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お飾り聖女、光の魔法使いに転職します! ~熱狂者が創り出す極上の舞台~   作者: 綾野あや
第1部 竜の聖女編

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幕間1

(薄明竜視点)


「また、明日もよろしくね」


 ハルカが自室へと向かっていく。

 扉に手をかけたその瞬間、ふたたびこちらへ口角をあげ目を細めると、手を振ってドアを閉めた。


 パタン。


 先ほどまでの騒がしさが嘘のように静まり返る。

 まさか、あの“聖女”の部屋の扉が開く日が来ようとは。


 一息つく間もなく、耳の奥で金属を打ち鳴らすような音が響き始めた。

 喰いしばって相殺を試みるが、同時に身体の奥から軋むような痛みが広がっていく。

 人間の姿をままであり続けようとすると、なぜか、強制的に戻される。枷が外れたというのに、原因は不明だ。

 

「……チッ。維持できない、か」


 椅子を壊す前に立ち上がり、距離をとった。

 自らの巨体で潰したくはなかったからだ。


 人間が持ち込んだものを壊したくない、などと思う日が来ようとは思ってもみなかった。

 破壊の限りを散々尽くしてきたはずなのに、今さら椅子ひとつで気を遣うとは、あまりも“らしく”ない。

 だが、互いに座って話せるように、という考えには一理ある。

 明日も来る予定なのだから、いちいち、椅子を用意させるのは面倒だ。


「…………」

 

 人間とは愚かで、弱く、蹂躙されるべき存在だ。

 それなのに、あの人間――ハルカだけは、違っていた。


 畏怖は感じていたように思えるが、決して、逃げ出すことはなかった。

 俺に声をかけ、傍らに座り、ただ静かに時を過ごす。


 最初は、憐れみかと疑った。

 檻に囚われ、足枷で力を封じられた竜に対して、『聖女』と呼ばれる存在が慈悲を施そうとしているのではと。

 その情けをかけるような態度に、吐き気すら覚えた。


 けれど、それは違った。

 観察を続けるうちに、妙な行動を始めた。紙を書き散らし、唸ったかと思えば急に興奮しだす。

 人間とはこんな生き物だったのか、と逃げ惑う姿しか知らない俺は、自然と視界に入れるようになった。


 魔力の片鱗すら感じられない、異世界から召喚された、ただの人間。

 ずっと“聖女”と呼ばれ、この塔に来た人間は全て俺を忌み嫌った。


 当たり前の話だ。


 俺をこの塔に封じた、唯一の“本物”の聖女――マルタエル。

 あの女以上の人間が現れるとは、到底あり得ないからだ。


 常人離れした魔力量と、術式構築の技量。

 極めて稀な存在である、あの女が、この枷をつけたとき、何と言っていたか。


 『――――なったら、外れるようにしたわ』


 思い出そうとするたび、その言葉の前半だけが、するりと消えていく。

 それでも、マルタエルの毅然とした声が消えることはなかった。

 だが、あの女も所詮、“人間”だ。

 俺が守護竜として存在し続ける以上は、マルタエルに代わる者が必要だった。

 だが、彼女に匹敵する者は現れず。恐怖に駆られて逃げ出すか、卒倒する者が大半だ。

 ゆえに、あれ以降の聖女たちは、すべて名ばかりの――『お飾り』にすぎない。


 だからこそ、異世界から呼び寄せ始めたのだろう。

 彼女が残した魔術から、言語機能だけを付与する方法を編み出して、意思疎通だけでも取らせようとした。

 だが、それもまた無理な話。

 どんな人間でも同じだ。


 ましてや、今のこの国に戦火の兆しもない。

 俺の力など、必要とされていないということだ。


 そうして塔で朽ちていく。

 それが当然の帰結だと思っていた。

 もう二度と、翼を広げることはない――と。


 足を踏み出すたび、皮膚が鱗へと変わり、手足が太くなっていくのが分かる。

 ズシリと重くなる身体の変化に、己の圧倒的な力を感じた。


 ──枷が外れた夜。


 なぜ、自分が人の姿になれたのか。明確な理由は、未だ分からない。

 魔法による擬態は可能だが、あの時、あの瞬間、自分の意志でそうなったわけではなかった。

 頬を伝う雫が、今まで見てきた人間のものとは違って見えた。その気づきだけだ。


 ただ、急に泣き出した原因を統合すると一つの答えが導き出される。


(そうか、これが“寂しい”というものか)

 

 ようやく腑に落ちたが、自分にはどうでもいい感情だった。

 だが、目の前にいる人間にはそれが当てはまる。

 人間は“個”では生きられない存在だ。集団で生活する存在だが、今のハルカはそうではない。


 だからこそ「泣くな」と命令を下した。


 ただ、今までの聖女と同様に成り下がってしまうのが、口惜しく感じられたからだ。

 泣いて、逃げ出し、また静寂が訪れる。その繰り返しから、引きずり出されるような時間があったというのに。


 人間はすぐ壊れる。指先だけで十分だ。

 その涙に触れたとき、濡れているはずなのに、確かに熱が伝わった。

 途端に、より激しく泣き出すハルカ。

 

(……なぜ、そうなる)


 全く理解ができない。

 逃げ出さなかったことから、恐怖ではないことは確かだ。

 人間とはどういう生き物だったのか。寂しいという感情は、どこから派生するものか。

 

(孤独……だったか)

 

 それに気づいたとき、小さな頭に触れていた。

 なぜそうしたのかは、説明できない。

 

「ここにいる」


 そして意図せず、声も出た。

 再び、堰を切ったように声をあげたが、次第に収まっていくときにみせた表情が、今も脳裏に焼きついている。

 赤く腫らした目には、何かを得たような輝きがあった。

 それが一体何か、興味が湧いた。


 その後、ハルカが部屋に戻ったあと、俺は窓を抜けて、塔の外を目指した。

 もしかしたら、自由になれるのかもしれないと、淡い期待が胸に宿ったからだ。


 だが、人の姿は保てず、再び竜へと変じてしまった。

 外へ出ることは叶わず、重い身体を地に伏せるしかなかった。

 

 ギシギシと骨が軋み、皮膚は鱗に覆われていく。

 爪は鋭く伸び、口内には獣の牙が並ぶ。


 魔力は、足りていた。

 むしろ今は、幽閉前と同じ水準に戻っている。

 それなのに──なぜ、自分の意志で人の姿を保てない?


 マルタエルが塔に仕掛けた術なのか、それとも別の要因なのか。

 理由が定かではないところが歯がゆく、苛立ちを覚える。


「……ッ……クッ……!」


 不意にハルカの姿が頭をよぎった。


 この姿では──傷つける。


 その瞬間、竜に戻る速度がとどまったような気がした。


 あれほど人を殺してきたというのに。

 今になって、こうも愚かしく、弱くなったものだと。


 完全に竜に戻り、己の分厚い鱗と鋭く尖った爪の暴力性に、かすれた笑いが漏れる。

 彼女と同じ“人間の腕”とは程遠く、柔和さを微塵も感じさせない。


 それは、もはや竜としての誇りではなく、ひとりの存在としての、痛切な自嘲だった。





 


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