お久しぶりのお坊ちゃまと……。
色々説明したママさんが、両手でトントントンとゆっくり叩いてきた。
ゆっくり進めという合図だ。
わたしは上半身を前に傾けると、ゆっくり歩く。
すると、手綱、といっても馬とは違い肩に回っている物だけど、その左側を引っ張ったようだ。
わたしはそれに合わせて左に回る。
しばらく、指示はない。
そうすると、ちょうど王妃様たちの周りを回る形になった。
一周回ると、手綱が両方引かれる。
止まれの合図なので、その場に止まる。
背中をトントン叩かれたので、しゃがむ。
ママさんが「基本的な動きはこのようになります」と説明する。
それに対して、王妃様は神妙な顔で大きく頷く。
「なるほど、よく分かったわ。
ところで、ジェニー……」
そして、キリっとした顔で王妃様は訊ねる。
「駆ける、そして、飛ぶの合図は何かしら!」
「王妃陛下!」
と周りにいる王家の護衛騎士さん達が窘めるも「一応、一応よ!」などと言っている。
この王妃様も大概脳金さんだなぁ~
イザベル王女様も、そんな母親を困ったように目を細めて見ていた。
「お疲れ様だったわね、キュー」
「がぁ~」
着替えが終わったお嬢様が、わたしを持ち上げ、背中を撫でてくれる。
同じく着替えたイザベル王女様も「キュートリック様、乗せてくれてありがとう」と頭を撫でてくれる。
ふむ、喜んでくれたなら、頑張った甲斐はあったかな?
あれから、王妃様、王女様、お嬢様の順で乗せていった。
王妃様が無理矢理聞き出した〝駆ける〟や〝飛ぶ〟の合図を送ってきたけど華麗にスルーしつつ、楽しそうにするイザベル王女様にほのぼのしつつ、大好きなお嬢様を乗せて楽しくなったりしつつ、今日の任務をようやく終わらせた。
体力的にはともかく、気疲れをしてしまったようで、ぐったりとした。
因みに、お嬢様とイザベル王女様は制服姿だ。
中等部のお嬢様とは違い、高等部のイザベル王女様は白地の物を着ている。
お高そうであり、更に言えば、汚しそうでドキドキしそうな物でもある。
まあ、しっかりしているイザベル王女様なら問題ないかもしれないけど、前世のわたしだったら、絶対来たくないと思っただろう。
100%似合わないだろうしね。
護衛騎士のお姉さんたちに先導され、お嬢様たちに更衣室としてあてがわれた部屋を出る。
すると、王妃様やママさんと話をする、白い制服の男女が目に入った。
制服の男の子が、笑顔で何かを言っている。
男の子、っていうか、マーカスお坊ちゃまだった。
女の子は、薄茶色の髪の綺麗な子、ケーティさんで少し緊張気味に、でも笑顔で王妃様たちと話をしている。
お嬢様達が近づくと、それに気づいたマーカスお坊ちゃまがイザベル王女様に丁寧に頭を下げる。
ケーティさんも慌てた感じにそれに倣う。
イザベル王女様は笑顔で頷く。
「マーカスさん、ケーティさん、ごきげんよう。
お二人ともいらしていたのね」
マーカスお坊ちゃまが頭を上げ、微笑みながら言う。
「イザベル様、こんにちは。
父に、たまには顔を出すよう言われていましたので」
しかし、マーカスお坊ちゃま、格好いい!
身長が伸びすらりとした、まさに貴公子様だ!
前世のモデルさんにでも、絶対に負けてないと思う。
そんな事を考えているうちに、マーカスお坊ちゃまの隣にいるケーティさんが困ったように眉を下ろす。
「ごきげんよう、イザベル様。
わたしは、その、まだ早いとは思いましたが……」
すると、ドレスに着替えた王妃様やママさんが扇子を口元に当てて、目を悪戯っぽく緩める。
「あら、もう婚約をしたのですもの、別に構わないんじゃなくて?
ねえ、ジェニー?」
と王妃様が言うと、ママさんも頷く。
「その通りよ、ケーティさん。
しかも、許嫁同士、制服姿で寄り添いながらなんて、素敵だわぁ~」
そんな、まごう事なき、おばちゃんな発言をする2人に対して、マーカスお坊ちゃまは困ったように眉を寄せ、ケーティさんは顔を赤めて俯く。
そう、この綺麗なお姉さんこと、ケーティさんはマーカスお坊ちゃまの婚約者さんなのだ!
しかも、ケーティさんは領地が接している伯爵さん地の娘さんで、もともと仲の良かった家同士という事もあり、幼い頃から仲が良かった幼なじみとの事だ。
幼なじみを負けヒロイン扱いしていた前世とは違い、今世の伯爵令嬢さんは勝ちヒロインとなっていた。
因みに、ケーティさんの事をお嬢様は元々、姉のように慕っていたので、この婚約には大賛成のようだ。
今も、王妃様たちがいるから大人しくしているけど、目が合うと、笑顔で小さく手を振り合っている。
マーカスお坊ちゃまが咳払いをしつつ言う。
「それで、お父様はどこに?」
それに、ママさんが答える。
「あら、パパさんなら今日は来ないわよ。
……マーカスさん、こんな所で済まそうとせず、ちゃんと屋敷に帰ってきなさい」
「いや、屋敷に帰ると、なんやかんや、領の話になり色々と滞在が長くなるので……」
「今年で最後だから、少しでも楽しい学院に留まりたいという気持ちも、分からないでもないけど……。
領の話も大切な話じゃないの?
ほら、ケーティさんも一緒に連れてきても良いから」
ママさんが悪戯っぽく、ケーティさんに視線を流すと、綺麗な婚約者さんは顔を赤めながら「流石にその……」などとモゾモゾ言っている。
マーカスお坊ちゃまは「その辺りはまたの機会に」とか何とか言いつつ、王妃様やイザベル王女様に挨拶をすると、お嬢様に笑顔で「カティもまたね」と手を振り、婚約者を連れて去って行った。
ママさんが「困った事」と言い、王妃様が「まあ、今は許して上げたら」などと言っている。
ん?
イザベル王女様がどことなく寂しそうに見えた。
どうしたんだろう?
わたしがお嬢様に抱かれつつ、のぞき込もうとすると、それに気づいたイザベル王女様が笑顔で「キュートリック様、また乗せてね」と言った。
王都侯爵邸の庭園にて、お嬢様の膝の上で丸くなっているわたしは、ご令嬢方に「可愛い!」「キュートリック様は本当に可愛いですわ!」「本当に可愛い……」と言われながら撫でられている。
ふっふっふ!
そうでしょう、そうでしょう!
わたしは可愛いのだよ!
流石は王都で可愛いと評判のドラゴンボディ!
お嬢様方のハートをわしづかみだね!
ただ、だんだん、毛がもさもさされすぎて、乱れている気が……。
そんな風に思っていると、お嬢様が少し困ったように言う。
「皆、そろそろ止めて上げて。
キュートリックの毛が大変な事になっているから」
と止めてくれた。
流石はお嬢様!
わたしの気持ちをきちんと察して下さる!




