初の有人飛行!?
わたしは少し、駆ける速度を上げた。
前世のわたしは、多分運動なんてろくに出来なかったんじゃないかな?
なんとなく、そんな気がする。
だけど、このドラゴンボディーは凄い!
周りの景色が結構な速度で横に流れている。
っていうか、これ、どれぐらいの速度だろう?
馬とかよりは早くないとは思うけど……。
背中にいるママさんから「速ぁ~い!」とかいう機嫌良い声が聞こえてくるので、それなりにはなっていると思う。
もっと速度は出そうだけど……。
遠くで見守っているだろう団長さんの心労を思って、これ以上は出すつもりはない。
ん?
チラリとお屋敷を見ると、お嬢様とパパさんが2階のバルコニーからこちらを見ていた。
2人とも驚いたように目を見張っている。
あれ?
ひょっとすると、思ったより速度が出ているかな?
少し、落とすか。
そんなことを考えていると、不意に、足下に白い塊が飛んできた。
ひゃ!?
人!? 犬!?
足下に丸まったそれを、何とか躱そうとする。
バランスが崩れる!
「キャ!?」という声が背中から聞こえる。
このまま転んだら、ママさんが危ない!
慌てて、翼を羽ばたかせる。
転がるよりはマシだと思ったからだけど、力が入ったのか体がグァン! と上昇する。
わわわ!
何とか上空でバランスを取る。
気づいたら、お屋敷の高さ、その倍は高く飛んでいた。
マ、ママさん、大丈夫かな!?
「がぁ! がぁ!」
後ろに声をかけるも、返事がない!
ちょ、ちょっと!?
「がぁ! がぁ!」
何度か声をかけるけど、返事がない。
怪我をした!?
気を失っている!?
そんな状態で着陸して、大丈夫!?
そんな風に混乱していると、「うぁ~」という声が後ろから聞こえてきた。
そして、子供みたいにはしゃぐ声が聞こえてくる。
「うぁ~!
うぁ~!
うぁ~!
凄いわ!
すっごぉぉぉい!」
どうやら、ママさんは感動で声が出なかったようだ。
ま、まあ、この異世界で人間が、この高さで飛ぶ機会自体、めったに無いのだろう。
いや、ほぼ無いのかな?
騎竜自体はあるみたいだけど……。
何にしても、怪我をしている訳じゃなくて良かった。
わたしは鍛錬場の上をゆっくり旋回しつつ思っていると、ママさんがこんなことを言い出す。
「キュートリック!
キュートリック!
あちらの山まで飛んで頂戴!」
いや、そんなことやっていられません!
パパさんといい、この夫婦は似たもの夫婦か!
当然、ママさんの願いなど却下したわたしは、大騒ぎになっている鍛錬所に、旋回しつつゆっくりと下りていく。
「美味しいお菓子を食べさせて上げるから!
それとも、美味しいお肉が良い?
どちらも、いっぱい食べさせて上げるから!
ねっ!
ねっ!」
などと、ギャアギャア言っている後ろなど、無視無視だ!
わたしが着陸態勢に入ったのに気づいたのか、団長さんが場所を指定してくれる。
そこに向かってすーっと降りる。
ママさんがいるから、着地する時、後ろ足の膝をゆっくり曲げ衝撃を少なくする。
この辺りは鷹狩りモドキの時に、さんざん、練習したから大丈夫だ。
地面に着くと、ママさんにぶつからないようゆっくり翼を畳む。
そして、ママさんが降りるのを待つ。
「キュートリック、もうちょっと!」
とか言って、なかなか降りてくれないけど、断固とした姿勢でそれを待つ。
だって、初の人を乗せた状態での飛行は凄く怖かったもん!
もう、さっさと降ろして、ぐったりしたい!
団長さんも「キュートリック殿もお疲れのご様子! 今日のところは!」と言って促してくれたので、ママさんは嫌々ながらも降りた。
いや、もう、ドラゴンボディーに肉体的疲れは無いけど、精神的に疲れた。
わたしがぐったりしていると、パパさんが屋敷から駆けてきた。
そして、わたしの前まで来ると、開口一番、アホなことを叫んだ。
「ズルいじゃないか、キュートリック!
