第13話 星明かり
夕食を終えて一息つくと、今日の出来事が頭を巡った。
(……とんでもない約束しちゃったなぁ)
机の上に突っ伏して、見えない紋章を見つめる。
予想以上に魔法がうまくいったのは嬉しかった。受け止めてもらえた上に、他のメンバーにもそれが向けられたのは、彼女が演出を気に入ってくれた証拠だ。
そして、ミディーナと「発表してみよう」と勢い込んだのはいいものの、計画に移そうとしたらハードルが高いことに気が付いた。
そもそも、竜の聖女を演奏会に参加させること自体が前代未聞だ。申請なしに出演するのは難しいし、魔法が使えない可能性もある。
だからと言って、演奏者として出る、というのも無理な話。ピアノもヴァイオリンもまともに触れたことがないし、リコーダーすらも怪しい。
結局、ミディーナと一緒に色々案を出してみたけれど、どれもしっくりこなくて、いったん保留。
ただ一つ決めたのは“魔法”が使えることを公に口外しないということだけだ。私の立場は、まだ未知数なところがある。
それが使えると話が広まった途端に、どんな扱いを受けるのかわからない。
(それに魔法の契約は秘匿しなきゃいけないものだったら……。守秘義務違反でクビになりかねないもんね)
薄明竜と契約している以上、軽々しく話していいことじゃない気がする。
そもそも、この契約がどれくらい秘密のものなのかもわからない。
だから、慎重にしておくべきだと思った。
(……ミディーナと約束しちゃったけれど)
でも、あの時の光景は忘れられない。
浮遊する光と共に演奏する彼女の姿は昼間なのに幻想的だった。
私は立ち上がって、外に出る準備をする。
やっぱりライトは暗がりで映える。だから私は夕食後に外に出ることを決めていたのだ。その方がイメージが湧きやすい。
(……それに、もう少しだけ、応えたい気がする)
コソコソと練習する分には大丈夫だろう。門番たちは真反対にいるから、派手に使わなければ駆けつけたりしないはず。
そうして、私は静かにドアを開けた。
*
「わぁっ」
満天の星々が輝く世界に思わず声をあげてしまう。
ネオンに遮られることもなく、月光と遜色ないくらい、天上の煌めきがありのままの輝きを放っていた。
それでも、辺りが暗いことには変わりない。
これくらいなら十分にライトの色もわかるし、明かりも調整しやすそうだ。
けれど、塔のすぐそばで練習するにしても、門番たちに一言伝えておかないのは不自然かもしれない。
(……なんて言ったらいいのかな)
外の空気を吸いたくなった――それでも通じるだろうか。
ふいに、かすかにヴァイオリンの音色が耳に届いた。
ミディーナのような明るさとは違い、どこか切ない旋律が夜闇に溶けていく。
誰か練習しているのだろうか。
思わず、足を運びそうになって踏みとどまる。庭園の方から聞こえてくるけれど、月明かりがあるとはいえ、暗いことには変わりない。
けれど、誰かが演奏しているなら、魔法と合わせてみたい。
そんな気持ちがふくらんで、ダメもとで門番に尋ねてみることにした。
少し回ってから挨拶すると、最初こそ門番たちは警戒したが、私だとわかるとすぐに緩んだ。
そして「ヴァイオリンの音が気になって」と告げると、それなら庭園まで案内してくれるという。
けれど、魔法の練習をするかもしれないことを考えると、同行してもらうのは避けたい。
丁重に辞退し、代わりにランプをひとつ借りることにした。交代まで時間があるとのことで、快く貸してくれた。
私はランプを手に、庭園へと足を運ぶ。
塔と城の中ほどに位置するその庭園は、小ぶりながらも手入れが行き届き、薔薇のアーチや整えられた植え込みが静かにたたずんでいる。
――その奥から、胸を締めつけるような音色が響いてきた。
(…………ッ!)
