王女様の出発日
侯爵邸の客室の一つ、その前には公爵家の騎士さん達が立っていた。
お嬢様、そして、メイドのアネットさんの持つクッションに居るわたしが近づくのに気づくと、騎士の礼を返してくる。
お嬢様が「お見舞いに伺いました」と述べると、公爵騎士さんの一人が「しばらくお待ちください」と丁寧にお辞儀をすると、扉の中に声を掛けた。
公爵家のメイドさんの先導で中に入ると、ベッドから体を起こそうとする黒髪の男の子、アントワーヌ君が見える。
お嬢様が慌てて「そのままで」と声を掛けるも、寝間着姿のアントワーヌ君は柔らかい笑顔で「大丈夫です。もう大分良くなってきましたから」と答えた。
そして、ベッドの上で姿勢を正すと「それよりも、このような姿で失礼します」と苦笑気味に言った。
公爵家のメイドさんが用意した椅子にお嬢様が座り、心配そうな視線をアントワーヌ君に向けた。
「当家の行事の為に、無理をさせてしまったようで、申し訳ありません」
「いえ、ただただご迷惑を掛けてしまっただけで……。
遅くなりましたが、お誕生日おめでとうございます」
そこまでいうと、アントワーヌ君は天を指さし続ける。
「第六神、愛の女神様の祝福があらん事を」
「恐れ入ります」
黒髪がさらさらと肩に流れ、色白の整った顔を優しげに緩ませる。
病弱なイメージが強いアントワーヌ君だけど、こうやって見ると凄くイケメン君だ。
なんか、神官とか司祭とかやったら凄くハマりそう!
うん、彼も絶対に乙女ゲームの攻略対象の1人だ!
そんな事を考えていると、アントワーヌ君が微笑みながらこちらに視線を向けてくる。
「キュートリック君もろくに挨拶が出来なくてごめんね。
元気そうでよかった」
くっ!
笑顔がキラキラしてる!
わたしが竜じゃなかったら、赤面していたかもしれない。
やるな!
負けじと(?)「がっ!」とキメ顔で返事をする。
アントワーヌ君が破顔しながら「キュートリック君はやっぱり面白いね」と言ってきたので、多分、わたしの勝ちと言う事だろう。
そんな事を考えていると、お嬢様が立ち上がり、アネットさんからわたしを受け取る。
そして、「良いわよね」と囁いてきた。
わたしが「がっ!」と肯定すると、アントワーヌ君の前に差し出した。
アントワーヌ君は嬉しそうに、わたしの頭を撫でてくれる。
優しくてなかなか良い撫で使いだ!
それに免じて、引き分けということにして上げよう!
わたしをベッドに置き、お嬢様は椅子に座り直す。
アントワーヌ君がわたしを撫でつつ、苦い顔でお嬢様を見る。
「あと、クリスタリ侯爵閣下を振り回してしまった件も、大変申し訳ありません。
僕やピエールでは殿下を止める事が出来ませんでした。
……しかも、大半が、的外れなことで」
あ、やっぱりあの馬鹿王子、ズレた事ばかり言って振り回していたんだ。
「いえ、殿下のご忠告は有り難く……」
とか言っているお嬢様の顔から渋さが隠し切れていない。
アントワーヌ君はわたしから手を離すと、両手で顔を覆い「あの侯爵閣下が、いつ爆発するかと思うと……」とか言い、公爵家のメイドさんが「若様、落ち着いてください! もう終わった事です!」とか焦った感じに声を掛けている。
あ、これあれだ!
アントワーヌ君の体調が悪くなったの、持病もあるけど、パパさんが馬鹿王子を殴らないか、ヒヤヒヤしていて心臓に負担がかかったんだ!
ほんと、あの馬鹿は周りに害しか与えないな!
お嬢様も焦った顔をしながら「ご、ご安心ください! 父も侯爵としての分別があると思いますので!」とか言っている。
う~ん、確かに脳筋パパさんとはいえ、我慢はするとは思うけど……。
一度キレたら、「一発ぐらいなら大丈夫だろう?」とか言いそうな雰囲気もあるんだよなぁ~
そして、あの軟弱そうな馬鹿王子が、パパさんの一発を耐えきれるのかどうか……。
でも、この国のためにはそれも良い気がする。
そんな事を考えていると、アントワーヌ君が恐縮したように眉を寄せる。
「クリスタリ侯爵令嬢、あと、この有様で言うのは大変申し訳ないんだけど、お願いしたい事があるんだ」
「なんでしょうか?」
お嬢様が促すと、アントワーヌ君は視線を外し――窓の方を見た。
「実は、アールイス王国に向かうための港町に行きたいんだ」
「プールマスにですか?」
「うん、イザベルお姉様が嫁ぐ時、警護上の問題で、僕は付いて行く事が出来なくって……。
だから、見ておきたいんだ」
アントワーヌ君の声音には寂しげなものが混じっていた。
「分かりました。
手配しておきます」
お嬢様が了承すると、アントワーヌ君は視線を戻しながら微笑みつつ「よろしくお願いします」と言った。
そして、顔をまた窓の方に向けた。
?
アントワーヌ君が何かを呟いた気がした。
何となく、〝僕がもっと強ければ〟って聞こえた気がした。
でも、お嬢様もアネットさんも、近くにいる公爵家のメイドさんも何も反応していないから、ひょっとしたら気のせいかもしれない。
アントワーヌ君の、その視線を追ってみた。
何を見ているのだろうか、分からなかった。
――
華やかな喧噪から抜けた気配を感じる。
王都から街道に入ったのだろう。
豪奢な馬車から窓の外を眺めるイザベル王女様は、どこか寂しげだった。
お嬢様の誕生日から3ヶ月が過ぎた日、イザベル王女様が嫁ぎ先のアールイス王国へ向かう事となった。
親族である王族はもとより、貴族や王都民などに見送られた華やかな門出ではあるものの、王女様を見送る人達の目には喜びだけでなく哀れみに似た色が見えた。
わたしでも気づいたのだ、当然、イザベル王女様も分かっていたはずだ。
だけど、この美しい王女様は陰りの一切無い笑顔で、それら全てを受け止めていた。
本当に凄く立派な王女様だ!
っていうか、イザベル王女様が女王様になれば全てが解決する気がするんだけど、そうはいかないのだろうか……。
「キュートリック様」と微笑むイザベル王女様が、自分の膝の上にいるわたしに声を掛けてくる。
「ごめんなさい。
付き合わせてしまって」
わたしが〝気にしないで〟って気持ちを込めて「がっ!」と鳴くと、イザベル王女様は「ありがとう」と言ってわたしの背中を撫でてくれる。
イザベル王女様が嫁ぐに当たり、護衛としてジョシュさんが率いる王国軍とパパさんが率いる侯爵軍が付き従う事になっている。
そして、イザベル王女様の側にはわたしが待機する事になった。
いざとなったら、わたしが大きくなって庇えるし、最悪、王女様を担いで飛んで逃げる事も可能だからだ。
パパさんからはどの辺りで襲われたら、どこに待避するのか等、念入りに打ち合わせをしている。
ここまでやれば、最悪、例のミノタウロスが複数匹で襲ってきても、少なくともイザベル王女様は守り切れると思う。




