赤い脅威に追われて4
そんなことを考えつつ、またしてもアネットさん達を振り返ったミノタウロスに近づき、意識を――突然、牛頭がこちらを向き直った!?
片目がギラリと怪しく輝く。
しまっ――距離を縮めてくるミノタウロスを回避するため、慌てて上空に避難――咆哮と共に振られた棍棒を何とか回避したがバランスが崩れ、上空に飛び上がれない!
だけど、距離は何とか取れた。
良かった!
今のうちに空に逃れようと、意識を上に向ける。
「ゴォォォ!」
ミノタウロスが棍棒を振りかぶり――投げた!?
しまっ――。
「がぁ!?」
肩(前脚の付け根)付近に強烈な衝撃を受け、バランスを崩すと共に視界がぐるぐる回る。
そして、土の地面に転がった。
痛い!
痛すぎる!
悶えていると、突然、影に覆われたと思ったら、地面が揺れた。
見上げると、凶悪な牛頭がこちらを凝視していた。
左目からぽたりぽたりと血を垂らし、右目は血走っている。
口からは涎がこぼれ、怨嗟のようなうなり声を響かせていた。
ひぃぃぃぃぃぃ!
わたしが恐怖で硬直していると、ミノタウロスはその馬鹿太い腕を振り上げる。
あ、死んだ……。
そんな風に呆然としていると、遠くからパパさんが何やら叫ぶ声が聞こえてきた。
爆音が響き、ミノタウロスが苦痛の声を上げた。
焦げた臭いが鼻をつく。
え!?
何!?
再度、パパさんの焦った声が聞こえてくる。
「魔術唱え!
――放て!」
爆音と共に、ミノタウロスが怒声を上げた。
そして、振り向くと駆け出す。
た、助かった?
顔をそちらに向けると、ミノタウロスがパパさん達に襲いかかる様子が見えた。
何人もの人がなぎ倒されている。
いやいや、駄目でしょう!
わたしは痛む体を必死に起こす。
パパさんがミノタウロスに向けて、剣を突き出し、何かを叫んだ。
巨大な火の玉がミノタウロスを撃つ。
だけど、ミノタウロスは腕を振るってそれを掻き消し、パパさんに向かって拳を突き出す。
パパさんは冷静にそれを剣で捌き、また魔術を唱え始める。
だけど、ミノタウロスの動きが速い!
凄まじい速度で間合いを詰め、パパさんに掴みかかった!
助けなくちゃ!
わたしは地面を蹴って、飛び上がった。
パパさんがミノタウロスに右肩を掴まれ、顔を歪ませている。
ミノタウロスは右手を振り上げ――このぉぉぉ!
思いっきり翼をはためかせ、ミノタウロスの顔に後ろ足の爪を立てた。
「ごぉぉぉぉぉぉ!」
ミノタウロスが叫び、わたしの体を掴む。
視界がブレ、土の上に叩き付けられた。
「げほっ!?」
バウンドしたのか、再度、浮かび上がった所に、ミノタウロスが角を向けながら突っ込んでくる。
ひゃ!?
反射的に羽根を羽ばたかせるも、鋭い痛みが腹部を削り――視界には真っ青な空だけが広がった。
え?
なに?
しばしの浮遊感の後、ドサリという音と共に、右側に草の生えた地面が映った。
……お腹が、何故か、熱い。
だけど、追撃は……無い。
ミノタウロスの怒声が少し離れた所で響く。
今ので、ミノタウロスのもう一つの目も潰した……。
あとは……。
パパさん達が何とか倒してくれるでしょう。
……お嬢様が心配している。
早く……戻らないと……。
今のわたしには翼がある。
すぐにでも、お嬢様の元に飛んでいける……。
……。
いや、疲れたかな?
なんか、視界が薄暗い……。
少し、休んでからの方が……良い、かな?
