 まさか死体の、足…。


 景が息をのんだその瞬間、勢いよく箱が開いてジャガイモがあふれ出す。大量のジャガイモの中から顔を出したのは、両手で蒸かしたイモを持ち、もぐもぐと口を動かすミックスの姿であった。あまりに滑稽な姿に、景は絶句する。ミックスはジャガイモ風呂に身を沈め、景を見つけるとこう言った。


「あっ!ケイおひさ!ケイもいる?」


 蒸した片手のイモを彼女は差し出す。景は「あ、ありがとう…」と言って受け取った。そしてミックスと一緒に数口だけ食べてから、景は思考が追い付いたように問いかける。


「なんでミクスがここにいるの!?君、今牢屋じゃ…」

「ああ。面白そうなことが始まるから出て来た」

「出て来た!?」


 慣れたように語る彼女に景は困惑する。「これくらいお手のものよ~」とイモを貪る彼女は、意気揚々と箱を閉めようとした。


「ちょっと待ってミクスここ戦場だよ?危ないでしょ帰りなさい」


 景は箱を閉めるのを阻止し、彼女に逃げるよう促す。あたりには魔物。迫りくるドラゴンの光線攻撃。景は以前見たポップコーンのような魔力散漫のミックスには危険だと判断した。それでも彼女は動かない。


「ううん。ミクス動かない。ここにいる。だって楽しそうだもん!」

「楽しくないよ!いいからここ離れよ!イモならいつでも食べれるでしょ!」

「食べれないよー!ミクスたち貧乏人舐めんなよ!いつでもご飯があると思ったら大間違いさ!」


 それについては言及しにくいが、景はミックスを逃がすべく、彼女をジャガイモ風呂から引き抜いた。


「あ~、ミクスの楽園が~」

「それで楽園なら農場にでも行きなさい。とにかくここは危ないから…!」

「あっ、ケイ。上」

「上?うわッ」


 急に彼女の笑みが消えたと思ったら、ミックスは景の髪を引っ張った。ふいに頭を下げられた景は、城壁の床に顔をぶつけそうになる。しかし景の先ほどいた頭上には、ドラゴンの放ったレーザービームが掠めていた。踏みとどまり、青ざめた景は息を止める。目を剥き驚いていると、ミックスは何事もなかったかのようにまたイモをハムハムと食みだした。


 彼女は箱の中でドラゴンに背を向けている。レーザーの軌道なんて見えるはずがない。

 景は彼女のことを思い返し、急速にある仮説を立てた。


 “あの子はあの珍しき見た目、珍しき力を持って生まれたことにより、色々あった子なんじゃ”


 メリザンドの言葉を反芻する。他人に髪を切られ、身を売り飛ばされそうになり、目をくりぬかれそうになった彼女の生い立ちだ。だが、メリザンドは語っていたのは、あくまで見た目に由来する話のみだ。珍しき力のことを、景は何も聞いていない。さらにメリザンドはこうも言っていた。


 “何よりあの子は先見の明と魔法を楽しむ才がある。昔は発動する魔力がないのに巨大魔法ばかりを唱えていたものじゃ”


 魔法を楽しむ才に関しては、景が巻き込まれ済みだ。だが“先見の明”とは一体なんだ。

 景は先ほどの事例と合わせてミックスに顔を向ける。


 どうしてミクスはドラゴンのレーザーを察知できた?それもやけに断定的な物言いで。それ以前に彼女は何処でドラゴン退治の話を聞きつけた?


 “確かに彼は光線魔法で人々の居住区を焼き払いました。しかし奇跡的に死傷者は出ておりません”


 議会でのフレデリックの言葉が頭をよぎる。あれが奇跡なんかではないとすると、景が街を焼き尽くしたあの瞬間、彼女はその軌道上に人がいないことを予見したのか?


 景は思わず息をのむ。そしてもしかしたらと思うと、景は引きつった笑顔で彼女に問いかけた。


「ねえミクス…。まさか君、先のことがわかったりしない…?」

「あ、ケイには言ってもいいかな?実はミクス未来がわかるのー」

「ええええええええええええええええええええええええええええ!?」


 衝撃的な言葉に、景は絶叫する。ミックスは隠すことなく笑顔で続けた。


「わかるって言っても断片的だよー?なんか突然ビビーッと来るんだよね。けどまあ例え素敵な未来が待っていても、面白そうじゃなかったらミクスは動かないけど」


「うっひゃっひゃ」と笑う彼女に、景は絶句する。メリザンドの言っていた先見の明。それが比喩などではなくそのままの意味を表していたとすれば、彼女は断片的ながら未来予知ができる。しかもそれは彼女を見ている限り、彼女の意思に関係ない常時発動型。

