エルフさんのお話(三つ首を持つ神獣と王スライム)1
「それは?」
パパさんが困惑気味に訊ねると、テュテュさんはため息交じりに言う。
「神獣殺しです」
「な!?」
とパパさんが漏らし、目を見開いたママさんが口を手で押さえる。
テュテュさんは続ける。
「神獣を殺すことが出来る事を示すことで、強硬派の権威を上げ、それを持ってアールイス王国での求心力を上げようとしているのです」
パパさんが目を瞑り、呟く。
「神獣との繋がりではなく、殺すことで……。
いや、そもそも、神獣殺し――そのようなこと、出来るのか?」
テュテュさんは首を横に振る。
「無理です。
そもそも、人間が神獣を殺すだけの力を操れるか? という問題を横に置いても、まず不可能でしょう。
あの神獣は相当特殊な存在ですから」
パパさんの「特殊?」という言葉に、テュテュさんは頷く。
「人間がケルベロスと呼ぶあの神獣はご存じのように3つの犬の首を持ちます。
その首にはそれぞれ、右から誕生、成長、消滅――その力を持つとされています。
それらの均衡を保つことが、あの神獣の役割であり、存在する意味とも言えます。
仮に、あの神獣の肉体を破壊したとします。
すると、その体内にある三つの力がつり合いを取ろうと動き出し、復活するとされています」
「つまり、神獣は不死、なのか?」
パパさんの問いにテュテュさんは首を横に振る。
「寿命はかなり長いですがあるとの事なので、厳密には準不死と言える存在です。
故に、アールイス王国がどのようにして神獣を殺そうとしているのかは分かりませんが、わたしとしては、それを現実的では無いと言わざる得ないです。
それにアールイス王国の強硬派が、彼の神獣について正確に把握しているようには思えません。
その戦闘力も、そして、彼の神獣の無慈悲な能力もです」
パパさんは少し探るように訊ねる。
「テュテュさん……。
君は、その神獣の能力を知っているのか?」
それに対して「聞いた話ではありますが」とテュテュさんは頷き続ける。
「まずは、3つの首の能力について。
誕生を司る右の首は、生命の誕生を促す能力があります。
例えば、植物の種の発芽を促し、子を宿す準備が終わった者に妊娠を促す事が出来ます。
成長を司る中央の首は、生命の成長を促す能力があります。
しかも、ただ成長させるのではなく、〝本来の姿〟で成長させます。
例えば、腕を失った人に、中央の首がその能力を使えば、腕を失う前の状態で年を重ねたら、このようになっただろう姿に変わります。
簡単に言えば、度が過ぎるほど強力な治療魔法と言っても良い能力です。
そして、消滅を司る左の首は、生命の死を促す能力があります。
たった一吠えで大人と言っても良い竜に死を与えたと言われています」
パパさんは引きつった笑みを浮かべる。
「なるほど、恐ろしい能力だ。
それに、アールイスの王族が権威を持ったのも頷ける」
ママさんがパパさんに言う。
「確かに左の、消滅を司る首は恐ろしいけど、神獣が人間達の争いに加担するかしら?」
それに、パパさんは首を横に振る。
「加担はしないだろう。
だが、仲が良いとなると、もしかしたら、と思わせるだけで抑止力になる。
それに、誕生は不妊に苦しむ者、成長は怪我を負い苦しむ者への強力な札となる。
恩を売る事も出来るし、ちらつかせて都合良く動かす事も出来る。
……とはいえ、左はともかく、右と中央は無慈悲という感じはしないのだが?
それに、〝まずは〟と言ったね」
パパさんがテュテュさんに訊ねると、エルフのお姉さんは頷いた。
「それら、3つの能力は、それぞれが卓越したものなのは間違いありません。
ただ、もっとも恐ろしいのは、仮に肉体が壊された場合、その後に起きます。
先ほどもお話ししましたが、彼の神獣は3つの力の均衡を保つ存在です。
それが、無理矢理破壊されると、それぞれの力が暴走し、辺りを包みます。
……その事で何が起こるのかは、わたしも正確には分かりません。
ただ、以前、子供のケルベロスが死んだとされる場所を訪れたことがあります。
そこは、王都ほどでは無いにしても、それなりに大きな町だったはずの場所でした。
何度かわたしも利用したことがあるので、それは間違いありません。
ですが、その場所には――真っ白な砂の様な物しか残っていませんでした」
「砂?」
パパさんが訝しげに訊ねると、テュテュさんは頷く。
「ええ、砂、もしくはそのように見えるサラサラとした〝何か〟です。
わたしはそれを、詳しく調べる気にはなれませんでした。
つい数日前まであった、魔獣から町を守るために囲っていた高い壁も、中にあった家も、店も、家畜も、老いも、若きも、男も、女も、何もかも無く……。
ただ、それらがあった場所には真っ白なそれが、サラサラと風に晒されていました。
脅す訳ではありませんが、仮にあの成長しきった神獣の肉体が、まかり間違って破壊された場合、アールイス王国ばかりか、メーブリー王国の多くが巻き込まれる可能性があります」
パパさんは顔を引きつらせながら、呻くように言う。
「それは……困る。
どうにかならんのか?
例えば、あちら側の穏健派が神獣と仲直りするとか。
……そもそも、何故、神獣と仲違いをしたのだ?」
テュテュさんがパパさんをじっと見つめながら、逆に訊ねる。
「……閣下は王スライムの件、ご存じありませんか?」
パパさんは困惑したように答える。
「王スライム……。
スライムが巨大化して、小国とは言え一国を飲み込んだとかいう、与太――いや、そういう話なら聞いた事がある、が?」
テュテュさんは少し悲しげに目を閉じて――そして、開いてから、パパさんを見つめた。
「アールイス王国に1人の王女がいました。
魔力がとても多く、賢い王女でしたが、それを上回るほど優しく、笑顔の可愛らしい女の子でした。
また、動物に好かれる力は歴代最高とまで呼ばれ、10才になると、神獣の巫女に選ばれました。
身分が低い女性が産んだ庶子ではありましたが、その役目と、その愛らしくも美しい容姿も相まって、〝愛の女神の生まれ変わり〟と呼ばれ、国民からの人気が絶大な少女でした」
そこで、テュテュさんは少し目を優しくした。
「……実際は女神の生まれ変わりなどという大層な女の子では――無かったと言われています。
普通の女の子のように笑ったり、いじけたり、甘えたり、怒ったり……。
そんな、ごく当たり前の表情が、ごく当たり前に似合っている、そんな少女でした。
彼女は、神獣に会う時は、同い年の仲の良い侍女見習いと、可愛がっているスライムを抱えてやってきたと言われています。
そして、神獣に甘えたり、愚痴を言ったり、抱きついたり、笑ったり……。
そんな、およそ巫女らしからぬ態度で過ごしていたとの事です。
ひょっとしたら王女は神獣に、亡き母親を見ていたのかもしれません。
神獣は、そんな巫女に少々、手を焼きつつも、愛していたそうです」




