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ドラゴン討伐の翌日。
荒布のベッドに、景は横たわっていた。
体中が筋肉痛で動かない。前にもこんなことがあった気がする。動きたくても動けない、十二年付きまとったあの感覚。けれど今は手の中に感覚がある。誰かが景の手を握ってくれている。強く、そして優しく。
窓からのあたたかな日差しに照らされた景は、その感触にそっと薄目を開いた。
スラッとした腕、くせっ毛の長髪が利発そうな瞳にかかった。
「ソ、ソフィアさん…」
気持ちよく眠っていた景の心臓が一気に跳ね上がる。顔を赤くして、上半身だけを起こした景は、驚いて彼女の手を振り払ってしまった。突然起きた景に、ソフィアは目を丸くしている。そして「あ、もうお目覚めですか。こんにちは」と冷静に言った。どうしていいかわからない景は、とりあえず「こ、こんにちは」と返す。
けど待って。なんでソフィアさんがいるの?ここモリシ―の家だよね?しかも、こんにちは…?
景は窓の外に視線を移す。その時には既に日は高くなっていた。昨日のドラゴン討伐の件で疲労がたまっていたのだろうか。窓辺にいたミックスは「今は昼だよ寝坊助くん!」と元気に言ってのけた。その隣でイスに腰かけたメリザンドは手を叩いて笑っている。年若い見た目の張りのある声が景の部屋に響いた。
「あれ、俺の部屋だよね?」と景は周囲に視線を向ける。
簡素なイス、机、寝心地の微妙な荒布のベッド。間違いなく昨日モリシーから景がもらった部屋だ。そこで好き勝手している女性三人の意図が全くわからない。景は「脈拍は正常ですね」とカルテを書いているソフィアの前で困惑した。ミックスはソフィアの隣に来て、彼女のふわふわの髪を弄んでいる。
「もうそんな仲なの?」と景はさらに困惑した。
盗賊のミックス、診療医のソフィア、魔法学校教師のメリザンド。
見たことのない組み合わせに景は「ええ…」と声を漏らす。何を勘違いしたのかメリザンドは景にこう言った。
「はっ、まさかお主、先ほどまで美女に手を繋がれていたのに、それが脈を測る以上の意味がなくて落胆しておるな!いや~、どこの世界も男とは変わらんものじゃのう」
「違います。変なこと言わないでくださいメリザンド先生。ソフィアさん警戒しないで!」
彼女の言葉にソフィアは目を細めて若干身を引いた。景は必死に弁明する。しかしメリザンドはさらに続けた。
「なあに、ケイも年頃じゃ。こんなに可愛い女子三人組を独り占めしてドギマギせんはずがない!」
自信満々に言ったメリザンドには申し訳ないが、自分のことを“女子”と言った彼女に景は疑問を覚えた。ミックスはソフィアの髪をいじって三つ編みを完成させる。元からのソフィアの大人っぽさに、少々の幼さが加わり、それはそれは可憐で美しかった。
目を奪われた景に、メリザンドは「ほら見ろ」といたずらな笑みを浮かべる。ミックスは「ホントだ」と確認するように景に目を瞬かせた。嵌められた景はそれが非常に悔しく思える。
そんな景のお株が女性陣たちから下がったところで、ギイと古臭い扉の音がする。その先にいたのは鎧を着た二人組。オリヴァーとフレデリックだった。フレデリックは爽やかな笑顔を皆に向ける。
「やあお目覚めかな、ケイ・クロカワ。調子はどうだい?乙女たちに囲まれて起床とは羨ましい限りだね」
彼は悠然と景のベッドの側に来る。隣になったソフィアにフレデリックは「やあソフィア、素敵な髪型だね。似合っているよ」とつぶやいた。髪を褒めた紳士的な彼に、ソフィアは全く動じず、ただ「ありがとうございます」とだけ返した。クールな彼女にフレデリックは微笑む。その傍らでミックスは「コレ、ミクスがやったんだよ!」と彼女の無造作につかんで自慢していた。
フレデリックの端正な顔がわずかに引きつる。ソフィアは気にしていないのか無反応だった。案外彼にはミクスみたいなのが天敵なのではないか、と景は感じる。そんな無駄話の多い彼女たちの会話を、オリヴァーは静かに切った。
「フレデリック、オレも暇じゃないんだ。本題に入れ」
彼はミックスの手を従妹の髪から離すと、不機嫌につぶやいた。
「本題…?」
