王女様、出発
パパさんはゴドン老さんに向き直り、真剣な面持ちで言う。
「お前達、王女殿下のこと、頼んだぞ。
この婚姻は、王女殿下やアールイス王国だけでなく、メーブリー王国の将来にも影響する大切なものだ」
ゴドン老さんを始めとする人達が、片膝を付き、頭を下げる。
「身命を賭けて、無事、王女殿下をお送りします」
パパさんは頷くと、ゴドン老さんを立たせる。
そして、その耳に顔を寄せた。
わたしの優秀なドラゴンイヤーには「こちらで不穏なものを感じたら、キュートリックに乗って、そちらに向かう」と囁くのが聞こえた。
目をぱちくりさせたゴドン老さんは、冗談を言われたと思ったのか、顔を離したパパさんに、「不謹慎ながらに、それは見てみたいものですなぁ」と笑いながら言った。
いよいよ、イザベル王女様が船に乗る時が来た。
王女様用だろうか?
立派なタラップが用意され、イザベル王女様がその前で挨拶をしている。
わたしはお嬢様に抱えられながらそれを見ている。
きっと不安も、それだけじゃなく、恐怖も、胸の中でくすぶっているはずだ。
だけど、イザベル王女様は今も笑顔で応対している。
まだまだ、若いのに、凄く立派な王女様だ。
「殿下……」
お嬢様が辛そうに眉を寄せながら、王女様に話しかける。
「わたくし、その……」
すると、イザベル王女様はお嬢様を、わたしごと抱きしめた。
「で、殿下!?」と驚くお嬢様に、王女様は囁く。
「幸せになってね、カトリーヌさん。
わたくしの願いは、あなたが幸せになることよ」
そして、体を離すと優しく微笑んだ。
「その上で、もし、メーブリー王国のために何か出来る場合は、少しで良いの。
して頂戴」
「殿下……」
お嬢様の瞳が揺れる。
イザベル王女様は笑顔で頷いた。
そして、続ける。
「あと、アント……。
アントワーヌに伝言をお願いできるかしら?」
「伝言、ですか?」
「ええ、ごめんなさい、ありがとう――」
そこまで言うと、楽しげに微笑みながら「嬉しかったわって」と付け加えた。
少し困惑した顔になったお嬢様だったけど「畏まりました。お伝えします」と頷いた。
イザベル王女様は「よろしくね」と言うと、振り向き、颯爽とタラップに向かって歩いて行った。
――
イザベル王女様が乗った白バラ姫号はアールイス王国に向かって出発していった。
その直後ぐらいから天候が悪くなり、雨が降り始めた。
もっとも、安定感抜群な白バラ姫号は多少の時化などものともしないとパパさんは自慢げに言っていた。
むしろ、良からぬ事を考える船の方がその時化で沈むだろうと……。
う~ん……。
わたしは侯爵家の別邸にあるリビングの大窓から外を眺めている。
夕食も終わった時間だ。
すっかり暗くなった外では、目の前に広がるバルコニーを大粒の雨が叩いていた。
これで、終わったのだろうか?
どうしても、不安に思ってしまう。
白バラ姫号は立派な船だったし、他にも侯爵家の船や、メーブリー王国、アールイス王国の、白バラ姫号ほどでは無いにしてもそれなりに大きな軍船がそれぞれ同行している。
騎士さんの1人は「小国なら攻め取れるんじゃないか?」と苦笑していたぐらいだ。
なのに……。
どうしても、メガネちゃんの「王子様のお姉様が死んじゃう」という声が頭にこびりついて離れない。
「お前も気になるか?
キュートリック」
声が聞こえて視線を上げれば、いつの間にか隣にいたパパさんが、こちらを見下ろしていた。
「がっ!」
と頷くと「わたしもだ」とパパさんは外に視線を移す。
「なんだか嫌な予感がする。
完璧な布陣――のはずだ。
だが、わたしはどうも、アールイス王国の輩は何かとてつもない隠し球を持っている気がしてならない」
「……」
「……」
わたし達は再度、見つめ合う。
パパさんが「行くか?」とぼそりと言った。
うん、行こう。
わたしは決心した。
でも、正直、パパさんはいらない。
わたし1人(一匹?)で十分だ。
視線を窓に向けると、パパさんが言う。
「お前、わたしはいらないとか思っただろう?」
え!?
何で分かった!?
パパさん、エスパーなの!?
驚き見上げると、パパさんはニヤリと笑った。
「お前だけで船を見つけられるのか?
終わった後、ここまで帰ってこれるのか?」
うっ!?
それは無理だ。
「ぐう」とわたしが唸ると、パパさんは窓を少し開けた。
そして、言う。
「鞍を装備して、ここに戻って来い。
わたしも準備次第、ここに戻る」
もう、しょうがない。
「がっ!」と返事をした後、窓からすーっと出る。
雨粒が鬱陶しいほど当たるけど、ドラゴンなわたしのボディには関係ない。
バルコニーの手すりに足を掛け――蹴った。
翼を広げると、すーっと飛んでいく。
向かうのは、鞍を保管してある倉庫だ。
厩舎の側にある。
飛んでいくと、用務員のおじさんが丁度、そこから出る所だった。
側まで行くと目を丸くした。
「なんだ、キュートリック、どうした?
こんな時間に」
「がっ! がっ!」
声を掛けつつ、用務員のおじさんが開けていた扉から中に入る。
「あ、こら!」
とか言っているけど、気にしない。
すぐに装着できるように準備していた鞍の、その下に潜り込むと体を大きくした。
「わ!
おい!」
とか騒いでいる用務員さんを無視して、体に乗った鞍を手(前脚)で装備していく。
結構練習したから、そこそこ早い。
胸の部分にある侯爵家の家紋? もしっかり見えるようにする。
こうすれば、味方から攻撃されるのも防げる。
手(前脚)の届く位置に、照明用の魔道具もある事を確認する。
うん、しっかりとある。
これなら、雨の夜でも大丈夫だ!
用務員さんにお屋敷の方を指さしたりして、「がっ! がっ!」と鳴く。
用務員のおじさんは困惑したように「なんだ? 閣下からの指示か?」と訊ねてくる。
頷き、わたしが大きくなっても出られるサイズの扉を指しながら、開けて欲しいとジェスチャーをする。
用務員のおじさんは「こんな遅い時間にか?」とかぶつくさ言っていたけど、大きな扉を体で押すように開けてくれた。
わたしはそこをすり抜け、ぬかるんだ地面を駆ける。
滑らないように注意しなきゃならないな。
わたしだけならともかく、パパさんを乗せた状態だと、怪我をさせてしまう。
そんな事を考えていると、何やら騒々しい声が聞こえてきた。
そして、誰かがこちらにやって来る。
目を凝らすと、何やら小袋を担ぎ、完全装備状態で駆けるパパさん(推定)だった。
顔を覆った兜を被っているけど、動きが見慣れたものだから、多分そうだろう。
その後ろから「閣下! お待ちください!」「お一人でなんて、もっての外です!」とか従者の人達が叫んで追いかけているっぽい。
ま、わたしがいるとはいえ、侯爵を1人、向かわせるなんて配下の人達としては出来ないよね。




