お嬢様と空のお散歩!
気を取り直す様にパパさんはわたしの背中を軽く撫でると、キリっとした声を上げた。
「お前達、助かった! 引き続き、宰相達の護衛を頼む!」
そして、わたしに駆けるよう指示を出してきた。
わたしは「がっ!」と返事をすると、砂浜に足を取られないよう注意しつつ、走り出した。
――
侯爵領、侯爵邸の前で、見送りのパパさんが宰相様とがっちり握手をした。
「今回は侯爵閣下とキュートリック殿に助けられてばかりだった。
もし、何かあったら言ってください。
できる限りの事をさせて頂きます」
パパさんは笑顔でそれに答える。
「いや、我らは王国の臣下として当然の事をしたまでだ。
それに……」
パパさんは少し表情を陰らせる。
「王女殿下の為だ。
……お若いのに、あの方には頭が下がる」
「……そう、ですね」
それに、宰相様は視線を落としながら答えた。
そんな様子を、わたしはアネットさんが持つクッションの上で眺める。
わたしも、そして、隣にいるお嬢様も宰相様やジョシュさん達のお見送りだ。
あの後、島を砲撃していた船団はわたしとパパさんで何とか撃退した。
そして、改めて送られてきた侯爵家の船団に救出されて、侯爵家に帰り着いた。
その時、わたし達を笑顔で迎えてくれたイザベル王女様は、再度、集めた船に乗りアールイス王国へと速やかにといって良い感じに嫁いでいった。
パパさんやジョシュさんはもちろん、宰相様も一度、出直そうと提案した。
それも当然だ。
一国の王女が嫁ぐ道中で、あのような集団に襲われたのだ。
とてもじゃないけど、尋常な事とはいえなかった。
まして、あの大砲について、宰相様達はもとより、メーブリー王国の上層部は誰1人把握していなかったのだ。
せめて、あの集団がどこに所属する者達か分かるまでは、中断するべきだと考えるのは妥当な事だと思う。
ただ、イザベル王女様は首を横に振った。
そして、紺色の瞳に強い意志を乗せながら言った。
「こういう状況だからこそ、わたくしが嫁ぐ意味があるのです。
皆様にはご無理を強いてしまい、申し訳ありませんが、よろしくお願いします」
それに対して、パパさん達大人は何も言い返す事が出来なかった。
イザベル王女様だって、当然、恐ろしいと思っているはずだ。
再度、アールイス王国に向かう前夜、敵襲を警戒していたドラゴンイヤーがイザベル王女様の忍び泣く声と、メイドさんが慰める声を拾ってしまっていた。
それでも、外に出れば立派な王女様として振る舞っている。
それがなんだか、たまらなく悲しい。
2度目の渡航では、例の船団を警戒し、パパさんが従者に化け、わたしが船のイザベル王女様の部屋にいて、いざという時に飛び出せるように控えていた。
結局、襲撃はなかった。
襲撃の警戒よりも、王女様の今後を考え始めた頃、イザベル王女様はわたしを膝の上に置き、頭を撫でながら言った。
「キュートリック様、わたくしを乗せて、飛んでくださり、ありがとうございます。
死者も出る中、とても不謹慎だと思いますが、キュートリック様の背中で空を飛べて嬉しかったです」
そういうと、イザベル王女様はわたしを抱きしめた。
その言葉が本心から出たものなのか、それとも、イザベル王女様のために気持ちが沈んでいるわたしを励まそうとしているのかは分からない。
非公認のため、船で見送るわたしが目にしたのは、悠然と船から下りる王女殿下の姿だった。
イザベル王女様に幸が沢山、ありますように。
そう願わずにはいられなかった。
つらつらと考えている間に、宰相様一行の馬車が遠ざかっていく。
すると、隣にいたお嬢様がこちらに笑顔を向けてきた。
「キュー!
わたくし、キューに乗りたいわ」
勿論、わたしの愛らしいお嬢様を乗せる事に、否やはない!
「がっ!」
と答えると、お嬢様は嬉しそうにする。
ふむ、お嬢様の機嫌が直ったようで良かった!
