第11話 自主練習
ライトが上手くいったことで、なんとなくコツが掴めてきた気がする。
何度か繰り返すうちに、安定して出せるようになってきた。けれど、やっぱりライトといったら、ほかの色も欲しくなる。せめて、三原色くらいは出したい。
手のひらの上で淡く光る球体に、絵の具を足すようなイメージを重ねる。
最初は、やっぱり赤かな。アイドルのセンターといえば、だいたい赤が担当カラーだ。太陽と変わらぬ眩しさを秘めているからこそ、絶対的な意味を持つ。ライブでの赤と黒の組み合わせは、重厚な静寂を切り裂き、観客の熱を否応なしに引きずり出すんだ。
光を見つめながら、少しずつイメージを注ぎ込んでいく。すると、火球とは異なる、熱を持たない深紅の輝きを放ち始めた。
「……できた」
「なるほど、面白いな」
薄明竜が興味深げに、赤い光球を見つめる。
大きさは先ほどと同じ、握りこぶし大ほど。けれど、色が違うだけで、まるで別のもののように見える。
鼓舞するような色合いは炎に似ているけれど、“光”だからこその穏やかな安心感があった。
赤ができたのだから、ほかの色も同じ要領でできる気がしてきた。
ライトといえば複数使うものだし、大きさも変えてみたいところだ。
(それから――レーザーもやってみたいし、スモークも出してみたいな。そういえば特効に火もあったよね……)
火柱が上がるような過激な演出もあれば、大量の水を使って滝を作る演出もあった。ロック調のときに燃え上がれば、テンションはあがるし、バラードのときに雨を降らせば切ない余韻に浸れる。
プロジェクションマッピングみたいに星空を映して宇宙をみせる――なんていうのも楽しそうだ。
魔法なら、きっとそういう演出だって可能なはず。むしろ、想像力で賄えるなら、もっと自由自在にできるかもしれない。
物理法則を吹っ飛ばして、会場全部を別の世界にだって連れていける。
(っ、すごい!)
次から次へと、ライブの思い出がより鮮やかに蘇ってくる。
そして、それがさらに磨くことができるかもしれないと思うと、この手に宿った魔法は“本物”なのだと改めて実感する。
今はまだ小さな紋章だけど、回路を増やすことができるなら、少しずつ薄明竜に拡張をお願いしてみよう。電源確保は最重要だ。
光球がミラーボールのようにくるくる回り、淡い光を放ちながら、その軌道を少しずつ変えていく。
まるで小さな惑星のようだ。未知の存在だけど、ロマンが詰め込まれている。
「だが、使いどころがよくわからんな。色を変えたところで何になる」
理解不能。といった顔をされると思わず苦笑してしまう。
確かに、日常生活でも赤や青のライトなんて使うことはない。本当にあの空間だけにしか存在しない光だ。
みるみるうちにそれは小さくなって消えてしまう。
明かりがなくなった塔のなかに沈黙が訪れる。薄明竜もなぜ私が言葉を返さないのかまではわからないようだ。
それでも、私が語ってきたことを覚えていてくれたのか、わからないが必要なものなのだろうとは、思っているようだった。
「スポットライト、というのは?」
さっそく薄明竜からリクエストに応えてみる。
恐る恐る、手から少しずつ離して上にあげていく。うまくできるかわからないけれど、と思ったところで。
パチン。
シャボン玉のように弾けて消えてしまった。
「うっ」
やっぱり、そう簡単にはうまくいかないようだ。
ごめん、と小さく謝ると薄明竜は片眉をあげた。
「なぜ謝る」
「だって、出来なかったし」
薄明竜は深くため息をつく。
その仕草に失望させてしまったな、と反省したところで、彼からは予想外の言葉が出てきた。
「初回にしては、悪くない」
「えっ?」
「魔術と違って、魔法は頭で描いたものをそのまま形にする。言葉を介さない分、発動は早いが、想像力が求められる。それをお前はできている。……改善の余地はありそうだがな」
腕を組みながら、冷静に分析される。
けれど、私にしてみたら褒められたのと一緒だ。リクエストには応えられなかったけれど、やりたいことを理解してもらえたのかもしれない。
驚きとともに、胸がふわっと温かくなる。
事実を述べただけといった様子からも、お世辞ではないのだと伝わってきた。
心の中で消えかけていた光が、また小さく灯る。
コンコン。
控えめなノックの音が聞こえてきた。
「あ、そろそろ時間だね」
あらかじめ、昼食を持ってきたらノックをしてほしいと、ロレッタさんにお願いしておいたのだ。
薄明竜が人の姿を保っている負担を思えば、あまり長くレッスンを続けるのは気が引ける。