パパさんの部下さんらしき人が、こちらに、かけて、きてくれている、みたいだし……。
ここに、いれば……。
パパさん達に、連れて行って、貰え、るかも、しれない、し。
そうだ……。
そうしよう……。
視界に入る草が、何故か赤く染まっていく。
え?
あれ?
何だろう?
何で、赤いんだろう。
それに……。
なんだかこの光景……。
わたし、見たこと、ある……。
……。
…。
。
……寒い。
体が凍えるように寒い。
特に、右腕が冷たい。
なのに腹部だけは熱い。
……あれ?
先ほどまであった土と草が消え、くすんだコンクリートの地面が見える。
でも、同じように……。
赤い液体が広がっている。
あれ?
どうして?
ここ……。
地下鉄のホーム、だよね?
なんで?
なんでわたし、こんな所で寝てるんだろう?
あれ?
誰かがわたしの顔を覗きながら、必死に何かを叫んでいる。
セーラー服の、女の子だ。
わたしの腹部に手を置きながら、ぽろぽろと涙をこぼしている。
あ、ああ……。
なんだ、メガネちゃんか。
こんな所で、膝をついたら、制服が、汚れるよ?
寝転がっている……わたしが……言えたことじゃ、ない、けどね……。
あれ?
なんで?
メガネ、外れているよ?
駄目だよう、もう……。
これじゃあ、メガネちゃんって、呼べないじゃない……。
しかも、涙だで顔がくちゃくちゃになってる……。
もう、美人さんが……。
台無し、だよ……。
……あ、あれ?
あ、ああ、そうか……。
わたし、メガネちゃんを……。
そうか……。
そうなんだね……。
……やった!
やった! やった! やった!
やった! やった! やった!
わたし……夢が叶ったよ!
ありがとう!
ありがとう、神様!
「なん・!
なんで、笑っているのよ!」
――
「がう?」
あれ?
わたし寝てた?
ゆっくり目を開けると、目を見開いたお嬢様の顔が見えた。
可愛らしいお目々から、次第に涙が溢れてくる。
「キュぅぅぅ!
キュぅぅぅ!」
お嬢様はついに泣き出してしまい、わたしはすっかり目が覚めてしまった。
えぇぇぇ!
なに!?
どういうこと!?
すると、メイドさん達が駆け寄ってくる。
しかも、皆さん、わたしを見てポロポロ泣き出しちゃうし!
えぇぇぇ!
何があったの!
しかも、しっかり者のアネットさんまで、「心配、したんだから!」と泣いてるし!
わたしが起き上がろうとすると、「キュー! 駄目!」とお嬢様に押し戻されてしまう。
よく見ると、わたしの体には包帯が巻かれていた。
え?
あ、そうか?
わたし、ミノタウロスにやられたんだ。
え?
パパさんは?
辺りを見渡していると、ドタドタという音と共に、部屋の入り口からパパさんやマーカスお坊ちゃまの顔が見えた。
パパさん、わたしを見てホッとした顔になる。
マーカスお坊ちゃまは少し涙ぐんでいるようだった。
そして、わたしに近づいてくる。
後ろから、アランさんとオントワンさんも目を赤くしながら、それに続く。
パパさんがわたしの背中を撫でながら言う。
「キュートリック、ありがとうな!
お前のお陰で、奇跡的に死者が出なかった!
本当に、お前はわたしの誇りだ!」
……いや、どさくさに紛れて何言ってるの?
わたしはお嬢様の誇りであって、パパさんはただの保護者だからね!
……まあ、パパさん達が無事で良かったけど!
お嬢様も「お父様やお兄様、皆を守ってくれて、ありがとうね!」と言ってくださるので、凄く嬉しい!
凄く怖かったけど、頑張った甲斐があるってものだ。
……あれ?
なんか、大切な事を、夢で見てた気がするけど……。
ま、いいかな?
お嬢様の柔らかな手で撫でられ、思うのだった。