もちろん遊びに来たとは思っていないが、景にはその内容がわからなかった。オリヴァーに咎められたフレデリックは「ごめんごめん」と彼に柔らかい笑みを向ける。だが改めて景に視線を移すと、目尻を少し鋭くさせ、厳かに背筋を伸ばした。
上半身だけを起こした景も、思わず姿勢が伸びてしまう。それだけ彼の立ち居振る舞いには空気を締める力がある。
彼はオリヴァーにイスを用意させると、そこに隙の無く、なのに優雅に腰かけた。隣に控えたオリヴァーはミックスの動向を探るよう彼女を見ている。騎士然として、その手はいつでも剣を引き抜けるよう柄に添えられている。フレデリックは本題の話を切り出した。
「ルーデンシオ王国近衛聖騎士団が一番騎士、フレデリック・ケル・ラヴェルが申し上げます。此度の大罪人、ケイ・クロカワの、今後の処遇についてです」
いきなり自分の将来に踏み込んで来た彼に、景は肩を跳ねさせる。それを面白がったのか、メリザンドは腹を抱えて笑っていた。呑気な笑い声。まるでその先の答えを知っているような余裕があった。フレデリックはこう告げる。
「ケイ・クロカワ。貴君は二つの大罪を背負った中、我々聖騎士とともにドラゴン討伐に貢献しました。その功績は、あまりにも大きい」
讃えるようにそう言った彼に、景の表情が明るくなる。だが彼はその時「ですが」と真剣な面持ちで視線を尖らせた。景の背筋が凍り付く。
「ですが貴君の存在はその功績を帳消しにするほど未知数であり、貴君にも、誰にも、その制御が不可能です。このまま野放しにしておく訳にはいかない。かと言ってこの国の兵器として迎え入れるにも倫理的に問題がある。と言う訳で…」
緊張した面持ちの景が喉の奥でつばを飲み込んだ。その頬には冷や汗が流れる。兵器運用されるという未来が少なくともあったと知るだけで鳥肌だ。だがこれより先を聴くのが怖い。わずかに体を震えさせた景に、フレデリックはふと柔らかく微笑んだ。
「大丈夫だよ。貴君の成果は、思いは、我が友オリヴァーが誰よりも知っている。だからこそ彼は貴君を飼いならそうとした議会に誰よりも強く抗議した」
驚いた景は彼を見る。オリヴァーはバツが悪くなったように顔を背けた。フレデリックの笑い声が聞こえる。
「彼の思いは私も知るところ。私も友の信じたものを信じている。だから私も抗議した。他ならぬ君との約束通りにね」
ドラゴン討伐に巻き込んだ本人が、笑顔でそう言った。
「まあそれが今朝の会議で、ようやくまとまった話なんだけれどね。そこへ私たち以外にも助っ人が現れてくれたのさ」
「助っ人?」
振り返ったフレデリックの視線を景も追う。視線の辿り着いた先は、イスに腰かけたメリザンドだった。彼女は思い出し笑いをしたかのようにまた腹を抱えた。
「あっはっは!ワシも飛び入りで今朝議会のドアを蹴破って来たところじゃわい。おかげですーんごく怒られてすーぐに追い返されたわ!じゃが…光明は見えたようじゃぞ」
首を傾げた景に、メリザンドはしたり顔で言ってのけた。フレデリックも改まった形で視線を戻す。
「その通りです。彼女の乱入により議会は混乱を極めてね。だがその結果、君を支持する人間が三人になったわけだ。ルーデンシオ王国軍事中枢を司る現役と元大戦の英雄。これには少々議員たちも尻込みする形でね。条件付きではあるが、一番いい形で勝利をもぎ取って来た」
「条件?」と景は眉をひそめる。フレデリックはオリヴァーに紙を広げさせた。そこには景の読めない字で、契約内容のようなものが書かれている。上記の活字のような条文の下には、三つの筆跡の違う文字が刻まれていた。
「ルーデンシオ王国一番騎士、フレデリック・ケル・ラヴェル。二番騎士、オリヴァー・ケル・シュトラウス。元宮廷魔法士、メリザンド・リック・フーバー。以上三名の監視下に置くことを条件に、貴君の身の安全の保障は議会により可決された」
景の心臓がドクリと高鳴る。「それってつまり…」と景は呆然とした。フレデリックは契約書を示し、優しく微笑む。
「ああ。君は生きる価値を示したということだ。私たちの三人が入れ替わりで見張ることになるだろうけれど。…君は、自由だよ」
日の光のようなあたたかみが景の心を包む。自由、自由だ。自由なんだっ!