午後は外に出て、自主練をしようと決めていた。
コツも掴めたし、火や水を使うなら、外の方が心置きなく練習できそうだ。
薄明竜にもこのことを伝えると、すんなりと「ここまで、とするか」と頷いてくれた。
「また、明日もよろしくね」
さっき褒められた余韻がまだ胸の中に残っていて、つい笑みがこぼれる。
それにつられたのか、薄明竜もほんの少しだけ口角を上げて、「――あぁ」と答えてくれた。
部屋へ向かって歩き出す。
けれど、ほんの少しだけ名残惜しくて、振り返って手を振ってから、そっと扉を閉じた。
*
昼食を食べ終わった後、私はさっそく塔の外に出て、魔法の練習に取りかかる。
まずは、さっきと同じように手のひらに光球を出して、それから色を加える。ここまでは順調だ。次にやってみたいことは、動きを加えることだ。このままだと、単なる電球にしかならないし、おそらく初歩の魔術と変わらない気がする。
想像力が求められる、と言っていたし、さっき出来なかったスポットライトをやってみよう。
ふわりと手から離れて、そのまま頭の上に行く。それから、光が差し込むようなイメージだ。
目を開けて、すぐに試してみる。
野球ボールを上に投げるみたいに手をあげると、そのまま光球が、ふわりと上がる。そして、風に乗るように私の頭上までくると、目の前に白いベールのような光が、ふわりと降りてきた。
「あ、やっ……あ~……」
やった、と言い掛けた瞬間、シャボン玉のようにパチンと割れる。
集中力を切らさずにやるのは中々に難しい。けれど、動かすことはできたから、この調子でいけそうだ。
同じように光球を作って、そこからまた移動させる。
すると、気持ちを落ち着けていたおかげで、さっきよりも数秒タイムが延びたような気がした。
(あとは……もう二、三色欲しいかな)
今度は、青色の光球を生み出す。
それから今度は、手首の周りを周回させてみた。光球が手首をぐるぐると回って、まるでライブで使うバングルライトみたいだ。
担当カラーだけの単色バングルライトは、ペンライトとは違う一途さがあって、私も好きだった。
「……だんだんとわかってきたかも」
魔法と考えるよりも、拡張ARって思って想像したほうがいいかもしれない。
現実世界ではいないのに、カメラっていうフィルターを通せば『まるでそこにいるように見える』という仕組みだ。
QRコードを読み込んで、机の上にカメラを向けると、現実にはいないアイドルたちが踊って見える。それが面白くて、SNSでも『こんなところでダンスさせてみた』と盛り上がっていたんだ。
つまり、私の目をカメラに見立てて、瞬きをトリガーにしてみると――。
パチリ、と一度瞬きをする。
「……できた」
何もない空間に、不自然なほど鮮やかな『赤』が浮かんでいた。カメラのレンズを通した先にある、クリアな光景。
少し離れた目線の先に、光球がたゆたう。
「えっ、えっ……ほんとに、ちゃんと……できてる」
拡張ARと決定的に違うのは、それがちゃんと現実にもあるということだ。
――これが、魔法。
思わず唾を飲み込んで、改めてこの力の凄さを実感する。
瞬き一つで生まれたライトは、明らかに常識では考えられないことだ。
だからこそ、薄明竜と交わした『契約』の意味が重くのしかかる。
なんで、薄明竜が魔法と魔術についてレクチャーしたのかよくわかった。
呪文を唱える魔術は、ある意味で心構えができるのと一緒だ。こういうことをこれからする、と自分に言い聞かせてから発動する。けれど、魔法はその逆で、やろうと思えば無意識に行うことだって出来ちゃうんだ。
だからこそ、魔力を過剰に求めちゃいけないし、身を滅ぼす可能性を意識しなきゃいけない。
「気を付けよう」
改めて自覚すればするほど、気が引き締まる。改めてそう誓った。
すると、昨日と同じようにヴァイオリンの音色が聞こえてきた。
「ミディーナかな」
昨日とは別の曲で、さらに小刻みな動きのあるジャズのような雰囲気だ。ポンポンと弦を弾きながら旋律を奏でる。
自然とそのテンポに合わせて足が動いてしまう。
ふいに、ライトもこのリズムを刻めるのではないかと思った。音に合わせて、ボールが跳ねるように、光球を動かしてみる。
「っ!」
考えるよりも先に走り出していた。
気を付けると誓ったばかりなのに、止められない。
スポットライトを今、浴びせたい人がそこにいる。
彼女の旋律を輝かせたい。その思いが膨れ上がって、足が速くなっていく。
左手に刻まれた紋章がジリジリと熱くなる。胸を焦がすような――魔法。




