不穏な噂?
「カトリーヌ様、そうではありません。
これは、〝夢〟なのです!」
「え?
ゆ、夢?」
お嬢様が困惑しながら聞き返すと、キーラさんはニッコリする。
「そうだったら、素敵じゃありませんか!?
それに、無粋な事を指摘する、それはよろしくございません」
清々しい断言に、キーラさん以外の、お嬢様を含むご令嬢が、ため息を付く。
クロエさんが少し、神経質そうに顔を顰めた。
「要するに、キーラさんの妄想話ってこと?」
それに、キーラさんは慌てた感じに首を振る。
「違いますわよ!
そういう、噂があるのは本当です。
ただ、カトリーヌ様のご指摘、ごもっともだと思いまして……」
言葉の後半で、口を尖らすキーラさんに「そうなのね……」とお嬢様は呆れた感じに応えつつ、お茶を一口飲んだ。
すると、ペサニーさんがおずおずと言う。
「あ、あのう……。
ただ、マクロー伯爵家って今、とても勢いがあると言いますか、物の男神の祝福が降り注がれていると言いますか、ですよね?
わたし、全くの嘘とは少し、思えませんでした」
因みに、〝物の男神〟は商売の神様的な存在らしく、貴族的に物の男神の祝福と言えば、商売が繁盛しているって事らしい。
何故、そのような迂遠な言い回しをするのかと言えば、貴族が儲かっているって言うのは、外聞が悪いとのことだ。
もっとも、特に男の人は気にしてないらしい。
パパさんも使っているのを聞いた事がない。
ペサニーさんの言葉に、お嬢様とクロエさんは顔を見合わせる。
クロエさんはペサニーさんに視線を向けながら「そうなの?」と訊ねた。
ペサニーさんは頷く。
「交易で祝福を頂いているようです。
あのう、王都でも流行っているユリの絵のついた化粧品、お使いになっていませんか?」
お嬢様が「ああ、有るわね」と頷くと、ペサニーさんが続ける。
「ユリの絵の化粧品や、料理の調理法、工具など、噂によりますと、アールイス王国よりも西方の大陸より、輸入しているのだとか。
我が家も交易には力を入れているのですが、どこからの物か分からず、父も口惜しそうにしておりました」
「そうなのね」
クロエさんは感心したように頷く。
それにペサニーさんは頷き、続ける。
「その中で、このような話が出てきたのです。
マクロー伯爵はアールイス王国と強い繋がりがあり、その伝手で、西方の大陸にある国々との交易を発展させた――そういうものです」
キーラさんが真剣な顔で言う。
「その伝手とは、グラーニャ・マクロー伯爵令嬢――つまり、アールイス王国の姫という事ですか!」
「う~ん……」
「それはぁ……」
お嬢様とクロエさんが苦笑いを浮かべる。
クロエさんが言う。
「流石にそれですぐに、アールイス王国の姫、というのは無理があるけど……。
一度、お会いしてみたくはなりましたわ。
因みに、ここにいる皆さんの中に、グラーニャ・マクロー伯爵令嬢とお会いした事がある方は……」
皆、首を横に振る。
クロエさんが眉を寄せる。
「少し不自然ですわね。
伯爵令嬢がこの4人と全く面識がないというのは……」
それに、キーラさんが口を挟む。
「ただ、数年後、お会いする機会が訪れるかもしれません」
「それは?」
お嬢様が訊ねると、キーラさんはニヤリとする。
「その、グラーニャ・マクロー伯爵令嬢ですが、実はわたし達と同い年なのです。
つまり、学院で同じ学年となります。
貴族令嬢なら、中等部はともかく、高等部はよほどの事がない限り在籍するはずです!」
侯爵家の食堂で、お嬢様、パパさん、ママさん、エイサ坊ちゃまらと晩ご飯を食べる。
いつものようにテーブルにのせられたわたしは、フォークを持って〝それ〟に対峙する。
底の浅い陶器製の器に入っているそれは、少し焦げたチーズが蓋のように被せられている。
それを突き破るようにスプーンを入れると、白い湯気と共にチーズやマカロニ? だっけ? ホースみたいなパスタ、それと、キノコ、貝などが出てくる。
どれどれ、パクリ……。
う~ん、焦げたチーズの香ばしさやクリーミーな具が、口で混ざり美味しぃ~!
パパさんも満足したみたいで顔をほころばした。
「ぐらたん?
だったか?
なかなか美味しいな」
それに、ママさんがにこやかに答える。
「本当に、美味しいわ。
太公夫人がおっしゃるには、フレコの料理に似てるって事だったけど、良いレシピを手に入れたわね」
「ああ、マクロー伯爵から購入したというのは、少々微妙ではあるが……。
まあ、料理には罪が無いしな」
ぐらたん……。
なんだか、聞いた事のある名前の料理だ。
う~ん、でも食べた事は無い気がする。
気のせいかな?
そんな事を考えていると、お嬢様がパパさんに訊ねる。
「お父様、マクロー伯爵に何かあるのですか?」
「ん?
ああ、あの御仁は……」
パパさんは渋い顔をする。
「金のためなら何でもやりかねん所があってな。
正直、積極的に付き合いたい相手ではない。
カティ、お前も会った時は気をつけるようにな」
すると、ママさんが心配そうに口を挟む。
「マクロー伯爵と言ったら、何か噂になっているご令嬢がいたわよね。
確か、カティと同い年の。
中等部には来なかったみたいだけど、高等部はどうなるのかしら?」
「それも有ったな……」
とパパさんは顔を顰める。
お嬢様が少し思案げにしながらも訊ねる。
「お父様、それはグラーニャ・マクロー伯爵令嬢の事ですか?
アールイス王国の姫とか噂の」
パパさんは少し驚いた顔をする。
「なんだ、カティ!
お前、その令嬢の事を知っているのか?」
「面識は有りませんが、先ほど、学友と茶話会を開いた折に……」
「……ああ、カーター子爵令嬢か。
彼の家は当主はともかく、女性陣は少々、噂好きがなぁ」
お嬢様は少し困った顔で「キーラさんは多少、そういう所もありますが、悪い子ではありません」と言う。
それに対して、パパさんは手を振る。
「いや、カーター子爵令嬢との付き合いに関しては、とやかく言うつもりはない。
それより、グラーニャ・マクロー伯爵令嬢の事だ。
どうも、表立ってではないが、アールイス王国の姫とかいう噂を、意図的に流している節があるんだ」
「自らですか?」
お嬢様が目を見開くと、パパさんは深刻そうに頷く。
「意図までは分からん。
だが、他国の王族を巻き込むなど、尋常な事ではない。
下手をすると、とんでもない騒動に発展する可能性だってあるんだ。
学院内はそういう家のゴタゴタを持ち込まない事が決まりとなってはいる。
だが、仮にマクロー伯爵令嬢が入学してきても、極力、距離を置いて対応するようにな」
ママさんも「そうね、その方が良いわ」と頷いている。
お嬢様は少し強ばった顔で、「分かりました」と頷いた。




