めでたい事実が発覚する!
わたしが切り分けて貰ったのは、アップルパイっぽいものだ。
いや、アップルパイという物を前世でも食べた事ないけど、テレビでこんな様なものをそう言っていた気がする。
顔を近づけると、果物を甘く煮た濃厚な香りが鼻をくすぐる。
これは、美味しい奴だ!
そんな事を考えつつ、フォークをそれに近づけると、突然、陶器が鳴る音が聞こえた。
視線を向けると、ママさんが口に手を当て震えていた。
音は、どうやら手にしていたフォークを落としたらしく、ケーキののった皿の横に落ちている。
「ジェニー?
どうしたの?」
王妃様が驚き、訊ねる。
ママさんの顔、真っ青だ。
「ジェニー!?」
とパパさんが立ち上がる。
ママさんは気丈に体裁を整えようとしている。
「申し訳ありません、少し席を――うっ!」
ママさんは立ち上がると、凄い勢いで、その場を離れようとする。
パパさんが「失礼します!」と声を上げ、ママさんを追いかける。
王城のメイドさん達も、駆け寄り、ママさんを誘導する。
それを、王族の皆さんとお嬢様は呆然と見送った。
お嬢様はハッとした顔になり、立ち上がると「父と母が失礼いたしました」と王様に深々と頭を下げた。
ここですぐに謝罪できるお嬢様、凄い!
王様は笑顔で「大丈夫だよ! 体調を崩したのなら仕方がない事だし、わたし達と侯爵、侯爵夫人との仲だ。気にする必要はない」と答えた。
王妃様が少し考え込んだ後、言う。
「余りいい加減な事は言えないですけど……。
ひょっとして、ジェニー……。
妊娠しているのではありませんか?」
それに、王太后様がにこやかに頷く。
「そうかもしれませんね。
そうなると、匂いの強いお菓子を出したのは、失敗だったかもしれませんね」
お嬢様は心配そうに、パパさん、ママさんが消えた先を見つめていた。
王妃様の予感は的中した。
なんと、ママさんは妊娠していたのだ!
知らされたのは、王城にある来客用の寝室で、ベッドに寝かされているママさんを、パパさんは凄く嬉しそうに、それでいて、優しく抱き寄せた。
ママさんも幸せそうに、それを受け入れている。
わたしもベッドに上ると、〝おめでとう!〟 という気持ちを込めて、「がっがっが!」と鳴くと、ママさんは破顔しながら「ありがとう、キュートリック」と頭を撫でてくれた。
お嬢様は何故かぎこちない感じに笑みを作り「おめでとうございます」と言う。
何でだろう?
ただ、ママさんは気にするそぶりも見せず、笑顔で「ありがとう。あなたもお姉様になるのだから、しっかりしなさいね」と言った。
本当であれば、侯爵領に家族全員で戻る所だったけど、ママさんの大事を取って、パパさんのみ戻る事になった。
妊娠初期は流産のリスクが高いもんね。
その辺りはママさんも分かっているらしく、納得はしていた。
していたんだけど……。
リビングの長椅子に座るママさんが、不機嫌そうに言う。
「領でどうしても外せない用事があるってのは知ってるし、それについてとやかく言うべきでない――それは分かっているのよ。
だけど、それでも、不満に思ってしまうものなのよ」
「は、はあ」
とお嬢様がなんとも言えない顔をすると、ママさんの眉が更に尖る。
「はあ? じゃないわよ!
あなただって、いずれ知る時が来るのだから!」
いやいや、ママさん、そうかもしれないけど、まだ幼いお嬢様にそのような事を言われても仕方がないでしょう!
そんな気持ちを込めて「がっ! がっ!」と鳴くと、ママさんはニッコリ微笑みながら立ち上がる。
そして、お嬢様の膝の上にいたわたしをひょいっと持ち上げ、再度座り直すと自分の膝の上に乗せた。
「ああ、キュートリック、あなたはわたしの気持ち、分かってくれるのね!」
いや、そうじゃない!
ママさん、そうじゃないの!
かといって、身重なママさんを思うと、無碍にも出来ず、不満そうにこちらを見るお嬢様の視線を感じながら、撫でられるしかなかった。
すると、扉が軽くノックされた。
ママさんが専属のメイドさんに視線を向けると、そのメイドさんは一礼した後、扉に近づいた。
そして、外と一言、二言、話をしている。
すぐに戻ってきたメイドさんはママさんに言う。
「マーカス様がいらっしゃいました」
それに対して、ママさんが柔らかく微笑む。
「あら?
マーカスさん!
どうぞ、入ってきて!」
すると、扉を開けてマーカスお坊ちゃまが中に入ってきた。
学院の制服がとても似合っている。
そんなマーカスお坊ちゃまが温和な笑みを浮かべながら近づいてくると、ママさんに「ご懐妊、おめでとうございます」と言った。
ママさんは嬉しそうに微笑みながら「ありがとう」と答える。
そして、お嬢様の隣を手で差しながら「私室じゃないんだから、わざわざ、ドアを叩く必要はないわよ」と言う。
マーカスお坊ちゃまも微笑みながら「分かりました」と頷くと、席に着いた。
メイドさんがお茶の準備をし始める。
ママさんは、ニコニコしながらマーカスお坊ちゃまに訊ねる。
「わざわざ、様子を見に来てくれたの?
ありがとうね。
薄情なお父君とは違うわね」
その言い草に、マーカスお坊ちゃまは苦笑する。
「父上に頼まれまして。
最初は、〝お前が領に行ってくれ〟と無茶を言われて、困りました」
「まあ」とママさんは嬉しそうに笑いながら続ける。
「いくら優秀でも、今のマーカスさんに任せられる事では無いでしょうに。
ふふふ、でも、マーカスさん、あなたにも覚えておいて欲しいの。
女が子を産むのは、嬉しいという思いもあるけど、同時に凄く不安な事だってね。
特に、初産の場合はね」
「はい、覚えておきます」
ん?
あれ?
初産?
例え話かな?
ママさんは続ける。
「あなたのお母様の時も、大変だったわ。
わたし、産気づいた後、あなたが生まれるまで、励ましながらずっと手を握っていたのだから」
「そうなんですね」とマーカスお坊ちゃまは少し、困った顔をする。
あ!
な、なるほど!
そういう事か!
すっかり勘違いしていた!
パパさんとママさんは再婚なんだ!
つまり、お嬢様から見たら、ママさんは義母さんという事になるのか。
そう考えると、パパさんやマーカスお坊ちゃまが死んじゃった後、お嬢様とぎこちなくなるのも分かるか。
あ、ひょっとして、ママさん、この後、男の子を産むのかな?
そうなると、パパさんの後を継ぐ件でも、何かあったのかもしれない。
いやまあ、今となってはどうでも良いけどね。
「今度は、マーカスさんかカティがわたしの手を握ってくれる事になるのかしら?」
などと、ママさんは悪戯っぽくいうので、お嬢様達兄妹は困った顔をしていた。
いやいや、普通にパパさんにお願いして!




