馬鹿王子の余計なこと
マーカスお坊ちゃまはお嬢様の問いに対して、笑みを浮かべつつ答える。
「大丈夫だよ。
今は念のために休んで頂いてるけど、医療魔術師の話では問題ないって」
そして、お嬢様を少し招くそぶりを見せる。
クロエさん達は少し離れ、わたしを腕に抱え直したお嬢様は、マーカスお坊ちゃまの側に寄る。
マーカスお坊ちゃまは囁くように言う。
「お義母様はどうやら、妊娠して居るみたいだ」
お嬢様は目を見張り、頷いた。
わたしも驚いた!
だけど、あれだけ仲が良ければ、そういう事もあるかな?
そんな事を考えている間に、マーカスお坊ちゃまが苦笑しながら続ける。
「あと、ジョセフ第一王子殿下だが、どうやら到着が遅れそうだ」
「お父様もご一緒されているはずですが、なにかありましたか?」
マーカスお坊ちゃまの苦そうな笑いが強くなる。
「どうやら、イザベル王女殿下が通る道について、色々とご忠言頂いているようだ」
うわぁ~
なんとなく、ろくに分かっていないだろう第一王子が、偉そうにわめき、額に青筋を浮かべるパパさんがそれでも話を聞いている絵が浮かんできた。
お嬢様もそう思ったのだろう、困ったようにため息を付いた。
――
侯爵邸のパパさんママさんの私室の扉を、メイドのアネットさんがノックした。
扉が開き、ママさんの専属メイドさんが顔を出す。
ママさんの専属メイドさんがわたしを抱っこしているお嬢様に視線をやると、丁寧に頭を下げ、扉を入りやすいように大きく開けた。
お嬢様が静かに入ると、ベッドの中で体を起こしているママさんが少し疲れたように微笑んだ。
「時期が良いのか悪いのか、なんとも言えない時に、わたしは妊娠してしまうわね」
お嬢様はベッドに近づきつつ、少し困ったようにしながら、首を横に振った。
「とても、おめでたいお話ですもの、良い事だと思います」
ママさんの専属メイドさんがベッドの側に椅子を用意し、お嬢様がそれに座る。
それを見ながら、ママさんがため息交じりに言う。
「そうね、そうだけど……。
あなたの誕生日会を全て仕切るのは難しそうだわ。
まあ、今回は王都に居る時につわりの時期を迎えなかっただけ、良いとも言えるけど」
エイサ坊ちゃまの時の、妊娠しながらの王都から侯爵領への帰路を思い出してるのか、ママさんは少し遠い目になっている。
因みに、身重なママさんが全てとまでは行かないまでも対応しなくてはならない事態になっているのには訳がある。
実は、よく分からないけどパパさんが馬鹿王子のせいで、自ら方々へ出向き、対応しなくてはならない事が出来たのと、マーカスお坊ちゃまもそれ関連で動かざる得なくなったらしいからだ。
いやいや、娘の誕生日会が目前に迫っているパパさんを、働かせるなよ!
絶対、どうだっていい理由だろうし!(偏見)
マーカスお坊ちゃまは先ほど「お父様、苛立ちの余り殴ってなければ良いけど……」とかぼそりと言っていたけど、むしろ、殴った方がまともになる気がする。
昔の電化製品みたいに!
「わたくしの誕生日会の事は気になさらないで下さい。
叔父様もいらっしゃって下さいますし」
すると、ママさんは苦い顔になった。
「あの方は、昔から少々頼りないわ。
グライの弟さんとはとても思えないぐらい」
ああ、パパさんの弟さんかぁ~
わたしも何回か会っているんだけど、なんというか、イケメンなんだけど、とてもじゃないけど頼れないおじさんだ。
むしろ、女性に全力で頼る駄目な人と行った方が良いか……。
なので、お労しい事にお嬢様がご自分の誕生日会のために動かなくてはならないというお可哀想な事になっていた。
……あのクズ王子、パパさんがやらなくてもわたしの尻尾攻撃を食らわせてやろうか!
無論、巨大化した上でね!
そんな事を考えていると、ママさんがわたしの方に手を伸ばす。
お嬢様が側に近づけると、ママさんはわたしの背中を優しく撫でながら言う。
「申し訳ないけど、よろしくね。
オントワンがいればよほどの事はないと思うけど、ゴドン老もいらっしゃるみたいだし」
「はい」
ゴドン老?
誰だろう?
なんとなく、拳法とかの達人みたいだけど……。
そんな事を考えていると、扉がノックされる。
視線を向けると、ママさんの専属メイドさんがそちらに向かう。
そして、扉を開けて外と何やら話をした。
こちらを向き直ったママさんの専属メイドさんが言う。
「お嬢様、そろそろ、ジョセフ第一王子殿下がお見えになるとの事です」
「分かりました。
お義母様、わたくしが応対しますので、そのまま、お休み下さい」
立ち上がるお嬢様にママさんは少し心配そうに眉を寄せる。
「ごめんなさいね。
くれぐれも、失礼の無いようにね」
――
「なんだ、出迎えはお前だけか」
侯爵邸玄関前で、普段から偉そうなジョセフ第一王子が、無意味に偉そうに立っている。
いやいや、少なくともパパさん、マーカスお坊ちゃまが居ないのは、あんたのせいでしょう!
その隣に居るイケメンな少年であるピエール君や後ろに控える王家の騎士さん、馬車から荷物などを運んでいる使用人さん達すら、どこか申し訳なさそうに見える。
侯爵家の使用人さんや騎士さん達の能面の顔とは対称的だ。
この空気が読めないこの馬鹿王子は大物かもしれない。
無論、悪い意味でだけどね!
そんな中、我らの素敵なお嬢様はスカートを軽く摘まむと丁寧に腰を落とし挨拶をする。
美しくも可憐なその立ち振る舞いを、馬鹿王子はつまらなそうに鼻を鳴らした。
ムカ!
お嬢様の側の――アネットさんが持つクッションの上に居るわたしが顔を引きつらせていると、馬鹿王子の隣に居るピエール君が「殿下!」と窘めた。
すると、馬鹿王子の――人間としての格に不釣り合いな豪奢な馬車から、使用人さんに支えられて降りてくる少年がいた。
側には医療魔術師さんっぽいおじさんも居る。
あ、あの子、公爵家の男の子、アントワーヌ君じゃないかな!?
お嬢様が驚いたように目を見開いた。
「まあ、ロリース公爵子息!
どうかなさいましたか?」
そして、オントワンさんに視線を向ける。
おじいちゃん執事さんは軽く頷くと、メイドさん達に指示を出した。
すると、馬鹿王子が呆れたように言う。
「気にするな。
いつもの事だ。
あいつは軟弱だから、すぐにああなる」
いやいや、何を言ってるの!?
あの子、確か重い病気なんだよね!?
っていうか、そんな子が侯爵領まで来て大丈夫なの!?
お嬢様がアントワーヌ君の側まで寄ると、青白い顔の男の子は明らかに無理した顔で微笑んだ。
「大丈夫です、クリスタリ侯爵令嬢。
こう見えても、良い薬が手に入ったので、大分良くなりましたから」
いやいや、明らかにキツそうだよ!?




