エルフさんのお話(三つ首を持つ神獣と王スライム)3
「とんでもない事?」というパパさんの合いの手に、テュテュさんは頷く。
「ある日の夜、王太子は夜会を楽しんでいました。
リューハザ王国へ送った兵を失ったことで、多くの者に責められた彼でしたが、暴走したのが王女のスライムだと声高に言い〝全ては、あの狂った王女のせいだ!〟などと主張していました。
その言い分を信じず、さらに責めようとする者は〝罪を犯した〟王女に加担した者として捕らえ、重い罰を与えたりしました。
その強権的な態度に多くの者が口を紡ぎ、それを自分への肯定だと思ったのか、上機嫌に酒を呷り、令嬢達を強引に侍らせていたのですが……。
王太子の、その下品に笑っていたその顔に、突然、ヒビが入り、血が噴き出したのです。
それは顔から徐々に広がり、全身から血が噴き出したとのことです。
痛みのためか床で転がり、もがき苦しむ王太子の周りは血の池のようになったと言います。
その様子を見て、理由は不明ながら、王太子の死は免れられないと誰もが思いました。
ところがです。
翌朝、何事も無かったかの様な姿で、王太子は目を覚ましました。
周りも、彼の王太子自身も、驚いたそうです。
そして、彼の王太子は先日の夜会の醜聞を挽回しようと〝わたしは愛の女神の祝福で蘇ったのだ〟と吹聴しました。
それが、始まりとも知らずに……」
「始まり?」
パパさんが訊ねると、テュテュさんは強ばった顔で頷いた。
「その日以降、夜になると夜会の時同様、血が噴き出すようになったそうです。
そして、朝になるとそれが嘘のように治っていたそうです。
しかも、その頻度は短くなっていき、日に2度、3度と繰り返すようになったのです」
わたしは息をのんだ。
それは……。
地獄じゃないか!
テュテュさんは続ける。
「彼の王太子が強気でいられたのは、3日程度だったそうです。
彼の王太子は誰彼構わず〝助けろ! 助けろ!〟とわめき散らし、しばらくすると〝殺してくれ! 頼むから殺してくれ!〟と泣き叫ぶようになりました。
自ら、城の窓から飛び降り、頭を砕いた事もあります。
しかし――」
「死ねなかった、のか?」
血の気を失せたパパさんが訊ねると、テュテュさんも強ばった顔で頷く。
「しばらくすると、何事も無く――本当に何事も無く元通りでした。
剣で喉をついても、毒を呷っても駄目でした。
死んだ後、体を灰にしても駄目でした。
どころか、死に続けるたびに、その周期が短くなっているようだったと言います。
しかもです。
本来であればここまでの責め苦、心が壊れてしまってもおかしくない状況、まして、彼の王太子はけして心が強い人物ではありません。
ですが、その心は砕けませんでした。
どれだけ、気が狂っても、死んで戻ると、心も元のままだったそうです。
そして、再度、死の恐怖を十全に味わう事となったそうです」
ママさんがわたしを持ち上げ、抱きしめる。
怖がるわたしの為だろうけど、わたしの体を抱えるその手も微かに震えていた。
テュテュさんの声が続ける。
「多くの治療魔術師や薬師が匙を投げ、神官が恐怖で逃げ出し、司祭が震えながら首を横に振ったそうです。
最終的に、東の大陸の国、オールマ王国の光の男神に仕える傑物、シュナイダー大司祭を呼んだとの事です。
シュナイダー大司祭は当時、もっとも神に愛されていると言われた聖人で、この時も、〝哀れ〟な境遇にいる王太子に同情し、オールマ王国の政治的な思惑を突っぱね、アールイス王国に訪問したそうです。
シュナイダー大司祭は床に座り、ガクガク震えている王太子にそっと近づきました。
そして、神に祈りを捧げたそうです。
ただ、それもすぐに終わり、王太子から離れると、様子を見守っていた国王に告げました。
「3つの首を持つ神獣に謝罪をしなさい。
彼の神獣の怒りが解けぬ間は、いつまでも責められ続ける事になります」
