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お飾り聖女、光の魔法使いに転職します! ~熱狂者が創り出す極上の舞台~   作者: 綾野あや
第1部 竜の聖女編

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第28話 魔力補給


 目が覚めた時、窓から差し込む日の光が、まだ明るいことにホッとした。

 身体のだるさは残るものの、あれから数時間も経ってなさそうだ。


 再び、ベッドに倒れこんで目を閉じると、魔力回路の感覚を手繰り寄せる。

 左手の甲が小さく疼く。

 でも、壊れてはなさそうだ。腕の痺れも消えているし、やっぱり単純に使いすぎが原因なんだろう。短時間で乱発しすぎたのが悪かったに違いない。

 天井への投影は、専用術式があったとしても広さによって、かなりの魔力量を消費するようだ。

 アレクの演奏会の時は、二十人くらいが限界の小さな部屋で行われたし、練習の際も大きく変化しない演出だったから、あまり投影することはなかった。


(んー……もう少し回路を拡張してもらうべき、かなぁ)


 量の問題なのか、それとも出力する私の問題なのか。悩ましい。

 すると、トントンと小さくノックする音が聞こえた。返答するか一瞬、迷ったけれど、起きたことは伝えておくべきだと思ったので、素直に返事をした。


「あぁ、良かった。目が覚めたんだね」


「アレク」


 彼は胸をなでおろして、淡く微笑む。

 ゆっくりと歩み寄ってくると、ベッドそばにあった椅子に腰かけた。


「どう? 体調は」


「まだちょっとだるいけれど、大丈夫だよ。ありが……とう」


 アレクを真正面に見たときに、お姫様抱っこされたのを思い出した。

 人生初のお姫様抱っこが、本物の“王子様”って、どんだけ徳を積んだ、前世の私。

 背中から大量に汗が噴き出そうで顔が引きつりそうになる。けれど、これ以上の心配をかけるわけにはいかなくて、何とか笑顔はキープした。

 

「でも、まさか、丸一日寝込むとは思ってもみなかったよ」


「えっ、丸一日!?」


 思わず、外とアレクを交互に見る。

 そうだよ、とジト目で見られると、私が寝ている間のことを話してくれた。

 

 まず、宮廷楽団メンバーの大反省会が行われた。私が倒れたことで、アレクは団内で徹底的に話し合うよう促したらしい。

 ちなみにミディーナの演奏による聞き比べの際に、団長であるダーヴィットさんが不在だったのは、魔術士団と相談していたからだそうだ。改めて、魔法演出を続けるか否か、どのような演奏ならば演出と組み合わせできるか。団長なりに、演奏者たちの気持ちを考えていたわけだ。

 そして、爵位についての噂話は、アレクが「ありえない」と一蹴。全権を委ねられている上に、演出を依頼した自分が、そんなことをするわけがないと語ったそうだ。噂に惑わされるくらいなら、観客の心を感動で振り回せ、と檄を飛ばした。


(かなり……怒ってる)


 表面上は、終始和やかに話すけれど、水面下では怒りが渦を巻いているのがヒシヒシと伝わってくる。

 その目が笑っていないところが、余計に怖い。


「……ところで、ハルカ。君も相当、無茶したようだね」


「えーっと」


 倒れた直後、すぐに魔術士団長直々の健康チェックが行われた。風邪や病気といった類なら、薬学班や回復魔術担当に引き継ぐ。けれど、診断結果は、魔法の使い過ぎによる魔力回路の熱暴走。魔術士でも術を連発しすぎると、回路がおかしくなるそうだ。

 基本的には安静第一で、熱が治まればまた通常通り使えるようになる。まれに、回路が使い物にならなくなってしまう場合もあるけれど、それは本当に酷使しすぎたときぐらいだ。念のために回路も診てもらったけれど、問題はなかった。


「ご、ご迷惑をおかけしました」


「全く。倒れたときは肝を冷やしたよ。君は竜の聖女なんだ。万が一のことがあったら、薄明竜の逆鱗に触れるかもしれないんだよ?」


「うっ」


 シグリードの名前を出されたら、何も言えなくなってしまう。

 そういえば、契約の時に魔力を過剰に求めすぎるな、と言われたことを今になって思い出した。


(契約打ち切り、とか、ないよね)


