第12話 光跳ねる
昨日と同じ石畳の広場に、ミディーナの姿があった。
私に気づくと、彼女は演奏を止め、舞台から軽やかに降りてきた。
「そんな、走ってこなくてもいいのに」
そんな私に苦笑しながらも、迎えてくれた。
久しぶりに走ったせいで、なかなか息が落ち着かない。転びそうになるくらい、勢いよく駆け込んでしまったせいだ。
けれど、頭の中では光球が演奏にのって跳ねる様や、スポットライトが目の前にあった。彼女一人の演奏に焦点を当てたり、パート演奏者それぞれのテーマカラーだっていい。
それを一刻も早く見たくて、気持ちが足を速くさせていた。
「ミディーナ、お願いがあるの」
「なに?」
「もう一回、演奏を聞かせて。それで……出来れば、驚かずに演奏し続けてほしいの」
魔法が使えることを説明してからの方がいいかもしれない。
けれど、拒否されたら、全てが泡となって消えてしまう。それは、ものすごく嫌だった。せめて、一度だけでも、私の魔法の可能性を確かめたい。
急なお願いにミディーナも眉をひそめて戸惑いを隠しきれず、少し黙り込んでしまった。
ドキドキと心臓が口から飛び出そうになりつつ、どうか演奏してくれますように、と思わず手を合わせてしまう。
「ん~…変なことしない?」
「しない、しない! 絶対にしないし、その……楽しい、と思う」
あの空間に立つすべての人が、輝きを与えられていた。
ライブは歌手だけじゃなくて、バンドメンバーにもライトは当たっていたんだ。
同じようにキラキラと輝いていて、私よりもずっと年上の人ですら、少年みたいにはしゃいで盛り上げてくれる。ステージは、誰もが主役で特別な空間だった。その空間が大好きで、恋焦がれるような空気があった。
もしかしたら、この世界でも見ることができるかもしれない。
しかも、この手で――この魔法で、作れるかもしれないんだ。
私が感じてきた想いを、あの感情をかき乱されるような快感を、誰かと共有したいと強く願ってしまう。
「それならいいよ。希望曲は? 何かある?」
スッとヴァイオリンを構えて準備をしてくれる。
曲名はわからないので、明るくてテンポが速めの曲がいい、とリクエストしてみた。
彼女は頷いて目を閉じると、ゆっくりと弓を動かし始める。
そして、スローテンポから少しずつ動きが細かくなっていく。ヴァイオリン特有の流れるような旋律と小刻みな波が噛み合って、自然と手拍子を打ちたくなってきた。
一定のテンポがわかってきたところで、まずは、私の手のひらの上に赤とピンク色の光球を生み出す。
演奏の邪魔をしないように、大道芸のジャグリングのように、光球を両手の間で行き交わせたり、音に合わせて上へ跳ねさせてみる。
ミディーナの様子を窺えば、驚いた目は光球を少し追っているけれど、手の動きは全く止まらない。さすがプロだ。
そのプロの目には、驚き以上の興味と興奮が宿っているのが見え隠れする。
それから、少しずつ私の手から離していく。
私とミディーナの中間くらいの距離で同様に跳ねさせたり、螺旋を描いたり、自由に動ける様子を見せる。
彼女もそれがわかってきたのか、この光を受け入れるように柔らかくも力強い笑みを浮かべると、大きく弓を動かして、メロディが情熱的なものへと変わっていく。
大丈夫かもしれない。
手を広げて、光球をミディーナの方へ差し出す。彼女が光を受け取ってくれることを願いながら。
すると、私のジェスチャーが伝わり、曲が疾走感を上げてフィナーレへ近づく。
赤とピンク色の光が彼女の周りで、下から上へと螺旋を描き、早く回ることでその軌跡が残る。
光を浴びた彼女の頬はキラキラと輝き、簡素なワンピースがまるで色鮮やかなドレスのように見えた。
響き渡る音色が弧を描き、広場いっぱいへと広がっていく。
ヴァイオリンはさらに格調高く音を紡ぐ。木々の葉が、まるで呼応するように揺れて、世界が彼女の演奏を見ているようだ。
そして最高潮に盛り上がり、大きく弓を引き抜いたところで、演奏が終わる。