イザベル王女様を助けた後、プールマスに戻った、わたしとパパさんはお嬢様にこっぴどく叱られてしまった。
色々と涙目のお嬢様にまくし立てられた内容を要約すると、誰にも相談せずわたし達だけで向かった事が一番駄目だという事だった。
そうだよね、領主がそれじゃ、駄目だよね!
パパさんにジト目を向けていると、「キューもよ!」と雷を落とされてしまった。
ひぃ~!
マーカスお坊ちゃまが宥めて収めるまで、わたしとパパさんは俯いてお説教をされたよ。
わたしが鍛錬場で騎士さん達に鞍を付けて貰っていると、乗馬服を着たお嬢様が、お嬢様用の兜などを持つアネットさんや護衛のアランさん達とやってきた。
わたしのお嬢様はパンツスタイルも素敵だ!
アネットさんが心配そうに「お嬢様、お気を付け下さいね」と言うのをお嬢様は笑顔で「分かっているわ」と答えている。
そして、わたしの背中を撫でると「よろしくね!」と言う。
わたしが「がっ!」と答えると、お嬢様は騎士さん達の手を借りながら鞍に乗り、ベルトで体を固定する。
見上げると、晴天の空――お嬢様と空を飛ぶのに絶好の天気ではなかろうか!
勿論、お嬢様は空を飛ぶ事が初めてだ。
その辺りを考慮しつつ、安全に、かつ満足して頂く必要がある。
頑張らなくては!
わたしはドラゴンアイズを意識して、広範囲モードに切り替える。
お嬢様は――背中で例のマウスピースを咥え、アネットさんから受け取った兜を被っている。
ん?
パパさんが屋敷からやってきた。
例の騎竜用の鎧姿だ。
上機嫌のパパさんは「カティ! 一通り乗ったら、わたしに代わってくれ!」とか言っている。
もう!
脳筋パパさんめ!
お嬢様は呆れた感じに「分かりました」と答えている。
明らかに、娘の方が大人なんだけど!
背中が進むように叩かれたので、軽く駆ける。
指示に従い加速した後、翼を広げる。
ふわりとした浮遊感に合わせてそれを羽ばたかせると、すーっと空に飛んでいく。
後ろからお嬢様の「うぁ~!」という感動したような声が聞こえてくる。
銅板で後ろを映すと、それに気づいたお嬢様が微笑んでくれた。
ふふふ、喜んで貰えたようで何よりだ。
因みに、ドラゴンアイズ(広範囲版)は誰にも説明していない。
言葉が繋がるか分からない現状、上手く伝える自信がないからだ。
まあ、その辺りは別に問題ないとは思っている。
そんな事を考えていると後ろから可愛らしい声で「あぁぁぁ!」って叫ぶのが聞こえてきた。
叫んではいるけど、少し、恐る恐るって感じだ。
お嬢様あれかな?
山とかに登ったら、叫びたくなるみたいな感じかな?
でも、叫ぶのはお嬢様的に下品と思っているのかもしれない。
ふむ、ならば……。
「がぁぁぁ!」
とわたしも鳴いてみる。
もちろん、竜の咆哮ほどではない。
軽い感じでだ。
右手の銅板で確認すると、お嬢様が少し驚いた顔をしていた。
そして、銅板に笑いかけてくる。
お嬢様が息を吸うのに合わせ、そして、叫ぶのと一緒に鳴く。
「あぁぁぁ!」
「がぁぁぁ!」
お嬢様が「ふふふ」と楽しそうに笑う。
そんな様子に、わたしも嬉しくなった。
そして、お嬢様と叫び合う。
下からパパさんが「キュートリック、うるさいぞ!」とか叫んでるけど、無視無視だ!
ああ、楽しそうなお嬢様、凄く素敵だ!
しかも、白い竜に乗っているとか、とても絵になってるだろうなぁ~
なんとか、この姿を後世に残せないだろうか?
詩人のホメバールさんに今度、相談してみよう!
――そんな風にお嬢様との飛行を楽しんだ一月後、お嬢様と第一王子との婚約が正式に決まった。