3つの首を持つ神獣について何も知らないはずのシュナイダー大司祭の言葉に、国王はただ、項垂れるだけだったと言います。
そもそも、神獣に関しては幾度となく謝罪に王族を送ろうとしました。
ただ、神獣が移ったその場所は、山と谷が連なり、強力な魔獣が闊歩する所、まして、まだ幼い王族しか居なかった事もあり、とてもじゃありませんが、向かわせる事など出来ませんでした。
そして、王家は知らない事ではありますが、先ほど申した通り、彼の神獣は直接、彼の王太子を害そうとしている訳ではありません。
単に怒りを胸の中でくすぶらせているだけです。
ただ、神獣という存在が余りにも強大で、人間という存在が余りにも矮小なため、遠く離れた場所からでも、その怒りが王太子の肉体に影響を与えてしまっていたのです。
もし、彼の王女が敵を望むような、〝普通〟の人間であれば……。
もし、彼の神獣の王女への愛が、ただのお気に入り程度であれば……。
恐らく、王太子は一瞬の内に逝けたのだと思います。
ただ、彼の王女は優しすぎて、彼の神獣は王女を愛しすぎた。
故に、王太子は地獄を見るのですから、皮肉な事です。
その後、王太子は助けられたのか――死ぬ事が出来たのか――それは定かではありません。
ただ、アールイス王国の噂話に、その城の地下から、時折、〝殺してくれぇ~殺してくれぇ~〟という声が聞こえてくるのだとか」
「……」
パパさんもママさんも声が出せずにいた。
これが、別の人が話していれば、単なる怖い話で終わりそうだ。
だけど、このエルフさんは、恐らく、その時代を生き、ある程度、それを見てきたのだと思う。
そのことを考えると、怖すぎて王太子ザマぁ~とか言う気も起きない。
そんな事を考えていると、テュテュさんが続ける。
「……少し、昔話が長くなりましたので、今の話をしましょう。
ご存じの通り、旧リューハザ王国付近の土地は強力な魔獣や魔鳥が生まれ育つ場所となっています。
それは、王スライムの暴走、そして、死亡によって吹き出した魔力が、その地に染みついてしまったためと言われています。
そして、そこで産まれた主に魔鳥達によって、メーブリー王国とアールイス王国の間の海、アールイス海の北部は漁が難しい場所となっています。
特に、青羽根ハゲタカという獰猛な魔鳥は、時折、海を渡りアールイス王国の港町を襲ったりもします。
年に数回、少なくない被害を与え続けています。
……そして、アールイス王国の強行派はそれを神獣の責任だと吹聴しています」
「馬鹿な……」
パパさんが声を漏らした。
テュテュさんが、この温厚なエルフさんが、目を険しくさせる。
「それどころか、神獣ではなく、それを語った魔獣だといっているのです。
そして、愛の女神がそれを撃つ事を望んでいると……。
閣下、わたしは彼の国の強行派を好みません。
民を扇動するために、あの神獣を貶め、魂の――いえ、愛の女神のお言葉を偽称するとは……。
許しがたい事です!」
テュテュさんは最後、吐き捨てるように言った。
――
お屋敷の食堂にて、顔をほんのり赤めたテュテュさんが、グラスを片手に上機嫌に言った。
「お~これは、アールイス王国の西部、リュッツコストの蒸留酒ですね!
この風味と口当たりがなんとも言えませんねぇ~!」
いや、それ、テュテュさんが〝許しがたい〟とか言った国のお酒だよね?
そんなに嬉しそうに飲んで良いのかな?
まあ、強行派とかいう一部が嫌いなだけなのかもしれないけど。
テュテュさんにパパさんが上機嫌に笑う。
「いやぁ~飲んだだけで分かるとは流石テュテュさんだ!
うちにはなかなかこれの良さを分かってくれるのがいなくってなぁ!
ほれ、テュテュさんにもっと注いで上げろ」
メイドさんに指示を出すパパさんに、ママさんが「グライ、ほどほどにしなさいよ」と呆れた顔をする。




