第161話 蠢く陰謀
独創世界『永遠の国』。覚醒都市バイカルヴェイ。
影に覆われた都市内部には、約25万人もの住民が幽閉。
変圧器の故障により、電力は復旧せず、暗闇に満ちている。
――その支配権を握るのは、たった一人。
「………………」
両腕を手錠で繋がれたソーニャは席に座り込む。
そこは、覚醒都市中央地下。司令部内にある尋問室。
机と二脚の椅子と鏡だけが置かれている簡素なスペース。
天井には三日月状の穴が開き、本来の機能を果たせていない。
忖度なく言うなら、いつでも逃げ出せてしまう残念な牢屋だった。
「さて……何ができて、何ができないか。実験を開始しようかね」
話しかけてきたのは、対面に座る薄茶髪の軍人。
都市上空で見事に敗北した、ドミトリー元帥だった。
能力の概要は語る前からバレており、後は可動域の問題。
想像できることが全て実現するなら、どこまで可能になるか。
それを把握するための有益で建設的な実験が始まろうとしていた。
「じゃあ、まずは手始めに――」
ソーニャは目を閉じ、意識を集中させる。
都市の状況を考えれば、一つしか思い浮かばなかった。
◇◇◇
「そんな……嘘でしょ……」
ジーノは都市に異変に真っ先に気付き、足を止める。
変電所から次の目的地に移動しようとした時、それは起きた。
「で、電力が……」
「復旧した、じゃと……」
アザミと広島は辺りを見渡し、起きた現象を口にする。
制御盤が壊れ、数週間は電力が戻らないと分かった後の結果。
前後の辻褄が合わず、変電所の攻防に関係した人ほど反応は大きい。
「ソーニャの仕業でしょうね。実際の電力ではなく、幻のようなもの」
「先の説明を聞く限り、それ以外ないでしょうな。問題は……どう対処するか」
一方のロザリアとセルゲイは、冷静に状況を受け止める。
見聞きした情報から精度の高い予想を立て、先を見据えていた。
「こうなると王女との合流は後回し……。主導権はソーニャに握られていて、どんな手を仕掛けてくるか分からないときた。居場所も掴めていないし、びっくりするほど不利な条件しか揃ってないな……。どうしよう……」
現状の問題点を列挙するも、解決策は全く見えてこない。
後攻を強いられるのに、打つ手が読めないのが最大の問題だ。
状況を理解できるがゆえに雰囲気は悪くなり、場は沈黙に満ちる。
「い、いいえ、計画通りいきましょう。この環境を都合よく利用するんです」
そこに思い切った決断を下したのは、アザミ。
たどたどしい言葉ながらも、その発言には芯があった。
◇◇◇
覚醒都市バイカルヴェイ南部。大図書館内、叡智の間。
白一色で構成される丸い空間。中央には一本の通路と台座。
台座の上には黄金の手甲が飾られており、装着するのはジーナ。
「さーて、どうっすかな」
都市における全ての視点、全ての状況を一人で認識する。
強化された感覚によって、位置も目論見も全て筒抜けだった。
抱えるのは情報量が多いという贅沢な悩み。一つに絞り切れない。
情報収集力は群を抜いて優秀なのは明らかだが、決断力に欠けていた。
『君のお腹に宿る子は、都市の存続に関わる。何が起きても絶対に死守しろ』
そこで思い返されるのは、ベズドナの言葉。
『教育棟ビル建設予定地』の屋上で起きた一場面。
数ある選択肢の中から、一つに絞っていいような内容。
「どんな顔して会えばいいんだよ……。育児放棄したこの俺が……」
ポツリと呟いたのは、決め切れない理由だった。
もし、逆の立場だったら、一生口利かないレベルだ。
心を読めば答えは分かるが、私用で覗き見するのは違う。
この問題は誰がどう言っても、能力に頼るべきじゃなかった。
「失礼してもいい? と言っても、もう入ってるけど」
そんな時、声をかけてきたのは全く聞き覚えのない声。
後ろを振り返ると、見知らぬ顔と見知った顔が並んでいた。
ただ気になるのは、発言した本人。長い銀髪に尖った耳の女性。
黒いロングコートに袖を通し、背は低く、十代前半の子供に見える。
「なんの用だ。余所者のガキが迷い込んでいい場所じゃないぞ」
正体は知ってるが、知らないフリをして話を進める。
茶番のように思えるが、立場上、そうせざるを得なかった。
「ただの一般兵がいられる場所にも思えない。そうでしょ? ジーナ・ロマノフ」
口にしたのは本名。避けようがない肩書きの矛盾。
経緯は分かるが、認められないというジレンマがあった。
「…………」
安易に答えることができず、自然と沈黙が生まれる。
どう答えるかは向こう次第。リーチェの言葉にかかっていた。
「だんまり、ね……。言っとくけど、元帥の許可はもらってる。信じるか信じないかは自由だけど、白軍の面々を率いて『この場』にいることが一応の証明よ。あーだこーだと面倒な探り合いは嫌いだから、手っ取り早く本題だけ伝える」
つらつらと語られるのは、一方的な状況説明。
同意を求めることなく、経緯も自己紹介も省略される。
次の発言によって、否応なく判断を迫られることになるだろう。
ただ、こちらの視点の場合、聞き手に回った方が何かと都合が良かった。
「あなたの能力を使って、捜して欲しい人がいる。協力してくれるなら、その見返りとして私ができる範囲の願いを叶える。私の心を覗き見た情報を担保にして考えれば、悪くはない条件だと思うけど……どうする?」
リーチェが提案してきたのは、聞くまでもない条件。
心で思っていたことを、そのまま実行に移しただけの内容。
能力を認めざるを得ない条件が揃い、断りづらい空気が生まれる。
他の面々が介入する様子はなく、ジーナ個人としての見解が求められる。
――困ったもんだな。
嘘じゃないと分かるからこそ、答えあぐねる。
ここでの決断は、思った以上に大きな波及を生む。
決断から逃げ続けたこちらとしては、最も嫌な展開だ。
かといって無視もできず、素直に肯定するのも気が引ける。
この両手は『今』を全て掌握できるが、『未来』までは読めない。
選択後の結末が分かれば迷わず決断できるが、そんな贅沢は通らない。
「逆なら考えてやってもいい。……俺が先で、お前が後だ」
そこで下したのは、表面上における最低限の答え。
重要なようでいて、大した決断でもない薄っぺらい回答。
ただそれは、目の前の問題を先送りにしただけにすぎなかった。