 サーっと血の気が引いて、自分のしでかしたことの重大さに気づく。魔力の感覚はあるから、まだ契約は切られていないはずだ。

 でも、やりすぎたことは伝わっている気がする。平謝りして許してもらえるだろうか。土下座くらいで済めば全然いい。

 今すぐにでも、謝りに行ったほうがいいのかなと、思ったけれど、まだ頭が揺らぐ。


「まだ寝てる? 魔力が足りていない?」


「えっ、あ、魔力は足りてる……というか、シ……薄明竜からもらってるから、大丈夫なんだけど。その、あんまり使いすぎるなって言われたから」


「ふぅん、そう。つまり、魔力の補給源が別にあればいいんだね」


「へっ?」


 キラリ、と目が光ったのは気のせいだろうか。


「ハルカ、手を出して」


 おずおずと両手を出せば、アレクは極上の笑みを浮かべて、私の手をすっぽりと両手で包む。

 突然のファンサ攻撃。

 反射的に腕をあげて、その手から逃れようとしたけれど、びくともしない。

 その爽やかな笑顔と相反するように、腕には力が込められていた。


「あ、ああ、アレク!? あの、これは!?」


 声がひっくり返って、今すぐにでも手を放してほしいのに、アレクはますます力を込める。

 ピッタリと吸い付く肌。


 いやいやいや、無理無理、無理。

 誰か助けて。この王子様、自分の破壊力わかってない。


 男性特有の大きく節くれだった手。白く長い指は綺麗だけど、その内側は剣の練習をしているのかゴツゴツと硬い。

 触れ合っていることで生まれる熱が、余計に密着感を生み、じわりじわりと体温を上げていく。


「離さないで。人並み程度だけど、僕にも魔力はあるから、補給くらいはできるよ」


 少し厳しい声に思わず息を呑む。

 魔力補給が握手だなんて聞いたことがない。

 けれど、初めてシグリードと契約したとき、同じように手を包まれた感触がよみがえる。あのときも、こうして魔力が伝わってきていた。

 だったら、同じだ。そう、あくまでこれは、アレクの厚意だ。ものすごくファンサの手厚い、レジェンド級のアイドルの握手会だと思えばいい。


(……いや、やっぱり無理!)


 思わずぎゅっと目をつぶれば、手が震えてくる。


「……僕と手を繋ぐの、イヤ?」


「っ! そんなことない!」


 むしろ、手を洗いたくない。洗っちゃいけない。

 貴重な国宝クラスの御手だ。元の世界だったら、きっと串刺しにされること間違いなし。もしかしたら、このドルガスア国内にもアレクシウス王子ガチ勢がいるかもしれない。そんな人たちに見られたら、即粛清だ。


 そんなアレクは私の文字通りの言葉に、なぜか機嫌がよくなった。

 さっきまでの怒りの気配が消えて、反対に鼻歌でも歌いだしそうな勢いだ。


「じゃあ、ハルカ。申し訳ないけど、足を出してもらっていい? 腰かける感じで」


「えっ、あ、う、うん」


 言われるがままに、寝具から足を出してベッドに座る。

 すると、アレクが席を立って、私の横に腰かけた。


(なんで、横?)


 ギシリと二人分の重さにベッドが鳴り響く。

 場所ゆえの反動に、一瞬だけ腰が引けたけれど、するりと絡まる腕がそれを制した。

 そのまま流れるように、アレクの指が私の手のひらを滑り、指の間にはまる。きゅっと覆われたら、容易に外すことはできない。


「これで、逃げられないね」


 アレクが少しだけ首を傾げて、意地悪そうに私の顔を覗き込む。


「……は?」


 間抜けな声をあげた私に反して、彼はクスクスと笑うと指先で私の手の甲をこすった。


 ボンッと瞬間沸騰器が爆発した。


 脳に多大なる損害が発生。これより、省エネモードに移行……したい。

 もはや、魔力回路よりも先に、私の神経回路がおかしくなってきた。


「……顔、真っ赤だよ。まだ熱があるのかな? それとも……」


「も、も、もう、魔力はいっぱいだから、てっ、手を……」


 情けない声をあげれば、アレクも流石に私のキャパオーバーっぷりに気づいたのか、動きを止めた。


「ごめん、ごめん。でも、もう少しだけ、ね」


 隣で揺れる肩に、羞恥から泣きたくなった。

 もう本当に勘弁してほしい。また、魔力補給されないように、絶対に無茶はしないと心に誓う。

 

 そして、塔に帰ったときにもそれは同じだった。

 張り詰めた空気が、扉の前から伝わってくる。


「ハルカッ!」


 普段のシグリードからは想像できないほどの荒ぶった声。

 ビリビリと響く音圧に、足を進めるのが怖くなった。

 


 


 


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