第163話 不穏分子
ぞろぞろと白軍を引きつれて、去っていくのはリーチェ一行。
ジーナを味方につけ、やるべきことを明確にして、歩みを進める。
足並みは見事に揃い、似たような立場なのに軍の主導権を握っていた。
「………」
わたしはそれを見ていることしかできなかった。
異論を挟むことなく、交渉することなく、傍観する。
頭は冷静だった。吃音症で言葉が詰まることもなかった。
策を練り、実行するための手を打ち、言いたいことは伝えた。
――でも、負けた。
最善を尽くしたのに、彼女には通用しなかった。
ベズドナと初めて話した時のように、丸め込まれた。
何も変わってない。あの頃から一ミリも成長していない。
そう思ったら気分が重くなる。一歩も前に進みたくなくなる。
――だけど、本当に何も変わってないのかな。
落ち込みつつある自分に問いかけるのは、純粋な疑問。
主観を切り離し、客観的な目線から自分のことを見つめる。
見えてくるのは、ぼんやりとした感想。自分自身に対する意見。
感情ではなく、理屈。そこに焦点を当てると自然と言葉は溢れ出す。
「元帥との交渉は成功した。少なくとも、あの時は対等に渡り合った。変電所前で犬型の魔獣を撃退した。少なくとも、以前のわたしでは倒せなかった。……戦略面も戦術面も両方、伸びてる。ただ、それ以上に手強い相手だっただけ」
自身に語り掛けるように告げたのは、実績。
目に見えた成果であり、否定しようがない事実。
それが支えになって、自ずと視線は前を向いていく。
「全力で挑んでも、自分より強い相手がいるのは当たり前。うだうだと後ろ向きになって考えても、何の意味もない。それじゃあ、今より前に進めない。負けたなら敗因を分析して、改善する。……落ち込むのは、もう飽きた」
自問自答を重ね、わたしはわたしを洗脳する。
前向きな言葉を口にして、そうなんだと思い込ませる。
「今のやり取りで、どんな学びを得ましたか?」
そこで問いかけてきたのは、ロザリア。
ここしかない適切なタイミングで答えを促す。
感情と思考は整理され、浮き彫りになったのは本質。
「結局は人……なんですね。相手にしてるのは駒じゃない」
教え導かれるようにして、わたしは失敗を蓄積する。
そして、次なる成功に向け、すでに頭は回り出していた。
◇◇◇
結果のフィードバックが行われ、アザミ陣営の方針が定まる。
人数的には向こうに劣るものの、質だけで言えば引けは取らない。
策を聞く限り、上手くいけば、次の主導権を握る可能性が高いだろう。
――ただ。
「概ね賛同ですが、少しばかり単独行動をしてもよろしいですかな?」
論議の終わりを見て、セルゲイは意見を差し挟む。
計画を遂行する上で捨て置けない不穏分子が存在する。
「か、構いません。ただ、差し支えなければ、理由を聞いてもいいですか?」
納刀しているアザミは、へりくだった態度で尋ねる。
元々、偉そうな振る舞いをする者ではないが、弱く見える。
上に立つ者であれば、時には毅然とした態度が求められるが……。
などと考えるものの、どちらも一長一短であり、口を挟む場面ではない。
「私が警戒しているのはリーチェではなく、そばにいた乗務員服を着る金髪の女性。確か、エミリアと名乗っていたか。彼女は人の認識を操作する能力者の可能性が高く、元帥も警戒しておられた。影響を受けない範囲を見極め、軍団から切り離し、どうにか一対一で接触を図りたい所存。私一人が抜けたところで計画に差し障りはないと思われますが、いかがですかな?」
私情を抑え、セルゲイは聞かれたことにだけ答える。
下手なお節介をするより、前提を共有しておく方が有意義。
ロザリアがいれば事足りる上に、教示するのは性に合わなかった。
「あの人が……。も、盲点でした……。ぜ、ぜひ、お願いします」
特に異論が挟まれることなく、アザミは快く同意する。
これで集団に縛られる理由はなくなり、単独行動が許された。
「では、ご武運を」
跡を濁すことはなく、セルゲイは明かりを取り戻したビル群に消えた。
◇◇◇
リーチェ一行が闊歩するのは、覚醒都市南部の居住区。
大小様々なビル群が連なり、舗装された道路がある大通り。
出歩く方々もチラホラと見え、停電騒ぎは収まりつつあった頃。
「……リーチェ様、少し暇をいただいても?」
エミリアは目線を察し、今の主人にお伺いを立てる。
案内中であるがゆえに、許可のない単独行動は許されない。
「能力に支障がないなら構わない。行ってきたら」
理由を詮索することはなく、リーチェは許可を出す。
第三者の視線に気付き、不測の事態を想定した上での決断。
「では、御言葉に甘えて……行って参ります」
最低限の断りを入れ、エミリアはパーティを離脱する。
浅からぬ因縁を解決する舞台は、すでに頭の中で決まっていた。
◇◇◇
覚醒都市バイカルヴェイ南部。教育棟屋上。
訪れたのは二度目。ただ、前とは同じではなかった。
「……」
目についたのは、ひび割れた床。
八つ当たりと思わしき、暴力の結晶。
それをおもむろに手でなぞり、確かめる。
すると、向いた敵意の矛先が自ずと伝わった。
この場に同席していた他の誰でもなく、わたくし。
エミリア・アーサーに抑え切れない激情が向けられる。
――そして、背後には同じ気配。
「ご意見を伺いましょう。わたしくの何がご不満なのでしょうか?」
振り返ることなく、姿を確認することなく、尋ねる。
見えずとも分かる。背後にいる。昇降機の塔屋に立っている。
「容姿、声色、能力、立ち振る舞い、全てが受け付けん。本来なら手順を踏んで、真偽を検討し、罰するのが妥当だが、お前は例外だ。会ってみて確信に変わった。都市に身を置く以上、到底、見過ごすことはできん」
冷静に、そして、的確に敵意を向ける理由を述べる。
話し合う余地はなく、交渉することは困難のように思える。
「であれば、何をなされると?」
その上で火に油を注ぐ。分かっていて、首を突っ込む。
分かり切った答えのためにお膳立てをして、舞台を整える。
道化を演じ、今を存分に楽しむために、無知蒙昧のフリをする。
「本能に従い、正義を執行する!!!」
期待通りに返ってきたのは、満点の回答。
予想が外れる光景を夢見て、闘争に身を委ねた。