 ミックスは「これ、あんまり人に言ったら利用されちゃうから言うなって先生に怒られた~」と呑気なことを言っているが、彼女は今、景にとって一番必要な人間に思えた。


「ミクス。訊きたいんだけどさ、人の命を奪うようなことはしない?」

「あははっ、ケイ何言ってんのー?ミクスにそんな力あるわけないじゃーん!」

「そうじゃなくて出来たらどうするかってこと!やる?やらない?どっち!?」

「やらない」


 景の問答に、ミックスは即答した。笑みは無い。冗談などではない。興味をなくしたかのような彼女に、誠心誠意頼み込んだ。


「お願いですミクス!俺に力を貸して!誰も怪我させず、誰も失わず俺は呪文を唱えたい!せっかく拾った命なんだ!こんなところで、俺は終わりたくないッ…!」


 両手両膝をついて景は頭を下げた。その額には冷や汗が滲み、その顔は悲痛に歪んでいる。ミックスは一回考えてから「うーん」とつぶやく。そして片手のイモを食べ終えると元気に「いいよ!」と言った。景は「本当!?」と顔を上げる。「ホントホント~」と彼女は気の抜けた声で言った。


 立ち上がった二人はドラゴンの咆哮を横目に向き直る。ミックスはやる気満々でこう言った。


「じゃあケイ、手始めに、自分に“ミルタエルバ”って言ってみて」

身体強化魔法(ミルタエルバ)


 景はミックスの言葉をそのまま信用して拡声器を通し、自分を指さし、声を出す。すると景の体が、なんだか軽くなった。


「あれ?すごい、なんかまた走れそう」

「そう?よかったね。じゃあ行きますか」


 そう言って、ミックスは何の前触れもなく景におぶさる。景は突然のことにまた「え?」と声を漏らした。女の子をおんぶするなんて生まれてこの方初めての経験の景は顔を赤らめる。しかしそれも束の間、景はそれ以上の驚きで感情が塗り替えられた。


 ミックスを背負っていても軽い。ぬいぐるみを背負っているくらいにしか感じない。非常に動きやすい。一挙手一投足が素早く、思う通りに動く。


 跳ね上がるように強くなった景は、自分の体に感動を覚える。走り出せそうな気持ちの中、ミックスは景の耳元で笑った。


「あっはっは!身体強化魔法。これでケイはちょっとやそっとのことじゃ怪我しないよ!城壁から落ちても大丈夫!」

「え゛?」


 縁起でもないことを囁かれた景は思わず喉が搾り上げられたような音をだす。ミックスは「冗談だよ~」と言って笑っていた。けれどこれで景の体は城壁からの落下に耐えうるほど強固になった。自分への憂いは何もない。景とともにドラゴンを見据えたミックスは、軍勢を指さす。

「では唱えましょう!爆発魔法(オイシイ)の進化版!“ゼラ・オイシイ”!」

「『(ゼラ)爆発魔法(オイシイ)』!」


 何の疑いもせず、景はミックスの言葉を復唱した。その拡声器を通した音に、聖騎士たちは一斉に振り向く。ぎょっとしたように、それはそれは目を見開いていた。嫌な予感がして景の顔は引きつる。その瞬間、陣形の真ん中で巨大な火柱が上がった。何人か味方が巻き込まれていそうな規模に、景は悲鳴を上げる。だがミックスは景の口を塞いだ。


「ダイジョーブ。ミクスには皆が笑ってる未来しか見えないから!多少の怪我は問題なし!」

「ならもう少し味方を巻き込まない方向にしていいかな?さすがにアレは連発できないでしょ…」


 指さした方向に絶句している景は、ミックスに再度検討を申し込む。彼女は「え~、わがままだなあ」と言って、次の呪文を囁いた。


「あ、ならこうしよう!“ホロスアフィルア”って言ってみて。ただし指先は向こう。ウケる君とあの騎士様に合わせて!」

「オリヴァーさんと一番騎士さん?なんで?」

「いいからいいから」


 彼女は景を催促するようぺちぺちと肩を叩く。だがその瞬間、ドラゴンのビームが飛んできた。景の立っていた城壁の下に穴が開く。そしてそのまま景のいた城壁は崩れ去った。


「『身体強化魔法(ミルタエルバ)』『身体強化魔法(ミルタエルバ)』『身体強化魔法(ミルタエルバ)』ッ!」


 景は涙目で真っ逆さまに城壁から落ちる。背中のミックスは絶叫マシンに乗っているかのように清々しい笑い声を上げていた。その時、落下する途中、景の目にオリヴァーとフレデリックが同時に映る。景は空中で拡声器を構え直した。そして視点をそのままにし、景は二人に唱えた。


強制魔力注入魔法(エリリースフィア)


 その瞬間、聖騎士全員の背に霜が降りた。唱えられた本人たちは、ツリ目を剥きだし、整然な顔を引きつらせて息をのんでいた。景とミックスは城壁下の闇の中に消える。


 かくしてルーデンシオ王国一番騎士、二番騎士の二人は景の暴走に巻き込まれることとなった。

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