名残惜しむように光も音も風に溶けこんでいった。
お互いに息が切れて、大きく肩で深呼吸する。
想像以上に魔力を使ったのか、紋章のところがほんの少しだけピリピリと痛い。
力を求めすぎてはいけないと、自覚したばかりなのに。
――それでも。
「ねぇっ!」
「楽しかったねっ!」
二人して同時に声をあげてしまい、思わず吹き出して笑った。
この世界で、こんなにも清々しい気持ちになったのは初めてだ。
思い描いていたライブのような演出と、魔法だからこそ自由に動ける部分があった。
そしてその結果、ミディーナの音が更に際立つような、より引き込まれるような魅せ方ができた。それが、なによりも爽快だった。彼女の魅力を私の魔法で引き出せるんだと、わかったからだ。
ひとしきり笑ったところで、ミディーナがまじまじと私をみると「ねぇ……これ、魔法?」と聞いてきた。
「あっ……うん」
ミディーナも、魔法と魔術が違うことは知っているはずだ。
この世界の人間が扱うのは、呪文を唱えて発動させる『魔術』――あくまで技術としての力。
でも私は、ただ想像しただけであれを形にしてしまった。
呪文も、道具もない。それは、『魔法』と呼ばれるべきものだった。
この力を求めすぎれば、身を滅ぼす。
肝に銘じたのに、それをすっかり忘れて、ライブのような魔法の演出に夢中になってしまった。
ミディーナは、受け止めてくれるだろうか。
チラリと彼女を見れば、少し戸惑いながら目をそらす。
けれど、その不安も一瞬で。その顔にはすぐに、演奏の続きを求めるような熱が戻ってきた。
「……すごい、すごいよ! 初めて見た! さすが、竜の聖女様だね!」
――その呼び名に、胸がちくりとした。
けれど、ミディーナの目は輝いている。その純粋な称賛の言葉に、心からホッとした。
――竜の聖女。
この魔法は、私だけの力じゃない。
薄明竜と契約したからこそ得られた、特別な力だ。
そう思えば思うほど、胸の奥が少しざわめく。
思い出したくない、『ずるい』と言われたときの記憶が、ふと頭をよぎる。けれど、それを振り払うように首を横に振った。
今はただ、この魔法で彼女を輝かせたいと思っただけ。
ヴァイオリンの旋律が、あのライブの光景と重なった。だから、もっと眩しい世界で私を魅了してほしかったんだ。
そして今、目の前で笑うミディーナが、その気持ちを肯定してくれる。
「ね、ね、もう一回やろうよ! 今度は、ゆっくりした曲にする? それとも別のがいいかな?」
ミディーナはまだ興奮冷めやらぬ様子で、楽しそうにあれこれと曲名を挙げていく。
私は曲名だけではよくわからないけれど、曖昧に頷くだけでも楽しかった。
彼女と共有できる時間が、ただ嬉しくて仕方ない。
「そうだ! ねぇ、ハルカ。今度、王太子殿下主催の演奏会があるの。そこで、発表してみない?」
「えっ?」
王太子殿下ということは、ウィリオット王子のことだろうか。
初対面で「地味な女」と言われ、舌打ちまでされた。あの威圧的な態度も苦手で、できれば会いたくない相手だ。
戸惑う私に、ミディーナも後悔したのか「ハルカが嫌じゃなければ」と口添えてくれた。
「それに……楽しかったんでしょ?」
その言葉と彼女の目には、期待に満ち溢れていた。
ずっとチャンスを探していたアイドルの卵が、ようやく巡り合えた機会を逃さまいとしているようで、それなら応えなくちゃいけないと思い始める。こういう人たちを見てきた。応援してきた。
私の苦手意識だけで、彼女の輝きを失いたくなかった。
「えっ、と……うん」
やってみたい。
自信ないけれど、ミディーナとならできそうな気がした。
「決まりね!」
ミディーナは嬉しそうに手を挙げ、「さっそく、みんなにも言わなくちゃ!」とその場を飛び跳ねそうな勢いで言った。
(……って、演奏会?)
その場では頷いたけれど、数秒遅れて現実が追いついた。
胸の奥で小さな不安が波のように広がっていく。
けれど、手の甲の光は、静かにそこに在り続けていた。




