第14話 王子様
この部屋にも机が欲しくなってきたけれど、さすがにそれはワガママすぎるかな――と、クリップボード代わりの本を膝に置きながら、ふと思う。
「妙なことを始めたな」
音楽に魔法を合わせる意味が全くわからない。とばかりに、薄明竜は肩をすくめる。
確かに彼のなかでは、火や水を具現化させて戦いに使うものなんだろう。けれど、塔の中に引きこもっている以上は、そういったことには無縁だ。
それなら、有効性の高いものに使ってもいいはず。
昨日のミディーナやイケメンセンターさん(仮)からは、好感触を得られた。特に夜はライトがより鮮明になったことで、演出が映えた。それに対して、彼はいたく気に入って、あれこれと聞いてきたくらいだ。
私もつい調子に乗って、しゃべり倒してしまった。
(オタクの早口、良くない)
薄明竜のときもそうだったけれど、照明やステージに関する話だとタガが外れてしまいがちだ。
これのせいで、喋らないように心がけているのに、聞いてくれるとわかった途端に、嬉しくなって周りが見えなくなってしまう。
手元に置いた紙は、それを発散させるためのものだ。
部屋でやってみたい演出リストを書き連ねていたけれど、ふと、薄明竜に許可を取ったほうがいいのかと思って部屋を訪ねた。
「……やっぱり、気に入らない?」
魔力の供給元は、薄明竜だ。
一方的に元を断つことができるからこそ、彼に断っておくのは筋というものだ。
薄明竜と契約した以上は、それに見合うだけの行動はしたい。
「魔法を使うのはお前自身だ。そこに俺が介入したところで意味はない」
薄明竜は半ば諦め気味に嘆息する。
本来の魔法用途とは外れているのだが、とでも言いたげだ。
「だが……どういう風に使うか、興味はある」
ほんのわずかに口元が動いて、瞳が少しだけ輝いたように見えた。
少なくとも、私の魔法の使い方には興味があるみたいだ。
確かに魔法を照明代わりにしようという発想はないのかもしれない。けれど、私にとってはステージ演出自体が“魔法”みたいなものだ。角度を少し変えるだけで陰影が変わったり、紙吹雪一つで歌の印象が強くなる。
照明と効果の組み合わせも無限大だし、化学変化のようで楽しい。そういうところが気になっているのかもしれない。
昨日の青年もそんな風に思ったのだろうか。
ミディーナから、演奏会の編成についても聞いていた。
弦楽四重奏――つまり、ヴァイオリンが二人と、ビオラ、チェロの四人編成。
ミディーナは第二ヴァイオリン担当だから、第一ヴァイオリニストが別にいるはず。
だったら、昨日の彼だったらいいな、と思ってしまう。同じように興味を抱いてくれたなら、助言もしてくれるかもしれない。
闇夜に浮かぶ月のような金糸の髪。
長いまつ毛に縁取られた、清涼感を湛えた翠緑の瞳。
陶器のように滑らかな肌と、優しげな面差しは、ソロでも十分にやっていけそうなビジュアルアイドル。
ナポレオンジャケット風の上着に金ピカボタンとフリンジをつけて、白いスラックスを履けば完璧な王子様になる。
ヴァイオリンを奏でる姿も十分に破壊力抜群だった。もしもそれで、甘い声音のバラードなんて歌われたら、失神する女の子が続出するに違いない。円盤は間違いなくミリオン達成だ。
思わず、ここが異世界だということも忘れて考えてしまう。
小窓を見上げれば鉄格子も視界に入る。ほんの一瞬だけ、私も閉じ込められているような感覚がした。
「……ちゃんと聞けば良かったなぁ」
「昨日の男か?」
「名前を誤魔化されちゃったんだよね」
帰りがけに名前を尋ねたところ「ナイショ」と無敵のスマイルを浴びせられて、心臓が持っていかれそうになってしまった。
自分の武器をわかっているアイドルほど、強いものはない。まごうことなき、一つの時代を築けるトップスターだ。
すると突然、薄明竜が顔を横に向けると鋭い視線を送った。
その先にあるのは、鉄製の強固な扉。
竜の塔の出入り口は二つある。一つは、私の住居の扉で、食事を運ぶロレッタさんもそこを使っている。
私の部屋と塔は通路で繋がっているけれど、その扉は聖女専用だ。
そして、塔に直接つけられた扉こそ、私と王族の許可がなければ決して開かれないはずのセキュリティ。
だからこそ、そこが開かれることなんてないと思っていた。
けれど、横顔が険しさを増し、神経を研ぎ澄ませるように目を細める。
「…………」
やがて彼は、静かに立ち上がると、光と共に巨大な竜の姿へと戻っていった。
「えっ、なんで……?」
問いかけるよりも早く、竜は無言で奥に戻っていく。
最後は睨みつけるように見ていたあの扉が、開くということなのだろうか。
人型でいる姿を見られたくないから、竜の姿になったというのなら理屈としてわかる。
心臓がドクンと大きく跳ねる。ロレッタさんからは何も聞いていなかった。でも、人が……王族が来るのだろうか?
