大地の怒り魔法
ルーデンシオ王国、王都郊外。草原や丘、山脈の見える村々は、王都の街と比べると木造の建物が酷く小さい。穀物を耕す畑や家畜の囲いを飛び去り、フレデリックたちは景を追いかけた。
乾いた風にメリザンドの声が響く。
「ちょこまか逃げ回りよって、何者じゃお主?ワシに用があるならケイは関係ないじゃろう!?」
彼女の叫びに景は目を瞬かせる。
「ケイ?ああ、この子のお名前かしら?」
胸に手を当て、彼は微笑んだ。
「素晴らしい体質だわ。ワタクシの魔法が思う通りに放つことが出来るの。とっても素敵。この子には関係ないけれど、使えそうだから利用させてもらったわ」
景の顔が冷酷に笑う。そして彼は唱えた。
『植物成長魔法』
丘が、草原が盛り上がり、大地が割れ、尖った木の幹がフレデリックたちを襲う。天高くまで伸びた枝葉を、フレデリックとオリヴァーの剣が切り裂いた。庇われたソフィアとミックスは目を丸くしている。ソフィアはミックスを包むように体を縮めた。
「怖いの?」
「いえ。何があっても民間人であるあなたを守ろうかと」
「わあカッコイイ!ウケる君たち見習って!」
ミックスにそう言われたオリヴァーは、振り返ると彼女を睨む。フレデリックは頼むから邪魔しないでと心の内で願った。オリヴァーは景に視線を戻し、彼女たちを背に語る。
「ソフィア、そいつを見張っておけ。戦闘は任せろ」
「承知しました」
ソフィアはミックスにぎゅっと抱きついた。それが捕えているのか、守っているのかは判別がつきにくい。だがミックスによる憂いは晴れた。
フレデリックとオリヴァーは戦闘態勢に入る。景の注意がメリザンドに向いている間に、二人は彼の背面に回った。
『水流魔法』
双剣が景の体を貫こうとした瞬間、彼の口が動く。足元の湖の水がまるで天に上る滝のように全て逆流した。水圧によりフレデリックとオリヴァーの体は弾かれる。景は二人に蔑んだような目を向けた。
「邪魔よ、退きなさい。“剣の国”の聖騎士なんかに用は無いのよ」
フレデリックはその呼び方に一瞬、違和感を覚えた。だが水流は思考をかき消すようやがて落ち、豪雨のように村に降り注ぐ。住民たちは何だ何だと空を見上げていた。
村を呑みこむほどの水量。その水圧に耐えられる家が何件あるか。
メリザンドは怒りを露わにし、水流の軌道を変える。やがて水は元あった湖のくぼみへと全て戻っていった。メリザンドの周囲が彼女の意のままに動き出す。聖騎士二人は目を剥いた。
若い二人は初めて目の当たりにする。これが、大戦の英雄と呼ばれた彼女の実力だった。
「少し、本気を出すぞ」
メリザンドの纏う空気が一変する。その視線が、その覇気が、まるで戦場を駆ける現役の兵士だった。重苦しい圧力があたり一帯を支配する。少女の見た目から放たれる魔力量は、誰の目から見ても。
「化け物かよ…」
フレデリックの言葉を代弁するようにオリヴァーはつぶやく。地面は割れ、亀裂が走り、その末端は景に追いついた。
『大地の怒り魔法』
彼女の言葉は亀裂から大地のマグマを噴出させる。衝撃の規模の魔法にオリヴァーたちは言葉を失った。そして「アンタ被害考えろよッ!」とオリヴァーは血相変える。だがメリザンドは彼らに一瞥もくれず叫んだ。
「何を言う、相手はケイじゃ!自然そのものを相手どるに等しい。それをわかっての発言じゃろうなシュトラウスの小僧ッ」
声にすらドスの効いた怒りを露わにした彼女に、オリヴァーは口を噤む。状況はもう景とメリザンドの一騎打ちに近い。フレデリックたちの背後にいたソフィアは、ミックスを抱えながらこうつぶやいた。
「メリザンド様のおっしゃる通りです。ケイ・クロカワの巡らせる魔力は自然そのもの。とても本気を出さずして敵う相手ではありません」
景のかかりつけ医でもある彼女の補足にオリヴァーは黙り込む。フレデリックは神妙な面持ちで俯き、そして頷いた。
「なら私たちは前衛ではなく、メリザンド卿の援護に回ろう。悔しいけれどあの方の前では我々の魔力は足手まといだ」
フレデリックの決定に、オリヴァーはわずかに眉をひそめた。だがフレデリックは主張を変えない。不満げなオリヴァーにフレデリックは優しく微笑んだ。
「最悪、被害はケイ・クロカワを元に戻せば反転魔法でどうとでもなる。後続に宮廷魔法士たちの増援も頼んだしね。だが人の命はそうはいかない。私たちの任務は、彼女たちの魔法被害から民を守ることだ」
視線の先では景がマグマを防ぎ、結界の繭の中で笑みを浮かべている。彼の見据える先にはまだ村がぽつりぽつりと点在していた。
オリヴァーは顔つきを変え、フレデリックの意思に従うよう頷いた。それを見たフレデリックは、確認するようにソフィアに視線を移す。
「ソフィア、もし住民に怪我人が出れば君にお願いでいるかな?」
「お任せください。そのために私はここにいます」
誰よりも気概のある返事をしたソフィアは「その前に」とフレデリックの手を握る。彼女が目を閉じると、景との戦闘時に突き刺さった枝葉の刺し傷がみるみるうちに塞がっていった。
「民を守る聖騎士が傷だらけでは、守るものも守れません。どうかお二人も、傷つけば私を頼ってください」
毅然とした彼女の言葉に、腕の中のミックスは「ソフィアちゃんイケメン!」とつぶやく。自分たちはウケる君一号、二号としか呼ばれないのに、彼女のことは「ソフィアちゃん」と呼ぶのかと、聖騎士二人は若干驚きつつ、フレデリックは握られた手をそっと離した。
「ありがとう。では行ってくるよ」
「お気を付けて」
手短に挨拶を済ませると、フレデリックとオリヴァーは景の進行方向にある村々へ急いだ。ミックスを抱えたソフィアはぎゅっと祈るように両手を握る。ミックスは空気を読まないまま、ケラケラと面白そうに戦況を見つめていた。




