とあるキラキラさんの独白
「世界は不思議なもので溢れている。
そもそも、不思議とは――思っている者が単に理解できないだけで、客観的には案外大したことがない、などということはままあるものである。
例えばそうだなぁ。
鉛筆の先を摘むとする。
それを地面に平行になるように傾ける。
そして、上下に軽く振る。
するとどうなるか?
堅いはずの鉛筆が、くにゃりにゃりと柔らかに曲がるように見える。
ふむ、不思議だ。
分からない人間にとっては不可思議であり、知らない者にとってそれは、下手をすると魔術の類ではないかと思ってしまう。
いや、本当に――」
突然、あなたがしたり顔でそんな事を言い出した時、わたしは思わず笑ってしまった。
それも、仕方がない事だと思う。
頑張っていた最初の方はともかく、徐々に無理をしているのが分かる内容もそうだけど……。
何より鉛筆が〝くにゃりにゃり〟の部分を、まるでとっておきの手品を見せるマジシャンの様にやって見せたのがツボに入り、心の底から笑ってしまったのだ。
『ラバー・ペンシル・イリュージョン』という言葉は分からなくても、その現象は中学生のわたしにとって、〝当たり前に〟知っている事だと思っていた。
それは友人に、小学校の先生に、上級生のお姉さん達にか……。
それとも、子供向け雑誌や動画配信サイトとかかもしれないけど、とにかく、どこかで教えられ、不思議がり、そして、当たり前になった――そんな知識だった。
にもかかわらず、わたしが知っている事を告げると、あなたは目を丸くして、そして、あの眩しいぐらい素敵な笑顔で「知ってたなんて流石はメガネちゃん! 凄いね!」と言ってくれたのだ。
それに対して、わたしはいつものように眼鏡のブリッジを指で軽く持ち上げ、クールな感じに「まあ、常識よ」と言ってあげた。
すると、あなたは本当に嬉しそうに笑ってくれるから……。
わたしも曇りの無い笑顔になれた。
……わたしが〝その〟理由を知ったのは、あなたとの最後の別れに訪れた時だった。
わたしは、その余りにも醜いやり取りを見て、気分が悪くなり、あなたを置いて逃げてしまった。
見苦しい2人の間で苦しんだだろうあなたを思い、道の端で溢れる涙を抑えきれなかった。
ねえ、わたしにとって、あなたはただ真っ直ぐで、ただただ優しくって、そして、笑顔の素敵な普通の女の子だった。
あなたが名乗っていたように、普通の女の子だった。
それは本当のあなたなの?
それとも、わたしの認識構造上の問題でそう見えただけ?
あなたに触れて、それを確かめたいよ。
――
「キュー、ねえ、キュー!
またやったわね!」
「ががぁ!?」
14歳になったお嬢様がわたしの両頬(?)を引っ張った。
ご友人と外出したままのコート姿で手には柔らかな手袋をしている。
更に、元々、力がさほど込められていない事もあり、痛くはない。
……えぇ~っと。
痛くないけど、据わった目のお嬢様が怖い!
って、怯えている場合じゃない!
何に怒っているのか分からないけど、きちんと否定しなくてはいけない!
わたしが身振り手振りと「がっ! がっ!」と鳴きながら〝何に怒っていらっしゃるのか知りませんが、わたしが率先してお嬢様がお怒りになる事はいたしません!〟と伝える。 きちんとお嬢様の目を見つめて、しっかりはっきりとだ!
にもかかわらず、お嬢様の目がすーっと細くなる。
「そうなの?
それはごめんなさいね。
あなたのお仲間のホメバール卿とその同志とかいう絵師様が『白竜に乗る侯爵姫様』とかいう巨大な絵を、王立美術館に展示していたから、てっきり、また、あなたがやらかしたと思ったのよ」
あ、あぁ~……。
その件か……。
確かに、お美しいお嬢様の素敵なシーンを後世に残すようにお願いはしてたよ?
でも、王立美術館に展示して欲しいとは言ってないから、セーフだよね?
すーっと視線を外そうとして、頬をつねるお嬢様に強制的に向き直される。
お嬢様の顔が赤面し、わたしをつねる手が小刻みに揺れる。
「やっぱり……。
やっぱり、キュー、あなたなのねぇぇぇ!
もう!
もう!
友人の皆と談笑しながら絵画を眺めていると、突然、自分を描いた絵が現れた時のわたくしの気持ち――あなたに分かる!?
しかも、その絵のわたくし、白い婦人服姿で花の冠を被り、何やら憂い顔で祈りを捧げてるのよ!?
竜に乗ってわたくし、何をやってるのよ!
しかも、さきほど、ジョセフ殿下から届いたお手紙に『お前のその溢れるばかりの自己顕示欲には、ある意味において頭が下がる』とか書かれていて――もう、キュゥゥゥ!
キュゥゥゥ!」
「がぁ~」
叫びながらお嬢様はわたしをつねったまま、ブルンブルンと振り回す。
くそぉぉぉ!
あのクソ王子またしても!
っていうか、毎回わざわざ手紙を送るとか、むしろ、お嬢様の事が好きじゃないの!?
そんな事をやっていると、メイドのアネットさんが呆れた感じに声を掛けてくる。
「お嬢様、そろそろ止めて上げてください。
キュートリックも悪気はなかったかと……」
「悪気の有無じゃないのよ、アン!
わたくし、もう……」
と言いつつ、わたしの頬を離して床に落とす。
そして、お嬢様はそれを追うように膝をついた。
「もう……わたくし……。
どんな顔をして学院に行けば良いのよ……」
真っ赤に染まった顔を両手で覆い、お嬢様が嘆く。
そんなお嬢様に、わたしは「がっ! がっ!」と慰めるように声を掛ける事しか出来ない。
無力なわたしを許して欲しい!
「キューのせいでしょう!」
とお嬢様に頭をペチンと叩かれた。
わたしのせいだった……。
お嬢様が嘆き、わたしがシュンとしていると、ドアがノックをされる。
「入るぞ!」
と許可もないのに扉を開けたのはパパさんだった。
ママさんも隣にいる。
パパさんが呆れたように言う。
「なんだ、またキュートリックがやらかしたのか?」
「お父様!
キューがわたくしの恥ずかしい絵を――!」
お嬢様がパパさんに訴えようとすると、ママさんが可笑しそうに言う。
「あら?
王立美術館の絵ならわたしも見たけど、なかなか、ぷふっ! よく描けてたじゃない!」
止めて!
笑いながらそんな事を言ったら、ほら! お嬢様の愛らしい顔がまた真っ赤になっちゃった!
パパさんが困ったように言う。
「気持ちは分かるが、落ち着け!
お前は王妃になるつもりだろう?
そうなったら、似たような肖像画が大量に描かれる事になるんだぞ?」
「……そう、かも、しれませんが」
お嬢様は苦い顔をする。
わたしも苦い顔になっている事だろう。




