第14話 光魔法
薄明竜が深いため息をつき、「これだから人間は……」と、強い苛立ちをにじませながら吐き捨てるように呟く。
その“人間”である私は、露わにされた不快感にどう謝罪すればよいのかわからなくなる。
せっかく、とんとん拍子に進んでいたのに、また一から関係を築き直すことになったら――すごく、悲しい。
口を開いても、うまく言葉が出ずにうつむいていると、「ハルカは知らなかったのだろう?」と、薄明竜がやわらかく声をかけてくれる。その優しさに、かえって胸が痛む。
「竜の聖女について、どんなふうに聞かされた?」
「えっと……聖女マルタエルが、聖なる祈りで説き伏せてから、ドルガスアを守るよう契約させたって、聞いたよ?」
「…………大筋は合っている。だが――」
思い出すのも忌々しい、といった表情で、薄明竜の苛立ちはさらに濃くなる。
だが、またひとつため息をつくと、感情を抑え込むようにして口をつぐみ、しばし考え込んだ。
私自身も歴代の聖女が“お飾り”だったという話を、薄明竜から直接聞かされたことで、ようやく腑に落ちた。
なぜ、聖女らしい“仕事”がなかったのか。それは、元から特別な力を持ちあわせていなくても良かったからだ。
今までの薄明竜の態度と“契約は生きている”という言葉から、ようやく確信が持てた。
結局、彼を制御することや契約に関わるような聖女らしい力は、目覚めることはなかった。
それどころか、薄明竜の自身の“意思”の方が強い気がする。
つまり、竜を制御する特別な力がなくとも、竜の聖女は居てもらなくちゃいけない存在――“お飾り聖女”なんだ。
そして、ウィリオット王子や国王の態度がおかしかったのも合点がいく。
おそらく、前に言っていた式典などの行事に必要で、だからウィリオット王子は“地味な女”と言ってきたのだろう。聖女らしい、華やかさや気品がある人のほうが、そういったことに向いている。
「――歴代の聖女は、すべて俺を恐れて近づこうとしなかった」
薄明竜は、自らの手を見つめる。
その手は、本来、何百、何千という命を奪ってきた力と爪を持つもの。
普通の人なら“竜”なんていう巨大なモンスターを見たら、逃げ出すのが当然だ。
「外の世界では、魔術士として名を馳せていた者もいたかもしれない。だが――俺の“聖女”としては名ばかりで、この塔の扉を開けて入ってきた者は、一人としていなかった。……お前以外はな」
青い瞳がまっすぐに私を見つめる。
私が薄明竜に惹かれたのは、その強さだったのだと思う。どうしようもなく弱い自分が、ただひたすらに強い何かにすがりたくなった……今なら、そう思える。
「……俺のこの姿を、人間に見せたのは初めてだ」
「えっ?」
「お前だけだ、ハルカ。マルタエルにすら、この姿は見せたことがない。そして、魔法の「契約」もお前が初めてだ。それが、どういう意味かわかるか?」
どこか困ったような、けれど何かを隠すような笑み。
その表情に戸惑いながらも、私は言葉を絞り出す。
“自分だけ”その意味を、そのまま信じてよいのだろうか。薄明竜は、私が受け止めるまで黙って待っている。
きっと、歴代の聖女には、なかったことだったから。
「……特別、って思っていいの?」
私の答えに、薄明竜は目を伏せて口角を少し上げる。
――正解だ、と満足そうな風にも取れる。
「魔法の契約を、人間と結ぶ日が来るとは思わなかった。……お前だけだ、こんな風に感じるのは」
薄明竜が穏やかに告げる。
胸の奥がじんわりと熱くなって、契約の紋章が、さらに特別なものに思えてくる。この魔力回路は、彼と繋がっている証だ。魔力を享受するだけでなく、まるで心臓の鼓動までもが伝わってしまいそう――だけど、それが嫌じゃないと思えるくらいに、この「証」には意味があると感じられた。