「やったーーーーーー!」
少年のように無邪気に笑った景に、皆は若干驚いている。ミックスだけは「よかったねー」と他愛なく祝福の拍手を送っていた。ベッドの上に立ち上がり、子どものような笑みを浮かべる景に、フレデリックは戸惑ったようにこう付け足す。
「それからもう一つだけ。これは義務ではないのだけれど、彼女も自ら志願して手伝ってくれることになった。オリヴァーの従妹であり、診療所の医者であるソフィア・シュトラウス。今後体の不調があれば彼女に相談するといい」
はしゃいでいた景は「え?」とソフィアに視線を移す。彼女は「はい。このような事例、ぜひとも学会で発表したいので」と頷いた。この中で志願してくるとは相当強気だな、と景は感じる。従兄のオリヴァーは契約書をしまい込むと呆れた顔をしていた。メリザンドは「よかったのー!」と景の背後に回り込み、背中をバシバシと叩く。老婆ではない、少女の力加減により、筋肉痛の景の背は思い出したかのように悲鳴を上げた。
景はまたベッドの上にへたり込む。だが不思議とその心地は悪くなかった。
疲労も、流す汗も、震えた膝も、全てが景に生きている感覚を教えてくれる。
景はその場で声を上げて笑った。
ひと段落したように、フレデリックは優雅に頬杖をつく。その態度はもう厳かなものではない。彼は余計な力を抜いたように伸びをし、景に問いかけた。
「しっかし驚いたものだね。武力に優れた聖騎士二名と、魔力に優れた元宮廷魔法士。さらには医術に明るい街の診療医。これだけの味方を集めておきながら、国家を揺るがす大罪人って。君は一体どんな運命の女神に愛されているんだい?」
まさに不幸中の幸いで命拾いした景は、有頂天から一転、苦い顔してある一人に視線を向けた。構造色の髪色。先を見通す蛍石のような瞳。ソフィアと戯れ、メリザンドに可愛がられ、オリヴァーに叱責されている彼女は、景の思いなど知ったことかと逆境を自由奔放に笑い飛ばしていた。
景のミックスを見る目が、若干ほろ苦くも、その明るさに救われたように前向きになる。首を傾げたフレデリックに、景は微笑んでこう言った。
「さあ、どんななのでしょうね」
清々しい表情の景に、フレデリックは目を丸くしていた。入ってくるときにオリヴァーが閉めた扉が、再び開く。扉の先から大柄のパンチパーマの輝く男が顔を出した。
「おーいケイ、目ぇ覚めたんなら昼飯でも食うか?なんならお連れの友達にも全員食べて行ってもらえよ。そして店の売り上げに貢献してくれ!今日のランチは魔物の焼肉でだぞ!」
モリシーの言葉に、オリヴァーが苦い顔で反応する。
「魔物…?それってまさか昨日の…」
「何してるのウケる君、早くしないと売り切れちゃうよ?人気メニューなんだから!」
ミックスは軽快にオリヴァーのことを無視し、ソフィアとメリザンドの手を引く。
「ん?一番騎士もウケる君で、二番騎士もウケる君。ってことはさ、今までのウケる君は二号だったの?」
「お前それいい加減にしろよ。いつまで引っ張る気だ」
新しいあだ名が誕生してしまったことに、オリヴァー不愉快だと目を吊り上げる。フレデリックは「ウケる君?」とその不名誉なあだ名に爽やかな笑みを引きつらせていた。
それに関しては、景は何も言えない。またオリヴァーに怒鳴られたくない景は、速やかにミックスたちの後を追った。
「あ、おいコラてめえ!」
逃げるように誤魔化し笑いをする景に、オリヴァーは怒鳴る。ミックスは盛大な笑い声を上げていた。ソフィアとメリザンドは食べる気満々で廊下に歩を前に出す。
生きているという感覚がする。
全てが息づくこの異世界で、景はミックスとともに走り出した。
次回更新はおそらく一、二ヶ月後。それではまた会いましょう。第二章開幕。