アーチを抜けた先にいたのは、月の光を紡いだような金髪の青年がいた。
背は高く、しなやかな筋肉を備えた体つき。ヴァイオリンの演奏も洗練されていて、涼やかな横顔はトップアイドルそのものだ。
青の装飾付きの上着は彼の高貴な雰囲気を引き立てて、凛とした空気が漂う。
――まるで、少女マンガから抜け出してきた王子様。
薔薇咲く夜の庭園で、ヴァイオリンを奏でるその姿。
ラブストーリーの一場面のようで、思わず見とれてしまう。
「そこにいるのは、誰かな?」
柔らかな声が夜気を揺らす。
あまりに現実離れしていて、夢を見ているのではないかと疑ってしまうくらいだ。
「あっ、えっと、こんばんは……」
私は言葉に詰まりながら、自己紹介をして頭を下げる。
ドキドキと忙しなく動く心臓を抑えながらも、改めて観察すれば、その貴公子然とした姿にあてられて倒れてしまいそうになる。
彼の物腰からは気品が感じられて、まさに老若男女問わず人から愛されそうな存在だ。
アイドルだったら、絶対センター。むしろ、一人でもドームを埋められるくらい、カリスマ性がある。
そんな彼は私が聖女だと信じられず「君が?」と訝しむように見つめ返した。
凛とした視線に、心を射抜かれそうになるのをグッと堪えて、ランプを借りたことを伝える。
すると、門番の行動に納得したようだった。
「なるほど、君が……。でも、聖女様がどうして、こんなところに?」
ヴァイオリンの音色に引き寄せられた、というのが一番の理由だ。
でも、まさか、こんな最上級のイケメンに出会えるなんて思ってもみなかった。まごうことなき、百人いや千人に一人の逸材。そして、ミディーナと同じヴァイオリンが弾けて、しかも今は夜。こんな絶好のシチュエーションは他にない。
魔法が使えることを秘密にすると決めた手前、簡単に破っていいものではないかもしれない。
ミディーナは受け入れてくれたけれど、拒絶されたり、もしかしたら咎められることなのかもしれない。
それでも。
センターライトを浴びる彼の姿がどうしても見たくなってしまった。
大きく深呼吸してお腹に力を入れると、意を決して口を開く。
「あの……お願いがあって来ました」
「お願い?」
私は小さく頷いて目を閉じる。
スッと息を吸ってから瞼を開けて集中。両掌を広げて、青白い光球を浮かべた。
すると彼は「これは……」と驚きの声をあげて、目を瞬かせた。
自分の周りにそれを旋回させて、害のないものであることをアピールする。
彼の瞳が、だんだんと興味の色を帯びて煌めいたのを、私は見逃さなかった。
光球を打ち消して、姿勢を正す。
「今、魔法の練習をしていて、音楽と組み合わせたら面白いねって、ミディー……宮廷楽団の女の子と話してたんです。それで、夜も練習しようと外に出たら、貴方の演奏が聞こえて……」
私は一旦、ここで言葉を区切った。
ミディーナの名前を伏せたのも、彼が一体どんな立場なのかわからなかったからだ。
心臓の鼓動に耳の内が震えて、頭のなかで反響する。
初対面の人に、こんなお願いをするのは初めてだ。受け入れてもらえるかもわからない、不安で手が震える。
でも――アイドルみたいな人だから、もっと眩しい姿を魅せたい。
「よかったら、練習に付き合ってください!」
想像以上に大声が出た。
ポカンとする彼に、やってしまったと頭が真っ白になる。
帰りたい、なんで私はこうなんだ——そんな思いが駆け巡り、慌てて手を振って止めてもいいことを伝える。
けれど、彼はフッと目を細めて緩やかに口角をあげた。
そして「もう一度、見せてくれる?」と、ウインク付きでリクエストされる。
無自覚なのか、それとも意識してやっているのかわからないアイドルスマイルに、ぐらりと倒れないよう足を踏みしめた。
深呼吸して、淡い水色の光球を浮かび上がらせる。
「…………」
私の手のひらに浮かぶ光球を彼はじっと見つめて、何かを考えているようだった。
その視線に手汗が滲むようだったけれど、私は集中を切らさない。たぶん、リクエストした理由があるはずだから。
そうして、彼はゆっくりと口を開けた。
「竜の聖女が魔法を使うなんて、正直、驚いたよ」
「えっ……ダメ、ですか?」
光がしぼんでパチンと消える。
「いいや。むしろ、今までの聖女と違っていて……」
彼はふと何か考えが浮かんだのか言葉を小さくしていった。
ほんの数秒だけど、こちらの出方を測るように目を細めた。
「……うん、面白そうだ」
そうして彼は、手に持ったヴァイオリンを持ち上げた。
期待するような眼差しに、私の胸がとくりと跳ねた。
「僕の音でよければ、その光を重ねてみようか」
「……はい!」
言葉にならない嬉しさが、胸に満ちていく。
この夜のセッションが、何かのきっかけになるような気がした。
そんな予感を抱きながら、私はそっと光を浮かべ直した。
けれどなぜか、青い火花が飛び散るようにパチパチと音を立てながら球体になる。
それは――小さな拍手のようだった。
2026.5
大幅修正のためいただいた感想とズレがあります。
ご了承ください。




