↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お飾り聖女、光の魔法使いに転職します! ~熱狂者が創り出す極上の舞台~   作者: 綾野あや
第1部 竜の聖女編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/83

第19話 光の閉幕


 観客が固唾を呑み、舞台に視線を注ぐ。

 ――次に何が起きるのか。張り詰めた空気が、肌に触れるようだった。

 

 調弦の音が、合図のように静かに響く。

 そして、厚手のカーテンがゆっくり閉じられ、部屋が暗くなる。

 突然の暗転に、一部の貴族たちはわずかに動揺した。


 けれど、譜面台に灯った小さな明かりと、続く演奏への期待がそれを打ち消していく。

 すっと四重奏メンバーが弓を構える。

 チェロの低音に、ヴァイオリンの艶やかな旋律が重なり、二曲目のバラードが始まる。

 

 この曲は、ヴァイオリンの高音がきらめく、美しく繊細なバラードだ。

 だからこそ、ロベルトさんが提案してくれた“夕暮れから夜明けへと移り変わる”場面を、魔法で再現することにした。


 青い光が四つ、それぞれの楽器からふわりと宙へ舞い上がる。

 やがてその光は青白いオーロラの帯となり、観客の頭上を流星のように弧を描いて流れていく。

 すると天井は、星々がまたたく夜空へと姿を変えていった。


 ヴァイオリンの旋律が、夜風のように静かに吹き抜け、頬をやさしく撫でる。

 ビオラとチェロのまろやかな音が、夢を誘うように観客を包む。

 

 盛り上がりの頂に差しかかったところで、私はさらなる魔法を紡ぎ出す。

 

 ――それは、雪のように軽やかで、涙よりも儚い光の粒。

 曲と共鳴するように、星々が瞬き、その欠片が降り注ぐ。

 まるで“星のシャワー”のように、観客の上に舞い落ちる。

 

 自然と手のひらを差し出す人々。

 けれど、その掌に届く寸前で、光の粒は儚く消えてゆく。

 ヴァイオリンがその余韻を切なくなぞり、音と光がひとつになって、胸を締めつける。

 その美しい時間に陶酔するような声が、観客席から漏れ聞こえてきた。


 転調にあわせ、空からの光粒は姿を消してゆく。

 代わりに、舞踏会のときと同様、白い幕に星空の映像が投影される。


 プラネタリウムで見たような、軌跡を描いて移動する星々。

 音に合わせて静かに円を描き、跳ねるリズムに流星が駆け抜ける。

 しなやかな旋律には、満ちた月が浮かび上がり、静かに余韻を残す。


 そして、星々のきらめきが徐々に薄れていく。


 満天の星空も好きだけど、私はこの後の移ろいの方がさらに心惹かれる。

 夜は明け、やがて空は白み始める――薄明時だ。

 青い瞳が私を見守ってくれているようで、左手の甲がじんわりと熱を帯びる。

 夜空のカーテンを払うように、ビブラートが響き、星の世界は静かに幕を閉じた。

 

 聞こえるのは、譜面をめくるかすかな音だけ。


 誰ひとりとして、息を飲む以外の音を立てない。

 全員が舞台に、魔法に、音楽に――心を奪われていた。

 

 一方で、ロベルトさんたちの緊張が、こちらまで伝わってくる。


 次は、演出としては最後の一曲。

 ワルツやバラードとはまったく違う、グルーヴ感あふれる曲だ。

 格調高い伸びやかな旋律ではなく、細かな指使いと高度なテクニックが求められる難曲。

 魔法と音楽を重ね合わせ、さらなる衝撃を生み出せるか。まさに、真価が問われる場面だった。

 テンポが速く、誰かひとりでも狂えば、そのまま崩れてしまう。


 私は蛍光ピンクの光球を生み出す。

 今までの柔らかな光とは違い、蛍光ピンクの鋭い光が空間を切り裂くように広がる。


 まずファーストヴァイオリンが先導するように鮮やかな音を紡ぎ出し、それに続いてセカンドヴァイオリンが柔らかく応える。それをビオラとチェロが低音で支えながら、演奏が加速していく。

 その中で、私の光球も変則的に――まるでネオンのように、観客と演奏者のあいだを不規則に飛び回らせた。

 蛍光色の球は音に合わせて色を変え、点滅し、消え、また現れる。

 観客のざわめきが伝わってくる。それでも私は、視線を舞台に定めた。


 練習では失敗ばかりだったけれど、今はすべてが一糸乱れぬ動きで重なっていく。

 

 そして、サビの盛り上がりへ駆け上がる。

 ピンク色と相反する、蛍光緑を生み出し、その二つの球が互いに追いかけるように上昇していく。

 客席も釣られるように上を見上げて、その行く末に期待をかける。


 パンッ!


