第166話 Began
「意思の力には肉体系、感覚系、芸術系という三つの分類があって――」
人格が形成されるのは『いつ』なんでしょうねぇ。
言葉を覚えて、日常会話を話せるようになってからか。
友人関係や親子関係のコミュニケーションで育まれるのか。
社会に出て、荒波に揉まれて、少しずつ形が明らかになるのか。
心理学者じゃないからよく知らないけど、どれもピンとこなかった。
「どれが優れているというより、一長一短。極めれば優劣はつかないわぁ」
思えば、生まれた時から違和感はあったわ。
産声を上げないし、夜泣きなんて一度もしない。
ただ命に別状はなかったし、脳に異常も見られない。
大人びた赤ん坊。言葉を話すまではそういう印象だった。
――だけど、この子は何かおかしい。
「御託はいらねぇよ。俺がやるっつたらやるんだよ」
時折、別人のように振る舞うことがある。
そういう年頃かと考えたけど、話して分かった。
人格はランダム、切り替えは無意識、記憶は共有済み。
恐らく、『重複意識』というもので、根本的な治療法はない。
鏡の外のワタシと連携して、名医を頼ったけど、失敗に終わった。
――分かったのは、人格が変わる傾向。
「能力開発にはリスクがあってぇ、一度覚えたら取り返しが……」
偽りの教室内で講義をする中、エミリアは教壇から手鏡を取り出す。
無言のまま、紫色のセンスを纏い、本能に身を任せ、右手を突っ込んだ。
「それは凡人の常識だろ? 百の顔を持つ僕なら、全てを極められるさ」
取り出したのは、金色に輝く球体。君主の宝珠。
ここより遥か遠く、ロンドン塔の宝物庫にある国宝。
身体的負荷がかかった時、エミリアは七色の輝きを放つ。
◇◇◇
意思能力『百面相』。エミリアが保有する唯一無二の力。
移動系の能力は、スリープモード中の省エネ機能に過ぎない。
精神も安定し、敬語も扱い、社会に溶け込めるように人格も一つ。
ただ、彼女が顔を歪めた時、彼女の身体に傷がついた際、呼び起こす。
内なる人格。外的要因をトリガーに、百の顔と百通りの能力を使い分ける。
「……いひっ。くふふっ。あははははははははっ」
教育棟の屋上でエミリアは、狂気に身を委ねる。
ぐにゃりと折れ曲がった左足を見て、他人事のように笑う。
「貴様……やはり……っ!!!」
一部始終を見ていた、セルゲイは声を上げる。
波長の合う意思が衝突することで引き起こる感覚。
レゾナンス現象を介して、彼女の疑惑が確信に変わる。
「………………痛ったいなぁ」
笑みを消し、瞬時に距離を詰めたエミリアは呟いた。
小さく冷ややかな声音。愚痴をこぼしただけのような発言。
平凡な八つ当たりに思えるものの、彼女の異常性は行動にあった。
「――っ!!? 何を、馬鹿なことを!!!」
セルゲイが全身に纏う意思能力の本質は、『反射』。
それを見抜いた上でエミリアが繰り出すのは、折れた左足。
人形遊びをするように何度も蹴りつけ、その攻防力が全て跳ね返る。
「あーあ。壊れちゃった」
だらんと垂れ下がる左足を見つめ、エミリアは無邪気に語る。
骨は剥き出しの状態で、血が飛び散り、足の原型は留めていない。
移動面においても致命的であり、勝敗に直結するレベルの大きな痛手。
「…………っっ」
場慣れするセルゲイでさえも、言葉を失っていた。
異様な光景に気圧され、一歩ほど後ろに後退している。
「おじさん。その能力、単純すぎてつまんないよ。もっと複雑なのにしたら?」
見るからに劣勢でありながら、エミリアは助言する。
あたかも優勢であるように振る舞い、負傷を感じさせない。
むしろ、剥き出しになった肉の隙間に指を突っ込み、悪化させる。
「……生憎、不器用なものでね。これしか扱えんのよ」
常軌を逸した光景に怯みを見せながらも、セルゲイは答える。
自身が纏う『死の鎧』を堅牢な城塞と信じ込み、殻に閉じこもる。
「オーケーボーイ。なら、同じ音色で踊りましょう。どちらかが果てるまで」
エミリアは指についた血肉を舐め、黒いセンスを纏う。
人格が入れ替わり、解析が完了した新しい能力を習得する。
左足の傷が癒えることはなく、身長と筋肉量の差は覆られない。
その上で提案したのはハンデ戦。熟練度でも劣る同門対決の申し出。
「……思い上がるなよ、アバズレ女! 異端者は、ここで朽ち果てろ!!」
神経を逆撫でされたセルゲイは、正気を取り戻す。
やるべきことを口にし、邪悪に立ち向かう決意を示した。