それでも、扉を開けるときには必ず事前通達があると聞かされていた。
脳裏によぎったのは、ウィリオット王子の姿だ。
私の様子でも見に来たとでも言うのだろうか。もしくは昨日、ミディーナとのセッションを咎めに来た、とか。
いくらなんでもそれは早すぎると、頭から振り払う。
けれど、もしも、塔の中にいるのか確認だけのために訪れたとしたら?
祈るような気持ちで手を合わせる。どうか、開きませんように。
だが、そんな願いも虚しく、重く沈んだ開錠音が塔に響き渡る。
ゆっくりと開かれた扉の向こう、門番二人のあいだから、すっと一人の青年が入ってきた。
「やぁ、ハルカ。昨日は、楽しかったね」
朗らかに、そしてどこか楽しげに笑ったのは――昨晩、庭園で出会ったあの彼だった。
「えっ…………えぇっ!?」
あまりに予想外の登場に、思わず塔中に響き渡るほどの大声を上げてしまう。
自分の声に驚いて口を押さえるも、開いた口は簡単には塞がらない。
目の前の彼が、いったい誰なのか全く、見当がつかなかった。
「昨日は、名乗らずにいてごめん。まさか聖女に出会うとは思っていなかったからね」
彼は、悪戯が成功した子供のように笑いながら、少女マンガの王子様そのままに優雅な足取りで近づいてくる。
驚きと緊張で体が強張る中、彼は私の前に立つと、恭しく一礼した。
「聖女様。昨夜は、私の不作法により、ご無礼を働いてしまいました。どうか、その慈悲深きお心で、この若輩の非礼をお許しいただければ、これに勝る喜びはございません」
「…………えっ、あっ」
頭を下げられたまま、しばし言葉が出なかった。謝られている――のだろうか?
ようやく意味を理解し、「だ、大丈夫です、気にしないでください!」と慌てて首を縦に振る。
パニック気味に何度も頷く私に、彼はやんわりと苦笑して、優しく微笑みかけてくれた。
「私は、アレクシウス・ドルガスア。この国の第一王子にございます。遥か異郷での学びを終えて、久方ぶりにこの地に戻ってまいりました」
「…………だい、いち、おうじ?」
オウム返しのように、その肩書きを口にする。
第一王子……? 王子様……?
さっきまで、魚のように口をパクパクさせていた私は、ようやくその事実を飲み込む。
(この国の王子って……ウィリオット王子だけじゃなかったの!?)
衝撃のあまり頭が真っ白になる。が、昨夜のことが一気に脳裏によみがえってきた。
念のためミディーナと同じように、魔法について口外しないようお願いをしていた。
けれど、彼女から教えてもらった演奏会について話していたんだ。
もし可能であれば、やってみたい、なんて夢物語を語って、秘密を共有していた。
頭の中で警報が鳴り響くなか、アレクシウス王子が視線を向けた先は――薄明竜。
薄明竜は、まるで何も関係ないといった風に、檻の中で丸くなって眠っている。
私がこれだけテンパっているというのに……。
なんだか、自分ばっかり慌ててるみたいで、ちょっとだけムッとした。
「それで、早速で悪いんだけど。昨日話していた件――宮廷楽団長と相談したら、問題ないって確認が取れたから、やろうか」
「えっ…………?」
「僕が主催する演奏会の演出。よろしくね」
「えっ、えぇぇぇーーっ!?」
叫びが、塔に響き渡る。
でもどこかで、胸の内が期待に膨らむような感触があった。
ミディーナもそうだけど、アレクシウス王子がスポットライトを浴びる、そんな舞台が見えたからだ。
煌々と差す一筋の光。
けれど、その旋律には、わずかな不協和音が混じっていた。
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