 弾けたその瞬間、金色の紙吹雪が舞台へと降り注ぐ。

 わっ、と声があがり、興奮と動揺に席が大きく揺れ動いた。

 まるでライブのフィナーレのように、銀テープの代わりに舞う金の煌きのなかで、四重奏が高らかにハーモニーを奏でる。

 指と弓が踊るように動き、ヴァイオリンの高音が軽やかにビートを刻む。

 チェロの重厚な音が、旋律をしっかりと下から支えていた。


 そして演奏は、序盤と同じ旋律へと戻っていく。

 けれど、光球の動きは最初とは違い、今度は観客の頭上を舞い、会場全体の熱気が渦を巻く。


(――いよいよだ)


 私は広げた手に力をこめて、床を強く踏みしめる。


 ここが最大の見せ場。


 ファーストヴァイオリンのソロパート。

 

 たった一つの楽器が生み出す、技巧の極みともいえる高速の旋律。

 それは、まるで焦燥と高揚がせめぎ合うような、張り詰めた音。

 客席もその緊張感に身を縮こまらせて、祈るような仕草で固唾を飲んで見守る。

 

 音が頂点へと駆け上がった、その瞬間。


 私は最後の魔法を放った。


 雷を凝縮したような、プラズマめいた眩い球が、暗い天井へ吸い込まれるように上がっていく。

 そして――。

 

 バチンッ!


 鋭い音とともに、七色の花吹雪へと弾けた。

 天井から降りそそぐ光の欠片に、観客たちは息を呑みながらも手を伸ばし、会場の熱は最高潮に達する。

 四重奏が喜びを謳うように音を重ねる。

 煌めく花びらと重なったその響きは、会場そのものを祝福しているようだった。

 自然と私も――舞台の四人も、楽しさを隠しきれないように笑っていた。

 

 やがて最後の一音とともに、一斉に弓が引き抜かれ――舞台は幕を閉じた。

 

 息を呑むような静寂。

 演奏者たちの少し乱れた呼吸が、目の前で起きたことを受け入れる準備のようだ。


 やがて、それを打ち破るようにパチパチと、どこからか手を叩き始める音が聞こえた。

 そして水面に波紋が広がるように、拍手が連鎖していき、次第にそれは会場全体へ広がる。

 

 それだけじゃなかった。

 誰かが拍手をしたまま立ち上がると、その動きが火種となり、観客は次々に腰をあげていく。


 スタンディングオベーション。

 会場は、拍手喝采の嵐へと変貌した。

 

 私の目には、その光景が、夢中で“推した”あのライブ会場と重なって見えた。

 冷めやらぬ夢、熱狂、興奮。

 全身が熱を帯び、胸の奥から込み上げる喜びが、涙となって溢れ出す。


 溢れた涙を拭いながら、これまでの軌跡が次々と脳裏に浮かび上がる。

 こんなふうに“自分の存在がステージの一部になってる”なんて、想像したこともなかった。

 舞台の上で晴れやかに笑うロベルトさんたちを見た瞬間、一緒にこの景色を作れたのだと気づいて、熱い雫がまた頬を伝った。

 

 いつだって観客側だった。

 拍手を送り、光を見上げ、夢を受け取る側。

 けれど今は――私が、この“場”を作っている。

 楽しい場所を作りたい。その一心でここまで来れて、ようやく、ステージに立つ彼らの本当の気持ちがわかった気がする。


 これが“魔法”なんだ。


 しかも、とびっきりで、ずっと、ずっと解けない夢の魔法。

 こんな体験を一度でもしたら、虜になってしまう。

 だから、彼らはステージに立ち続けているんだろう。


「……よかった」


 本当に良かった。

 今まで歩んできた時間が、確かにここへ繋がっていた。

 この気持ちがある限り、私は、きっと、どこまでも歩いていける。


 部屋を覆っていたカーテンが開き、会場は元の明るさを取り戻した。

 鳴りやまない拍手の中、アレクシウス王子が静かに壇上へ上がった。

 そして客席を見渡しながら、穏やかに口を開いた。


「本日の演出は、まだ試みの段階にある新しい技法です。どうか今しばらくは、この場だけの秘密として胸に留めていただければ幸いです」


 その声音には、王族としての威厳と、ひとりの音楽家としての熱が滲んでいた。


「それでも今日、皆様にお披露目したかったのは――私の帰国を祝うこの日を、誰より特別なものにしたかったからです」


 その言葉に、会場の拍手はいっそう温かなものへと変わっていった。

 

 そうして、アンコール代わりの明るく朗らかな曲が流れ、留学帰国記念演奏会は盛大に幕を下ろした。


 






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。