わたしの時はゆっくりだったのに、ジェニーの時はあんなに速度を出して……。
しかも、しかも、空まで飛ぶなんて!」
すると、兜を外し、不満そうにしていたママさんが、途端に上機嫌そうに口元を緩めた。
そして、パパさんの腕を撫でながら、艶っぽく見上げた。
「良かったわよぉ~
キュートリックに乗って、空を駆けるの。
すっごく気持ちよかったぁ~」
ママさんの煽りに、パパさんは悔しげに「くっ!」と声を漏らすと、「わたしも! わたしも空に連れて行ってくれ!」とわたしの背中に向かおうとする。
もう、疲れたんだって!
わたしは立ち上がって、それを避ける。
そして、前足でわたしに取り付けられている鞍を外そうとする。
こんな変な物があるから、こんな目に遭うんだ!
わたしの目から本気を感じたのか、団長さんが「キュートリック殿! 壊れます! 無理矢理外そうとしないで下さい!」と叫び、パパさんも慌てて「それ、高いんだぞ!」とか言っている。
そんなの知ったことか!
そこにお嬢様がやってきて「お父様! キューは疲れているんです! 無理をさせるのは止めて下さい!」と言ってくださり、パパさんは「分かった! 今日は諦めるから壊さないでくれ!」と懇願し始めた。
今日以降も、もう、乗せるつもりは無いから、壊そうと思ったけど……。
冷静になると、これを壊すとお嬢様も乗せることが出来なくなる。
仕方がなく、鞍から手を外し、団長さんに背中を向けた。
ホッとした顔の団長さんは「失礼します」とか言いつつ、背中から外してくれる。
そんなことをやっていると、年若そうな侍女さんが、土下座せんばかりに頭を下げた。
「もも申し訳ございません!
わ、わたしの不注意で!」
なんでも、洗濯物を取り込もうとした時、突風のためシーツを飛ばしてしまったとのことだった。
あ、あの白いのシーツだったのね。
蒼白な顔の侍女さんに、ママさんは「いいのよ、気にしないで!」と笑って答える。
しかも、「そのお陰で空を飛べたんだから、金一封を与えても良いぐらいよ!」とか機嫌良く言っている。
それに、頭痛を耐えるような顔のママさん付き侍女さんが「奥様! そういう訳にはいきません!」とか言っている。
ま、まあ、下手したら怪我をしていたかもしれないし、ね。
そんな侍女さんに、ママさんは手をひらひらさせながら「少なくとも、罰はいらないから」とか言っている。
そんなやり取りを見ていると、お嬢様が近寄ってきてくださり、「お疲れ様ね」とわたしの顔を撫でてくれる。
いつも通り、とても優しくだ。
でも、はぁ~
嬉しいけど……。
やっぱり、お嬢様には体一杯、抱きしめて欲しい……。
――
柔らかな温もりがわたしを包んでくれる。
嬉しい。
幸せ。
時々、香るお線香の匂いも、わたしは好きだった。
「子供はね。
愛されて、抱きしめられても良いのよ」
おばあちゃんの柔らかな声が心にしみる。
――恥ずかしい。
わたしはそうやって抱きしめられるのが凄く好きだった。
――恥ずかしい。
愛してくれているって思えたから。
――恥ずかしい。
わたしも、愛して貰えるんだって思えたから。
「お―あちゃ―は、お前なんか――――――んじゃないんだぞ!」
男の子の声が聞こえる。
恥ずかしい!
恥ずかしい!
恥ずかしい!
わたしはなんて恥ずかしくて醜くて――。
――
「キュー!」
という声と共に、柔らかく抱きしめられた。
「がう?」
お嬢様? あれ? 朝、お嬢様に起こされるのは珍しい。
いつもは大体、メイドのアネットさんに起こされるのに。
もちろん、お嬢様に抱き上げられるのに否やは無いので、「がう!」と言いつつ頬ずりをする。
お嬢様の柔らかで甘い香り、凄く癒やされる~
……あれ?
ここ、いつものお嬢様の部屋じゃない?
小屋?
あ、わたし大きくなったから専用の小屋を作って貰って……。
あれ、でも今、お嬢様に抱き上げられて?
あ、いや、あれ?
混乱しているわたしに、お嬢様が言う。
「キュー!
良かったわね!
また、小さくなれて、良かったわね!」
えぇぇぇ!
わたし、また小さくなったの!




