第165話 Begin
「原因はワタシ。ローラ・フォン・ノルトハイム。初代王マーリンの妻であり、歴史的に考えれば、イギリス王室における祖母って、ところねぇ」
偽りの教室内で明かされたのは、ローラの秘密。
イギリス王室に歴史に関わる重大な事実が明かされた。
ここで嘘をつく必要はなかったものの、まだ疑問が残ってる。
「お言葉ですが、今は二十世紀。王室の始まりが十一世紀頃だとして、空白の期間があまりにも長すぎます。九世紀以上、生き延びたとは思えませんし、若作りしているとしても先生はご高齢のようには見えない。……まさか、『タイムマシンで未来にきた』、なんて気の利いた冗談は仰いませんよね?」
生真面目な態度を貫くエミリアは、質問を続ける。
現実的な仮定を並べるものの、最後に行き着くのはSF。
ただそれは、小説の設定に過ぎず、理論や論文は存在しない。
自分でも馬鹿馬鹿しいと思うものの、代案がないのは確かだった。
「信じられないのも、無理ないわねぇ。いきなり全てを明かしたところで、混乱を招くだけ。まずは足並みを揃えるために、前提知識の共有から始めましょうか」
ローラは両腰に拳を添え、全身に力を込めている。
気合いを入れたのは伝わってくるものの、意味は不明。
知識という割に、板書じゃなく体を動かしたのも謎だった。
「……? それは、どういう――」
教壇を挟み、密接で会話するエミリアは小首を傾げる。
対面にいるローラは拳を振りかぶり、笑みを浮かべて言った。
「時間を歪めるエネルギーの本質。それを味わってもらうわぁ!」
◇◇◇
教室は散らかり、机は壊れ、壁には亀裂が入る。
そんな中、ローラはチョークを握り、板書を進めた。
その身には紫色に纏われる光のようなものが見えている。
「健全なる精神は健全なる身体に宿る。十七世紀のイギリスの哲学者ジョン・ロックが引用したから知っているとは思うけどぉ、語源はもっと前。一世紀頃の古代ローマ時代にいた風刺詩人ユウェナリスが綴った一節。恐らくだけど、この頃にはワタシが纏っている光の源……『意思の力』が存在していたと思われるわぁ」
板書を終えたローラは振り返り、未知の力の概要を語る。
以前ならまだしも、今は一目瞭然で冗談だとは言い切れない。
ない証明に時間を割くより、ある前提で話した方が有意義だった。
「本質は精神的エネルギー。それを自在に扱える者に殴られたことで私にも可視化された……というのが筋でしょうか」
左頬を赤く腫らしたエミリアは、今までの情報を要約する。
確認は必須であり、先に進めるには避けて通れない作業だった。
「ご名答。今の表向きの主力エネルギーは『石炭』で、船も鉄道も工場もこれで動いてる。一方で、公にされない裏向きの主力エネルギーは『意思の力』で、空想でしか実現しないものを運用するための動力として活用されるわぁ」
ローラは発言を認めた上で、さらに板書を進める。
対極に位置する二つのエネルギーを主題に、図を描く。
石炭→船や列車を描く一方、『意思の力』の矢印の先は簡素。
?マークを用いて、可能性は無限大であることを暗に示していた。
「概ね理解できますが、具体的には何ができるのでしょう。人間が思いつく全ての事象を再現できるのであれば、戦争など起きないと思うのですが……」
一部を受け入れた上で、議題に上げるのは意思の可動域。
どこからどこまでできるのか。不可能な領域が必ず存在する。
「良い質問ねぇ。『意思の力』の総量には個人差があるし、『想像力』には限界がある。できないと思ったことはできないし、できると思ったことの大抵はできる。つまるところ、何が好きで何が嫌いかが成功の鍵を握るわぁ。理屈や正しさよりも、感情論が重要なのよぉ。とは言っても、アナタの場合、見せなきゃ納得しないでしょうねぇ。……ワタシが選んだのはコレ」
そう言ってローラが教壇から取り出したのは手鏡。
どこにでもある物体であり、何が起きるか想像もつかない。
「鏡ですね。……それが?」
「よいしょっと。これなーんだ」
当然の疑問に対し、ローラは鏡に手を入れ、取り出す。
それは宝石が散りばめられた球体。金色の輝きを放つ宝珠。
球体の上部には十字架がついており、その出所は明らかだった。
「君主の宝珠……。イギリス王室の戴冠宝器……。どうやってそれを!」
起きた事実に頭が追いつかず、教壇を叩き、問い詰める。
もし本物なら、英国の国宝を厳重な警備から盗んだことになる。
「はいはい。返すから安心して。ホラ……元の場所に戻ったでしょぉ?」
鏡の中に手を入れ、持っていた宝珠を突っ込む。
そして、手品のように消え失せると、鏡を見せてきた。
宝物庫が映し出され、宝珠はあるべき場所に保管されていた。
画角から考れば、近くの宝石を介して表示されているように見えた。
――そこで思い浮かぶのは、空想。
「もしや、反射する物体同士を繋げる力……。それが先生の『好み』……」
信じがたいものの、信じざるを得ない状況。
複雑な胸中のまま、思ったことを素直に口にする。
「満点じゃあないけど、及第点ねぇ。ようするに、アナタにはこれに近い能力を覚えてもらうつもりよぉ。……とはいっても、すぐには無理。ここまでの能力を扱うには、相応のエネルギー量がいるわぁ。地道に基礎修行を積んで、『意思の力』の総量を増やし、能力を開発するのが王道だけど、扱いたい能力から逆算して、基礎修行の一部を省略することも可能よぉ。そこはアナタのやり方を尊重して、合わせるつもりだけど、どっちがいい? 好物は先に食べたいか、後に残しておきたいかって、言い換えてもいいわねぇ。口は挟まないから、自由に選んで頂戴」
正直、聞きたいことは山ほどある。
基礎修行の内容や、意思の力の詳細など。
ただ、理屈や正しさは重要じゃないと言われた。
先生は、こちらのやりたい方に合わせてくれると言った。
――だったら答えは決まってる。
「好物は先に食べる。最短で能力を実現する術をご教授下さい、先生!」