薄明竜も、同じように思ってくれているのなら、それだけで十分だ。
『聖女』なんて尊い呼び名よりも、彼と契約を交わした“ひとりの人間”という立場のほうが、私にはしっくりくる。
(――私だけ、なんだ)
それは、きっと薄明竜にとっては単なる事実に過ぎない。
でも、その響きは、どこか甘く優しい余韻があった。
「……話が逸れてしまったな。改めて、魔法の使い方に戻るか」
「うん」
薄明竜はひとつ咳払いをして、気持ちを切り替える。
ここからは、いよいよ魔法の実践編だ。
まずは、薄明竜から魔力を受け取る工程から始まる。これは、使用時と同様に、すべて“イメージ”で行うのだという。
紋章のある場所に意識を集中させて、そこに力が集まってくるような感覚を掴むことが大切。
何かしっくりくるイメージはないかと考えて――ふと、スマートフォンのことを応用してみる。
充電をしているときのように、体内のゲージに魔力が蓄積されていく、そんな感覚だ。
「悪くないな。ハルカ、自分の手を見てみろ」
「ん……あっ!」
目を開けると、手の甲の紋章が青白い光を放っていた。
その輝きから零れ落ちるように、雪のような細かな光粒が、ふわりふわりと宙を舞っている。
思わず「わぁ……」と、自分の手なのに見惚れてしまう。
この先、ここから回路が少しずつ増えていくのかと思うと、それだけで胸が高鳴る。
「魔力回路は問題ないな。次は……火球を想像してみるか」
薄明竜が指先をくるりと回すと、手のひらに火の玉が浮かび上がった。
ちょうど野球ボールほどの大きさで、赤く燃えながら静かに揺らめいている。
(……ちょっと、怖いかも)
考えてみれば、火を扱うなんて、料理のとき以外で経験がない。
おずおずと手のひらを上に向けて、目を閉じる。
火を思い浮かべて、そこから丸い形を作ろうとするけれど―――浮かんでくるのはコンロの青い炎ばかりで、なかなか球体にはならない。
もう一度お手本を見て、再挑戦してみるも、今度はマッチの火さえ思い描けず、初手からつまずいてしまった。
「魔力は十分あるのだが……」と、薄明竜が原因を探るように呟くけれど、これは魔力の問題じゃない。
私の“想像力”の問題だ。
「薄明竜、水でもいい?」
「あぁ。ハルカが想像しやすいものなら、何でも構わない」
「ありがとう」
水なら怖くない。
まずは、小さな水滴を思い浮かべてみる。そこから、コップに水を注ぐように少しずつ量を増やして、ゆっくりと円を描くように形を整えていく。
頭のなかでそのイメージをしっかりと描いてから、手のひらへと意識を集中させる。
すると、小さな雨粒のような水の玉が、ぽつりと浮かび上がった。
そこから徐々に大きくなっていく。
「あっ、わっ」
「意識を切らすな」
「えっ、あっ、あーっ!」
パチンッ。
水風船が弾けたように、水がこぼれて、手のひらから床までびしょ濡れになる。
魔法は確かに“発動”した――けれど、薄明竜のようにすぐに自在に使えるわけではないということが、よくわかった。「難しい……」と呟くと、薄明竜は少し苦笑して「焦らずやれ」と言ってくれる。
もっと馴染みがあって、危なくなくて、できればあまり考えずに自然と浮かぶものはないだろうか。
(うーん……うーん……あっ)
私はすぐに手を広げ、今度は目を閉じずにそのまま見つめた。
すると、手のひらの上に小さな光の粒が現れ、やがて淡く明滅を繰り返しながら、少しずつ膨らんでいく。
ビー玉からピンポン玉、そして――野球ボールほどの大きさへ。
「光球……か?」
「うん。ライト」
それは、私の大好きなアイドルたちを輝かせる光。
――あの眩しいスポットライトと、同じ魔法だった。




